み・た・め♡
ゴールデンウィーク三連イベントの中日に、サブカルチャー専門ショップ〝ありありTown〟へ訪れていた。
これからCutiesのメンバーで三枚目のシングルCDリリース記念の握手会を開くことになっている。
私は莉杏と二人で控え室で談笑しているところで、残りの仲良し二人組と倫佳は建物内を散策している最中。
「・・・・・・それでさあ、すっごく嬉しかったんだよね」
この間の蒼次郎との一件について彼女に話して聞かせていた。
「そんなことってあるんだねえ。ちなみになんて人?」
彼女はすっかり好奇心に目を輝かせている。
「永篠蒼次郎って名前だよ」
「ねえねえ、その人って・・・・・・どうなの?」
そう言いながら半分身を乗り出してくる。
やはり彼女の会話好きは筋金入りだと思う。
「どうって?」
質問の趣旨を理解できずに訊ね返すと、莉杏は含みのある笑みを浮かべながら当然とでも言うような表情で囁いた。
「み・た・め♡」
その瞬間の彼女の声は妙に色っぽく、それでいていたずらっぽい雰囲気を帯びていた。
同性であることがわかっていながらも、少しだけれどドキリとさせられるほどに。
「・・・・・・えっと、わかんない」
正直に言うと、莉杏の素っ頓狂な声が室内にこだまする。
「わかんないって、どういうことぉ?」
「どういうこともなにも、顔とか、見てないんだもん・・・・・・」
「え? だって、同じクラスなんでしょ?」
彼女の問いかけに、戸惑いながらも頷く。
「席も近いんだよね? 一人しか挟んでないんだよね? なのに、顔も見てないの?」
「あ、うん。・・・・・・だって、顔はいつも前髪めっちゃ長くて隠れててよく見えないんだもん・・・・・・。だから仕方ないじゃん」
「なんだ・・・・・・。地味なんじゃん。イケメンかと思ってちょっと期待したのになあ・・・・・・」
彼女はそんな風に呟きながら、つまらないと言わんばかりになにもない床をブーツのヒールでカツンと蹴った。
莉杏を筆頭に、吏子と美花は女子高に通っていて、共学の学校に通っているのは私と倫佳だけということもあってか、楽屋ではいつも自然と二人の学校の男子生徒の話題になることが多い。
ときどき見回り組の三人が読書をしていることもあるけれど、そのほかは大体が他愛のない話をしているか、それぞれに準備をしているか、もしくはスマホをいじっているかのいずれかな場合が常だ。
「あ、でもね? たしかに地味そうに見えなくもないけど、なんて言うか、髪切ったらたぶんなんだけどブサイクってことはないんじゃないかと思うんだよねえ・・・・・・」
途端に莉杏は目の色を変え、双眸をキラッキラに輝かせ、かなり喰い気味に訊ねてくる。
「ホントに? その根拠は? ってか、一見地味だけど実はイケメンとかっていう漫画的な展開って、ホントにあったりするのかな?」
彼女の怒涛の質問攻めに思わず苦笑してしまう。
それでもなんとか一つずつ答えていく。
「ホントって言うより、直感的にかな。とにかくそんな気がするの。根拠はねえ・・・・・・中学時代にバンドを組んでたらしくて、そのバンドの女子人気が結構高かったらしいんだよね。クラスメイトの娘がそんなこと言ってたのを遠巻きに聞いたことがあるから。だから、そういう、実はイケメンでした的なこともないことはないと思うよ? 断言できないけど」
そんな話をしているとき、建物を回っていた三人が楽屋に戻ってきたことに気付いた莉杏がそれぞれに明るく声をかける。
「今ねえ、早絵の学校の男子の話ししてたんだよ~」
と莉杏が言うと、早速吏子と美花がその話題に食いついてくる。
今更隠し立てするようなことでもないけれど、突然すぎて慌ててしまった。
まるで聞かれてはいけないことでも話していたかのように。
倫佳はというと、そんな三人の様子を微笑みながら眺めているだけで、一度ちらりとこちらを向いて微笑みかけてくる。
その表情を目にして私は観念した。
そうしながら苦笑混じりに彼女と視線を交換する。
莉杏は私がさっき話したことをなぞるようにして要所要所を彼女たちに聞かせた。
「・・・・・・というわけで、彼は実はイケメンなんじゃないか疑惑が持ち上がってるんだ~」
と、自分の友人の話でもするかのように締めくくった莉杏の言葉にまた苦笑してしまう。
「その人って、どんなジャンルが好きなのかな?」
話の中に出てきたオタクというワードに反応して、美花が訊ねる。
「中学時代は五人組でバンドで元ボーカルとして活動してたらしくて、アイドルからアニメや音楽、なんでもござれの根っからのオタクなんだって。入試の成績トップで真城高等専門学校の創作科ライターコースに入学した。名前は・・・・・・永篠蒼次郎? だったっけ?」
私は莉杏の言葉に頷いた。
その瞬間、倫佳の顔から表情が消えてしまった。
三人は会話に夢中で気付いていないようだけど、私の位置からはそれがはっきり見えた。
それも一瞬のできごとで、それから倫佳は三人の話を聞いていたけれど、やっぱりどこか上の空のようでもの悲しげな表情を浮かべていた。
それは彼女と蒼次郎との間に、よくないなにかがあったのだろうという予感を生んだ。
そんなこんなで移動時間になり、私たちは楽屋から廊下を抜けてエレベーターで三階まで上った。
エレベーターの中に貼られているCutiesのイベント告知用のポスターを見て、自分はアイドルとして今日この場所にきているんだという自覚がより強まる。
「あの人となにがあったから知ないけど、今日はやれること精一杯やろうね?」
小声で倫佳に囁くと、彼女は不意を突かれたような顔になった。
けれど、相変わらず寂しそうにしながらも柔らかい頬笑みを浮かべて頷いた。
☆
今日はゴールデンウィークということに加え、観覧無料のイベントであるということもあってか、イベントスペースは人で溢れていて、通勤ラッシュの満員電車並みの混雑具合。
元来、人混みというものが苦手な俺は、スペースの入口付近で――午前中に打ち解けていた――そのフロア担当の呼び込みスタッフと駄弁りながらイベント開始時刻を待った。