ショップにいきたいんだ・・・・・・
真木との約束の朝、自分で言うのもなんだけれど、前日もこの間と同じように萌花の課題に夜遅くまで付き合わされたにもかかわらず、奇跡的に六時半には目が醒めた。
これはめっぽう朝が弱い俺にしては年に数回しかないかなりの快挙といっていい出来事。
この日の睡眠時間は三時間弱ということもあって正直なところまだ眠いものの、そんなことを言っていられる状況でもない。
それにしても、ここ最近はいつもだれかの勉強を見ている気がする。
待ち合わせの時刻は十時で、今から準備しても充分以上に余裕があるのはたしかだけれど、二度寝でもしようものなら完全にアウトだ。
ということで、至福の二度寝タイムを放棄してシャワーを浴びるために一階へと降りる。
リビングへ向かうと既に母ちゃんが朝食の準備を始めていた。
母ちゃんが俺に気付いて物珍しい様子で言った。
「あら、蒼ちゃん。今朝はえらく早いじゃない?」
「友達と約束があって、十時に待ち合わせの約束なんだ」
そう、と一言呟いて目を細める母ちゃん。
そんな母ちゃんに頷きかけてから朝食の卵焼きを一つ摘んで、風呂場へと向かった。
シャワーを浴びたことで少しばかり眠気が飛んだものの、まだ眠気は完全に消えることがなく、悪あがきだとわかっていながら歯も磨いてみたりした。
朝食は眠気を増幅させてしまいそうだったからパスすることにして、一旦部屋に戻ってから一人黙々と身支度を整えていた頃だった。
今日は婦警のコスプレをした萌花が姿を現すや否や踵を返してドタドタと一階へ降りていってしまった。
――なにがしたかったんだあいつは・・・・・・。
そのとき階下から大声で叫ぶ妹の声が聞こえてきた。
「お母さん! 大変だよ! 兄貴なんかおかしいよ! 色魔だよ! 逮捕しなきゃ!」
――なにがおかしいんじゃい! てめえに逮捕する権限なんてないじゃろがい!
母ちゃんはそんな萌花の話を笑いながら聞いて適当な返答をしている。
昨日の夜はあんなに気遣ってくれていたのに、今日はおかしいと言われてしまう謎すぎる展開に頭が痛い。
――まあ、女心と秋の空(?)とはよく言ったものか。
理解不能にもほどがある上に色魔発言とは、一体全体、兄をなんだと思っているのやら。
俺が家を出たのは八時を少し過ぎたころだった。
それから電車に揺られること三十分ほどで駅に到着し、改札を抜けて待ち合わせ場所の駅構内のカフェへと向かった。
店にはいると、カウンター席を確保し、ホットドッグを貪りながら飲み物を飲んでいた真木がこちらに気付いて満面の笑顔でヒラヒラと手を振ってくる。
「わりぃ、遅くなっ・・・・・・てはないよな?」
時計を確認すると、時刻はまだ九時四十分。
間違いなく早く着いたはずなのに、彼女の方が更に早く来ていたということになる。
「早かったねぇ?」
と笑顔を崩さずに宣う真木嬢。
――それはこっちのセリフだよ。
俺は彼女の隣の椅子に腰を下ろしてアイスコーヒーを注文してから訊ねる。
「いつ頃着いたわけ?」
「そんなに早くはなかったよ? 大体、九時くらいかな・・・・・・」
――待ち合わせの一時間前って、だいぶ早いぞ?
「それじゃあ、だいぶ待たせたな・・・・・・」
「そんなに待ってないよ。気にしないでいいって、勝手に待ってただけだから」
彼女はそう言いながら大袈裟なほどに顔の前で手刀を振る。
待っていたのか待っていなかったのかよくわからない言い方だけれども、結果的には待ったことになるのだろう。
勝手に待っていただけ、とは言われたものの、待たせてしまったことは申し訳なく思う。
「ところで寄りたいところってどこなんだ?」
と訊ねてみると彼女はバツが悪そうに呟いた。
「笑ったりしないでよ?」
「ああ、もちろん」
そもそも、目的地を聞いて笑えるだけの要素があるわけがない。
もし、聞いただけで笑える笑えるところがあるとするならば、その正答を聞いてみたいものだ。
「あのね? ショップにいきたいんだ・・・・・・」
「ショップって? 服屋とかか?」
「アニメとのグッズとかが売ってるショップ・・・・・・」
「はぁ!?」
笑う代わりに驚いた。
真木の口からそんな答えが返ってくるなんて思いもしなかった。
「この近くにあるけど、なんでまた急にそんな専門ショップなんかに?」
その問いにはにかむように微笑んでから彼女は言った。
「別に、急じゃないんだよ? 私、あれからアニメとか観るようになってハマっちゃったんだよね・・・・・・」
「あれから・・・・・・?」
「ほら、あんたと言い争いしたじゃん? あれから・・・・・・」
そんなに前から目の前の女がアニメを観だしていたなんて全く知りもしなかったし、予想だにしていなかった。
「なんだよ。それならそうと言ってくれりゃあよかったのに・・・・・・」
「言えるわけないじゃん。オタクだってバカにしてたくせに、とか言われたり思われたりしたくなかったんだもん・・・・・・」
その気持ちはなんとなくだけどわかる気がした。
中学の頃、オタク趣味があることを必死に隠していた時期があったから。
なんだ、お前もオタクだったのかよ、なんて思われてしまうことが怖かったからわかる気がしたんだ。
「それで? アニメ観てるうちにグッズとかも見てみたくなったってわけか?」
彼女はゆっくりと頷き、そして言う。
「でも、私ってまだそんなに詳しくないから色々と教えてほしくて・・・・・・」
「詳しいとか詳しくないとかそんなの関係ないって。なんでもそうだと思うけど、好きってだけで充分じゃねえかな? ま、好きになったからもっと知りたいって思うんだったらそれもそうかもしんないけどさ・・・・・・。特に、恋愛と変わんねえってこったな・・・・・・」
自分で言いながら臭すぎる上に意味不明にもほどがあると思う。
けれど、好きなものに関しては時期もきっかけも関係ないし、それについての知識の有無なんて関係ないと思っていることには変わりがない。
「・・・・・・じゃ、いきますか? 真木琴音のアニオタ入門講座ってことで・・・・・・」
俺が言うと彼女が満面の笑みを浮かべながら頷いた。
「ねえ・・・・・・」
「ん?」
「あのさ、これから『蒼ちゃん』って呼んでもいい?」
「別にいいけど?」
そう言うと彼女の表情がまた明るくなる。
俺は、どうしてまた急に、という違和感を抱えながら真木と二人でアニメグッズのショップへと向かうべくカフェをあとにした。