・・・・・・してよ
悪夢のような一曲が終わり、一瞬の静寂が流れる。
不意に一人の少女が笑いを堪えきれずに吹き出した。
それは意外にも四宮だった。
彼女の笑い声は止まらず、腹を抱えて笑い始めた。そしてそれにつられるように――俺たち五人以外の――クラス全員の笑い声が教室に響いた。
「粘土の・・・・・・いい匂いって・・・・・・なにそれ・・・・・・?」
そう言いながらも尚、彼女は笑い続けている。
「粘土とウ○コ勘違いするとか・・・・・・ないでしょ・・・・・・」
と、真木が目許を拭いながら笑っている。
五人はそれに頷き合いながらまだ笑っている。
――そんなに笑えるモンか? こんなに爆笑するほどのものか?
ここでまた四宮がなにかに気付いたように短く叫ぶ。
「あっ!」
途端に彼女は靴を脱いで、底を確認し始める。
「着いてないよね? よかったぁ~」
彼女のその行動がより一層の笑いを誘い、他のクラスメイトまでもが同じように靴底を見合ってはウ○コが着いていないことを確認していた。
こんなクソ曲でここまでの反応があるなんて思わなかった。
なにより四宮がクラスメイトの前であんなに爆笑するなんて思っていなかったし、あんな一面があるなんてこれまで気が付かなかった。
我を忘れてあそこまで笑ってもらえたのなら、あの歌を作った甲斐があったというもの。
まあ、それはよかったし、嬉しかったのだけれど、だからといって何度もヘビロテするのはやめてほしかった。
結局、昼休みが終わるまでの間ずっと〝ウ○コの詩〟とクラスメイトの笑い声が止むことはなかった。
俺はオープンスクールのステージでのことと一昨日の倫佳とのことに加えて、今日の昼休みのこともあってこれから先、バンド活動を再開するべきかどうかということに関してこれまでで最も真剣に――午後の授業時間を使って――考え込んでいた。
この日の八限目は自習だったため、俺は良太たちにメモ用紙を使った手書きの文書で、簡単なアンケートをとってみることにした。
次の五つの項目には全て正直に答えて欲しい、ということわりをいれた上で調査をした。
『これから先、バンド活動を再開したいと思っていますか?』
という質問に対して四人の答えは全員一致で〝イェス〟だった。
どうやらこんなことは今更、改めて訊くまでもなかったらしい。
『再開するとしたならどこのステージを照準に合わせようと思いますか?』
というものに関しては、〝どこでもいい〟といった旨の答えがそれぞれから返ってきた。
やはりこれも自分と同じ考え方だったようだ。
この学校を選んだ時点で、自分の夢は諦めないというそんなことは、当然といえば当然、だったのかもしれない。
『再開するとしたなら、バンドの名前は変えた方がいいと思いますか?』
これに関しては、答えはそれぞれで〝変える必要はないと思う〟や〝変えてもいい〟また〝変えたら気分一新してやれる気がする〟更には〝どちらでもいい〟と、綺麗に四通りに分かれた。
『今、貴方が追っている夢の妨げになるとは思いませんか?』
という質問に関しては全員が揃って〝もちろん、今の自分の夢と併行してやっていくつもりでいるし、むしろプラスになる〟と答えたことに恐れいった。
『もし再開するならいつ頃を目処に再開したいですか?』
という項目には〝いつでも大丈夫〟や〝リーダーさん次第だ〟また〝お前次第だろう〟なんて答えが返ってきた。
放課後、一人で結果を眺めていると他にはだれもいなかった教室にふらりと真木が現れて声をかけてきた。
「あのさ・・・・・・今って、忙しかったりする?」
「いんや、別に。・・・・・・ってか、お前はまだ帰ってなかったのか?」
なんだか教師みたいな答え方になってしまったことに思わず自嘲した。
「待ってたのよ・・・・・・」
「待ってたって、なんでまた?」
彼女は相変わらず歯切れの悪い物言いをする。
「これ・・・・・・返そうと思って・・・・・・」
と言って彼女が差し出してきたものは、昼休みに散々大音量で聴きまくっていたCD。
「わざわざそのために待ってたんか・・・・・・。そんなんいつでもいいのに。ってか、それと同じモン、家にいくらでもあるからやるよ」
すると彼女は目を丸くして言った。
「いいの!?」
「そんなモンで喜んでもらえるんだったらいくらでも差し上げまっせ?」
「じゃ、じゃあ・・・・・・!」
と言って、なにかを迷うような表情をする真木。
「どうした?」
「やっぱなんでもない・・・・・・」
そこでなぜか彼女は俯いてしまった。
「なんだよ? なんかあるんだったら言えよ」
「・・・・・・してよ」
「え? なんだって?」
「サイン・・・・・・してよ」
――なんで? サインって俺の?
「ワッシーだけサイン持ってるのに、私は持ってないなんて、なんかズルいじゃん・・・・・・」
「なんかよくわかんねえけど、サインすりゃあいいのか? 俺だけのでいいわけ?」
彼女は無言でこくりと頷いた。
気のせいか、その頬が微かに赤くなっているようだ。
それから自前の紫のマジックペンで白い歌詞カードの表紙にサインをして、裏側に、ウ○コの詩の学校でのヘビロテは辞めてください、というメッセージと日付をいれた。
それからそのままの流れで、週末の――決してデートではないと思う――ことについてどうするかという話を詰めるためにも二人で帰ることにした。
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今日も一日授業が終わり、私は最近できたクラスの友達と下校していた。
最近では当たり前のように風花、琴音、弥生、皐月、心彩の五人と一緒に下校していたのだけれど、今回は琴音がいない。
CDを借りた相手に返す用事があるとかで、先に帰っていて、なんて言われたからだ。
私の勘が間違っていなければ彼女は蒼次郎のことが気になっているはずだ。
そして蒼次郎だって彼女のことが気になっていると思う。
その根拠には結構な自信がある。
だって彼女はかなりの頻度で蒼次郎のことを見ているし、彼だって私たちが教室で話をしているときはなにも言わず彼女のことを見ている――とは言っても確実性はないけれどきっとそのはずだ――から。
下校途中で近くのスイーツパーティー――通称〝スイーティー〟――という店に寄っていくことになった。
ゴテゴテとフルーツが盛り付けられたパフェを大口で頬張りながら風花が言う。
「ひはほほ、ほーひゃんほほほへはははひょふふはひっひひはんはほーはぁ~」
彼女には悪いけれど、殆どハ行の音ばかりで全然なにを言っているのかわからない。
「全っ然なに言ってるかわかんないから、せめて口の中のもの空にしてから喋りなよ」
彼女はこくこくと頷いてから、パフェを咀嚼して飲み下した。
「それで、なんて言ったの?」
「いやぁ~、今頃は蒼ちゃんと琴音は仲良くしてるんだろうなぁ、って・・・・・・」
と、口許を手で隠して彼女が言った。
蒼次郎と琴音が二人で仲良くしている? それはどういう流れでそうなるのだろうか。
「どういう意味?」
と、念のため訊ねてみる。
もちろんこの質問に特別深い意味があるわけではなく、単純に気になったから訊いてみただけのこと。
すると風花の隣に座っている皐月が口を開いた。
「知らなかったの? 琴音がCD返しに行ったのって永篠くんのとこなんだよ?」
知らなかった。
そう言えば蒼次郎は『我ら、ほにゃらら愛好会』の熱狂的なファンだと公言していたし、最近の二人の関係性から考えるとその流れも全く不自然ではない、と言うか、むしろ当然の流れかもしれない。
「へぇ~。・・・・・・それで、どうするの?」
と、風花に訊ねてみると、彼女は目を丸くして訊ね返してくる。
「どうするって? なにを?」
「ひょっとすると、二人っきりで帰っちゃうかもよ? 阻止しに行く?」
そう言うと風花は慌てて首を振る。
「そんなことしないよ! するわけないじゃん!」
「でも、永篠くんのこと好きなんでしょ? このままじゃあ琴音に持ってかれちゃうかもしんないよ?」
と、皐月が茶々をいれる。
「それはそうだけど・・・・・・だからって、そんなことまでしたくないもん・・・・・・」
そう言うと彼女は俯いてしまった。