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やれるだけのこと、やってやろうぜ?

 鷲田が俺たちをこの場に呼びつけた理由を要約すると、こういうことらしい。 


 彼女が在籍している芸能科のシンガーコースでは、毎年オープンスクールで生徒たちそれぞれによる歌やバンド演奏なんかの実演――早い話がコンサートのようなもの――を開いて生徒を歓迎、勧誘し、午後二限目からカリキュラムの説明やらなにやらを行うらしい。


 そしてそのコンサートには毎年、トリでスペシャルゲストとしてこの学校のシンガーコース卒業生のいずれかでデビューを果たしたバンドなりシンガーソングライターなりがステージに立つことになっているけれど、その役に予定されていたバンドが急遽来られなくなってしまったという連絡を受け、他をあたってみたもののどこも空振りだったため、俺たちに代役を頼みたいということらしいのだが、今回は珍しく真っ先に佑斗がこの申し出に対して真っ向から抗議した。


「無理だって。俺らたしかに昔はバンドやってたけどさ、プロじゃねえし? 素人に毛が生えたようなもんだからさ・・・・・・」


 佑斗の言い分は全くもってその通りだったのだが、これに対して鷲田は一切の迷いなく反駁した。


「だいじょぶだいじょぶ! DO5はあの頃、メジャー進出の話があったんだし。それってつまり、音楽関係の仕事のプロが、プロとしてやっていけるだけの人気と技術があるって判断したってことだから、プロ並みってことじゃん。問題ないよ」


 続けて良太が言う。 


「たしかにあの頃はそうだったかもしんないけど、俺らかなりのブランクがあんだぜ? それでいきなりステージに立ってって言われても、前みたいな演奏とかはできねえって」


 これもまた然り。


一年半のブランクはプロの代役としてステージに立つには致命的と言う他にない。


それを聞いた鷲田は答えに窮するどころか、クスクスと笑い始める。


「こないだ私たちで一緒にカラオケ行ったの覚えてる?」


 彼女の問いかけに一も二もなく五人揃って頷いた。


「あのときの音源とCDをうちのコースの先生に聴き比べてもらってから『このグループで問題ないですか?』って訊いてみたのね。そしたら『問題ない。それどころか今の方が断然よくなってる』って言ってたし。それに実はその先生、入試のときから五人揃ってうちのコースに入って欲しい思ってたらしいんだ。DO5のことは元々知ってたらしいしさ」


 鷲田の完璧な根回しと、その教師の評価の高さに少々面食らってしまう。


「それにしても俺たちは今日、とてもじゃないけどステージに立てる身なりじゃないって。こんな地味な格好だし、髪だって伸ばし放題だしさ・・・・・・」


 一騎が言うが、こうなるとこちら側の抗議は最早言い訳じみたものになってしまう。


「ここをどこだと思ってるの? 未来の才能あふれる人材を発掘育成する真城高等専門学校だよ? スタイリストとか美容師を目指してる人もいるんだから。それに、一通りのステージ衣装だって揃ってるし、ヘアメイクだってしてもらえるんだから。ちなみに今回はそっちにも協力してもらえるように頼んであるから。五人がエキシビションとしてモデルケースになるっていう条件で。それから今日は、うちのコースでの五人のステージは十一時からのよていだから、今からだったら充分に間に合うよ。むしろ時間的にも丁度いい!」


 そして今度は鷲田が、


「請け負ってくれたらなんでもするからお願いします!」


 と、土下座までして頼み込む始末。


 それに対して一騎が、本当になんでもするのか、と訊ね、彼女が頷いたものだから俺たちは慌てて一騎が余計なことを口走らないうちに彼女を立たせた。


 このときの彼女の目は真剣そのもので、万が一にも彼が、付き合ってくれ、なんて言ってしまえばその条件を承諾してしまいそうな勢いだったし、なによりこのときの一騎自身も――冗談のつもりであろうとなかろうと――そう言いかねない雰囲気を醸し出していた。


「こうなっちまったらしゃあねえだろ? 学校側のいいように使われんのは癪だけどさ、それ以上にダチが困ってんの、見過ごせねえだろ? こんなに真剣に頼まれたんだしよ?」


 俺が言うと、誠ノ介が微笑しながら問いかけるように言った。


「上等だよ! やれるだけのこと、やってやろうぜ? ダチのためなんだしよぉ。・・・・・・な?」


 渋っていた三人も彼の言葉に頷き、ここでようやく全員の意見が合致した。



         ⭐



 今日は私たちにとって大きな分岐点となる日だ。


 と言うのも、アイドルとして五人揃って初めての東京進出の日であり、五人揃って最初で最後の東京でのステージに立つ日だから。


 私は昨日、並々ならない不安と緊張で全く寝付けないまま朝を迎えてしまった。


 日頃から夜行性と言ってもいいほどに夜遅くまで起きている方ではあるけれど、それでもいつもなら深夜二時を回った頃には嫌でも眠りに就いてしまうはずなのに、昨日だけは眠れそうな気配すら全くなかった。


 目的地到着まで、時間はあともう少しということもあって今からねるわけにもいかない。


 ――今夜は早く寝つけるかな?


 そんなことをぼんやりと考えながら、私は蒼次郎がおすすめだと言っていた小説を吏子から借りて東京行きの新幹線の中で読んでいる真っ最中だ。


 たしかに内容は面白おかしい。


それでいて、主人公とヒロインとそしてその周囲を取り巻く人物との絡みが絶妙で、それぞれの人間関係がリアルに描かれている。


 ただ笑えるというだけでなく、随所に感動する場面があって、個々のキャラクターと主人公とのエピソードがあり、話の一つずつが際立っている。


 小説に関してはズブの素人だからこの程度の感想しか抱けないことが少しだけ残念だけれど、そんな素人にでも読みやすく、ページを捲る手がこれまで止まらなかった。


 けれどずっと読み続けていたせいでさすがに集中力が途切れてくる。きっと乗り物の中でなければもっと集中して読めるような、そんな気がする。

 嫌でも周りの音や到着までの時間が気になって思うように集中できない。


二冊目の全体量の折り返し地点を過ぎたところで私は一旦本を閉じる。


「その本、どう?」


 隣の席に座っている吏子が、読書を中断する頃合を見計らっていたかのようなタイミングで声をかけてきた。


「凄く読みやすいし、面白いよ」


 率直な意見を述べると、そこで彼女が驚愕の事実を口にした。


「でしょ? 読みハマるでしょ? 全部で今のところ十冊あるんだけどさ、私なんか寝るのも忘れて二日で一気に読んじゃったもん!」


「えっ・・・・・・  これってそんなに続くもんなの 」


 私の驚きように今度は吏子が目を丸くする。


「えっと・・・・・・。そんなに驚くことかな? ラノベって大体、人気が出たらそんなものじゃないかな? 中には十冊なんて軽く超えるのもあるよ? 三十冊とか・・・・・・」


 そんなことは知らなかったと言うか、全くもって予想もしていなかった。


せいぜい三冊か、多くても五、六冊くらいだと思っていた。


十冊以上続くなんて漫画意外に知らない。


「なんかそれ聞いて急に頭痛くなってきちゃった・・・・・・」


 弱音を吐く私を尻目に彼女は相変わらずクスクスと笑っている。 


「じゃあ、とりあえず少しだけでも休んだら? あともう少しで着くみたいだし」


「うん、そうするよ・・・・・・」


 そう言ってイヤホンを両方の耳にいれる。


そのときまた彼女が言葉を紡いだ。


「ねえ、早絵?」


「なに?」


「どうして急に、小説読みたいから持ってたら貸して、なんて言いだしたの?」


「同級生・・・・・・って言っても蒼くんなんだけど、この本がおすすめだって言ってたから」


 吏子は、そっかそっか、と納得するようにしきりに呟いて、また小さな声で笑った。


「そんなに意外?」


「うん。・・・・・・正直言うと、かなり意外かな。早絵はラノベとかって全く興味ないだろうなって思ってたもん」


 そのとき、この間蒼次郎から言われた言葉を思い出した。


「そう言えば、あの人からも同じようなこと言われたなあ。小説とか読まなそうだって」


 彼女とのやり取りのおかげで前日から抱えていたプレッシャーがほんの少し和らいだ。


「吏子?」


「ん?」


「今日は精一杯頑張ろうね?」


 そう言うと彼女は一瞬、目を見開いてから細め、穏やかで温かい笑顔を差し向けてくる。


そうしてそのままの表情で言った。


「もちろん! いつも通りに全力でやって、全力で楽しもう!」


 彼女の言葉に無言でしっかりと頷いた後、ウォークマンを操作して、一番好きなアーティストの曲に合わせて再生ボタンを押した。


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