疲れてきたのかな?
二曲目が終わり、今度は誠ノ介がマイクを手にして前に進み出る。
彼の精一杯に張り上げた声がマイクを通して響いた。
「盛り上がってますかぁ―――――――!?」
客席からレスポンスが返ってくる。
「聞こえねえぞ―――――――っ!!」
更に大きな声が響く。
「ありがとう。次はバラードになるんだけど、曲にいく前に一つ、質問してもいいかな?」
彼の言葉によって、肯定の意を示す声が会場全体に響くと、彼がまた一つ首肯して言う。
「今、恋してるよ! って人いますか?」
誠ノ介が左手を挙げて挙手を求めると、会場の最前列のど真ん中から威勢のいい鷲田の声が飛んできた。
それに俺と良太が続いて手を挙げた。
「お前らには訊いてねえから!」
すると、三人が手を挙げたことで少しだけ挙手しやすくなったのか、数人の腕が伸びた。
「俺たちにもバンドをやってた当時はそれぞれに彼女がいたけど、その彼女と俺らが付き合う前に作った曲があって、それが次の曲になんだけど・・・・・・みんなの好きな人と重ね合わせて聴いてもらえると嬉しいな」
そう言いながら苦笑じみた笑顔を浮かべた誠ノ介が言う。
「それでは聴いてください・・・・・・。〝ORANGE〟」
バラード調のイントロが流れ始めたとき、直前までの熱量が嘘のように客席が静まる。
♪~ 君の大好きな 季節をやっと迎えた
僕らは変わらず 友達のままだけど
確実に 二人の距離は近くなった
君も 同じ気持ちでいるのかな?
二人が出逢った あの日からずっと
この想いは胸の中 咲いていたんだね
今 二人寄り添い眺める
儚げな この夕日と同じ
オレンジの木犀の花のように
甘くて切ない 香りを漂わせる
君と毎日 触れ合う中で僕は
ホントの気持ちを 見つけた ~♪
三曲目も終わってセットリストが折り返したとき、佑斗がマイクを握った。
「ここまでアップテンポな曲が二曲、バラードが一曲。合計三曲聞いてもらったわけだけど、まだまだ付き合ってくれますか―――――――っ!?」
一斉に同意の声が上がるが、佑斗がそれを煽る。
「疲れてきたのかな? それとも、まだまだ盛り上がってくれますか―――――――っ!?」
それに応えるように声が響いた。
「もういっちょ―――――――!!」
先ほどよりも大きな声が響く。またしても佑斗がそれを煽る。
「まだまだ声出せるぞ―――――――っ!!」
という更なる煽りに、半ば叫ぶような声が響いた。
「よしわかった! オッケー。やりましょう!」
最後は完全な絶叫だった。
「バラードの後だからここからガンガン盛り上がっていこう! と、言いたいとこだけど、ここで一つ残念なお知らせ。この曲含めて残り二曲となりました! でも、残り少ないけど、まだまだ盛り上がろうじゃないの! 次の曲は凄く前向きになれる曲で、個人的にも思い入れの強い曲です」
俺は久しぶりに思考が灼け切れそうなほどの熱い叫び声を聞いた。
「聴いてください・・・・・・。〝LIKE A FREE BIRD〟」
ギター先行のイントロが流れ、先ほどの煽りもあってか、ボルテージは最高潮に達した。
♪~ 鉄の檻から抜け出せず どこにも鍵が見当たらず
一人 いつも焦っていたけど そんなものは
もともとなかった そんなものは要らなくなった
たった一つ 飛び立つ勇気 手に入れたから
鎖引きちぎり 枷を砕いて 檻を破った俺は
自由を 今 手に入れた もう恐れはないんだ
大地を蹴り上げて 大空を翔ける あの鳥のように
前だけ見据えて 突き進むだけさ 過去全部抱いて
拓けた自由の 先に見えるものは 夢、希望、未来
休むことなんて 今は必要ない いくらでも翔べる
いつも全力で もっと高く遠く 明日へと向かって
どこまでも行くんだ 果てしない 蒼空の彼方まで ~♪
俺は一度瞑目して目一杯空気を吸い込む。
全身が研ぎ澄まされたような感覚の中で声を発する。
「さて、一応は次の曲で最後にする予定なんだけど、ここにいるみんなは、もちろん俺たちも含めて全員が、これからデカい夢を追いかけるために、このちょっと特殊な学校に通ってる、あるいは通いたいと思っているはずだ。俺だって将来、小説家になるためにここに通ってる。リョウはゲームクリエイター、誠ノ介はデザイナー、カズはイラストレーターを目指してるし、佑斗には脚本家になるっていうデカい夢がある・・・・・・」
四人を順に見やりながら言うと、それぞれが照れくさそうな笑顔で頷いて応えてくれた。
「今日ここにいるみんなだって、歌手になりたい、とか、バンド組んでメジャーデビューしたい、とか、アイドルになりたい、とか、トップモデルになってやるんだ、俳優になって映画とかドラマで主役になるんだ、とかいうそれぞれの夢があると思う・・・・・・。専門的な知識や経験を基にその夢をより現実に近付けるためにみんなが集まってる学校がこの〝真城高等専門学校〟っていう場所。そんなデカい夢を追いかけてる、追いかけようとしてるみんなに俺たちの曲の中で、俺が今一番聴いて欲しい曲を最後に持ってきました。夢を追う人たちにとって、ほんの少しだけでも構わないから俺たちの曲を聴いたことで、なにかの足しになったら嬉しく思います。それでは聴いてください。〝DREAMBOAT〟」
一騎が担当するパートがトランペットからキーボードに代わり、キーボードをメインとしたスローテンポでありながらも力強いバラード調のイントロが流れ始めたのとほぼ同時に三曲目と同様に客席は静寂に包まれた。
♪~ 大人たちはみんな嘲笑ってた バカが付くほどデカい夢を
だけど俺らはいつもただ本気で でかい夢を追いかけてる
「叶うはずのない夢は、追うだけ無駄だ」と他人は嘲笑う
嘲笑いたきゃ嘲笑っていろ 好きなだけ嘲笑うがいいさ!
俺はいつでも思っていた 俺たちなら大丈夫だと
みんないつでも笑っていた 心から楽しんでいた
たとえ高嶺の花としても 絶対掴み取るまでは
いくら険しい道のりでも 諦めてたまるもんか
夢の小舟を漕ぎ続けて 血豆が潰れたとしても
どんな激しい流れきても 絶対にたどり着くさ ~♪
その後、俺たちは更にオリジナルを五曲とアンコール二曲の全七曲を終えてステージが終了し、ひと息ついていたときにあろうことか、午後からDO5の握手会とサイン会をすることになった、などという連絡が鷲田からはいってしまった。
そのために急遽母ちゃんを呼び出して、余っているCDを全て持ってくるようにと頼んだ。
会場に到着した母ちゃんは俺の姿を見て驚いていたことは言うまでもないけれど、昔に戻った、などと言いながら目にはうっすらと涙まで浮かべていた。
売れ残っていたCD――今回のライブで歌ったものと同じ曲が収録されたもの――が約五百枚あって、今回のライブの観客数とほぼ同じだったため、それを無料配布してサインと握手、写真撮影をなんとかこなして切り抜けることができた。
サイン会にはなぜか母ちゃんと妹の姿もあって、母ちゃんは良太たち四人からサインをもらって、更にかなりノリノリで写真撮影までしていた。
その年甲斐もないはしゃぎっぷりは、息子からするとぶっちゃけドン引きするレベルだった。
もちろん萌花も列に並んでいて――昔から誠ノ介の熱狂的なファンだったとはいえども――兄の親友を目の前にして顔を真っ赤にしながら号泣している姿はなんとも言い表せない痛々しさを感じた。
本当に残念すぎる親子だと思う。
もちろん俺も含めて。
その日、初めて会った見学者からは、ファンになりました、と言われ、中には昔から知っていてファンだったという人たちもいて、
「もうバンドはやらないんですか?」
「これを機に本格的に活動を再開してほしいです!」
なんて言われたりもしたけれど、それに対して当たり障りのない曖昧な返答しかできなかった。
おまけにシンガーコースの生徒たちからも同じようなことを言われた上に、転科まで迫られてしまったけれどそれは全力で拒否した。
このとき、またステージに立って歌いたい、という思いはたしかに芽生えていた。
けれどそれと同時に、小説家になる夢は絶対に諦めたくない、という思いが混在していたんだ。
それぞれの思いが渦巻く中で俺たちのステージと握手会は一応大盛況(?)のうちに幕を閉じ、それから〝お疲れさま会〟と称して――俺たちのイメチェンを担当してくれた人たちも含めて――ライブに携わった全員が集まって打ち上げが催された。
俺たち五人は――ステージ終わりに近場のホビーショップで五千円相当のウィッグを購入して金欠状態だったため――一度は断ったものの、奢りだと聞いて飛びついてしまった。
金欠でゲンキンな俺たちは、打ち上げの席でほぼ全員と連絡先を交換することになり、くれぐれも今日のことはほかのコースの連中には内緒にしていてほしいと頼み込んで、少々解せないと言いたげだった生徒たちをなんとか説得し、その場で全員から了承してもらうことにも成功した。