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3話 なにやら問題を起こしたようで


「いいいいやいやいや! なんだこれええええええっ!?」


 ゴオオオオオォォォォォ……


 パチパチと音を立てながら眼前に広がる炎。

 何が起こっているのか頭はついていかず、突然起きた予想外の大惨事にテンパってしまう。


 火玉(ファイアボール)ってこう、人魂みたいな小さい炎の玉みたいなのが浮かび上がる感じじゃ……

 いやそもそも、火種も無しに火が出るわけがないし!


 そんなことを考えていると、炎は見る間に壁一面へと燃え広がっていく。


 お、落ち着け。

 火事になったときは……バケツリレー? 消火器?


 思考が纏まらず、パニックになる。

 頭の回転はいい方だと思っていたけど、いささか目の前で起きている惨事は非常識的すぎる。


 し、消火器なんてうちに無かったよな?

 でも消火できるだけの水なんか、この身体で運べるわけ……


「……あっ!」


 先ほど見た教本の存在を思い出す。

 火玉に続いて並んでいた、同系統と思われる術を探し当て、必死に呪文を読み上げる。


 眼前の炎を消せる程度の、大量の水をイメージして――



「――っ。これだ! 太古より伝わりし水の精霊よ眼前に現れ形を成せ、水玉(ウォーターボール)!!」






――――どっぱ~~~~~~~~ん!





「うわぁぁぁぁぁああおッ!?」




物凄い音と共に大量の水が現れ、燃え盛る炎を消火していく。

あっという間に鎮火され、周りには水浸しになった床、眼前には焼け焦げた壁。



「……いや、何これ…………」



生まれ変わって何度思ったことか分からない。

その言葉が、口から洩れた。




――――――――――




 は1階にあるリビングで掃除をしていた。

 階上にいるであろう我が子のことを考えながら。


 あの子、また、本見てるのかな?

 まだ文字も読めないと思うんだけど。


 4歳になる我が子シーラは、どこか普通とは違う子だった。

 いや、普通の子がどんな子なのか、今まで子供を育てたことのない自分には分からないのだが、想像してたよりもずっと手がかからない、大人しい子だった。


 最近はよく言葉を話すようにもなったし……

 4歳の子って、もう少し、たどたどしい話し方をするものじゃないかなぁ。


 明らかに言葉を覚えるのも、話すのも早かったように思う。

 アルフと共によく話しかけていたとはいえ、余りにも物覚えがいいのだ。

 ましてや、よく聞くような夜泣きなどで困らされたことは、今まで一度も無かった。


「ま、手が掛からないに越したことはないよね」


 病気をしている風でもないし、ただ健康に育ってくれればそれで……

 

「……あれ?」


 そこで思考を打ち切る。

 何やら、階上がドタバタと騒がしい。

 この時間なら、いつもは本を眺めているか、私かアルフの寝室で昼寝をしているはずだ。


 気にかかるので、調理の手を休め様子を見に行くことにする。

 階段を上っている最中、何やら焦げ臭いニオイが立ち込めていることに気が付いた。


「二階に火の元になるような物なんてなかったはずだけど……ッ」


 嫌な予感がする。


 続けて何か大きな破裂音、と共に叫び声。

 あわてて、臭いの発生元であろう部屋を開けると……


「し、シーラ、どうかした!? 騒がしいけど……って、え……」


 そこには、水浸しの部屋、真っ黒になった壁。

 そして、魔術教本を手に固まったシーラの姿があった。

 



―――――――――




「な、なにがあったの、シーラ? この壁に、部屋……」


 言いつつ、シーラが手に持つモノに目をやる。


(魔術修練教本の、初級? 何やら声も聞こえてたし、つまり……)


「もしかしてその本、読み上げちゃった?」


 状況から察するに、それしかなかった。

 考えにくいことではあるし、信じられるものでもなかったが、それ以外にこうなる原因が思い当たらなかったのだ。


「……うん、ごめんなさい、おかーさん……」


 泣きそうな声で、俯きながら謝るシーラを見て、やはりそうかと確信をもつ。


 もう字が読めるなんて。

 にしても、この壁の焦げ跡、それに部屋中水浸しだし……

 こんな規模の魔術、初級にあったっけ?


 気になることは大量にあった。

 けど、まずは目の前の我が子の心配が先だ。


「だ、大丈夫? どっか火傷とかしてない? 痛いとこ、ない?」


 娘は、シーラは大丈夫なのだろうか。

 こんな、壁一面を燃やすような魔術を使って……


「う、うん。もえちゃってすぐはなれたし、すぐけしたから」


 とはいえ、火傷は後から痛くなったり、水ぶくれになったりすることもある。

 心配だ。


「……そうね、大丈夫そうだけど、一応……『太古より伝わりし光の精霊よ、彼の者をあるべき姿に返らせよ、ヒール!』」

「ブフッ……」


 突然、目の前の我が子が噴き出した。


「ど、どうかした? まだどっか痛い?」

「い、いや、もうだいじょーぶ……ありがとう、おかーさん」


 少し様子がおかしい気もするが、治癒魔術もかけたし、見た感じ異常はなさそうだ。ほっとする。


 でも……まさか、もう魔術が使えるなんてね。

 もしかして、うちの子ったら、天才?




―――――――――――




 どうなることかと思ったけど、カーラはひとしきり自分の心配をしてから、階下から雑巾を持ってきて、さっさと拭いて階下に戻って行ってしまった。

 焼けた壁をどうしようかと思ったけど……明日修繕の業者を呼ぶらしい。

 勝手に教本を読まないように、と言い含められて、許されたんだ。


 それにしても、危なかった。

 いきなり目の前で恥ずかしいこと言い出すから噴き出したわ。


 いきなり普通の女の子路線から外れるところだった。

 いや、もう手遅れかもしれないけど。

 確かに、その前には自分もこっ恥ずかしいセリフを口にしていた。

 が、人に言われると、なんだかゾワゾワしたものが背筋を走ってしまう。


 何やら目の前でいきなり厨二臭い呪文を唱えられて思わず噴き出してしまった。

 けど、その直後白い光が身体を覆い、そして消えた。

 こころなしか身体が軽く感じられる。


「ヒールって言ったら、あのヒール……だよな。それにさっきの炎に、水」


 まさか靴のヒールってわけじゃないよな。なんの脈絡もない。

 何もないところから火が出たり、水が湧いたり、見たこともない不思議な現象を目にしたんだ。


 それに今までに感じた、裕福さと文明の進歩が釣り合わないことについての違和感。

 そこから導き出される答えは一つだ。



「異世界転生……って、やつ? ……なんか、とんでもないことになったなぁ……」



 どこの漫画の世界ですか……





―――――――――――





 しばらくして、落ち着いて考えられるようになった。


 けど、分かることは少ない。

 今まではちょっと技術が遅れてるどこかの途上国、という認識で、少し足を運べば日本と同じとまではいかないものの、そこそこ発展した街があると考えていた。


 しかし、魔法なんてものが使える異世界となると話は違う。

 文明の発達具合、科学技術の進度、全てが想像も及ばない世界だ。

 言葉もあり、本もあり、家も建ってる。

 家から出たこともないし、外の世界がどうなっているかは分からないけど……


「……時代的には、産業革命前のイギリス、ってぐらいかな?」

「――なにブツブツ言ってるの?」

「……うおおおおおおおおおおおんっ!?」


 唐突に後ろから声をかけられ、飛びのく。

 カーラだ。考えに集中しすぎて気づかなかった。


「ど、どうしたのいきなり……。なんか、よく分からないこと言ってなかった?」

「う、ううん、なんでもないよ! ちょっと考え事してただけ!」


 幼い少女らしからぬ声を上げてしまったような気がするけど……

 気にしないことにしよう。うん。


「考え事って、あなたそんな……まあ、いっか。ちょっとお話しがあるの」

「おはなし?」


 4歳の幼児が考え事って、確かに変か。

 意外に難しいんだよなぁ……

 真似をすること自体にはもう慣れたもんで、羞恥心なんてないんだけど。


「あのね、さっきのことなんだけど」


 う……

 やはりあの程度で許してはくれないか。

 可愛い顔に似合わず、意外と厳しいしつけをするタイプなのかもしれない。


「ご、ごめんなさい。やっぱり、かべもやしたの、おこられるよね……」


 先手を打って、正直に謝る。悪いことをしたのは自分で、下手したら大火事になっていたのかもしれないんだ。

 生前から、こういう失敗した場面では素直に謝った方が問題はこじれにくいものだと、身に染みて覚えていた。


「え? いや、そのことは、そんなに怒っていないよ……ケガ無くて、よかったね」


 ――目の前に聖母がいた。


 比べるもんじゃないけど、前世の御袋、親父共に、こういう周りを顧みないヤンチャをやらかすとビンタを食らったり、飯を抜かれたりと、厳しいお叱りを受けていた。


 もちろんそのことを恨んでいるわけでも、根に持っているわけでもない。

 けど……厳しいお叱りを受けるものだと思っていたもんだから、目の前の母さんはまるで聖母のように見えた。


 カーラは、とにかく美人だった。

 美人って言っても、可愛い系の女の子……って雰囲気か。

 女の子と言ったけど、彼女はまだ若い。

 この前、二十一歳の誕生日を迎えたところだった。


 とても成人してるように見えない。

 てか、前の俺と同い年なんだね。


 髪は明るい茶髪で、身長は同年代の平均に比べると少し小さめか。

 造形のいい顔のパーツがちょうどいい位置に配置されている。

 街中ですれ違うと10人中7,8人は振り向くような、そんな美人。


 これは俺の顔も期待できるんじゃないか?

 アルフも、中々イケメンだし。

 髪は同じく茶髪で、身長も高い。前世の基準で考えると、ト○クルーズ風のイケメンといったところか。

 仕事は知らないけど、ガタイもいい。

 いい男のエッセンスが多分に含まれているスペック高めの好青年だった。


 俺の遺伝子が邪魔しなきゃいいんだけど。

 俺?

 いかにも日本人っぽい平凡な見た目だったよ。悪いか。


「あの、シーラ? 大丈夫? さっきから様子が変だけど」


 誰に聞かれたでもないのに、そんなことをつらつらと考えていると、訝し気な顔でそう尋ねられた。


「――!? あ、ごめんなさい! またぼーっとしちゃってた……」


 にしても、我ながらこの演技は気持ち悪いな。

 直に慣れるとは思うけど。


「大丈夫? 調子が悪いなら話は後でいいから、おやすみする?」

「ううん、だいじょーぶだよ。おはなしって、なーに?」


 そうだ。

 さっきの件、怒ってるんじゃないなら別に話があんだろうけど、なんだろうか……


「シーラ、この本に書いてあること、ほんとに、読めるの?」


 教本を取り出しつつ、そう聞かれる。


「う、うん。ほかのおはなし、おとーさんとおかーさんによんでもらったから、よめるよ」


 実際は読んでもらってない暇な時間もずっと読んでたから、そのせいだけじゃないけどな。


「そう……。それじゃ、どの呪文を読んじゃったのか、教えてくれる?」

「んと……この火玉(ファイアボール)と、水玉(ウォーターボール)、っていうやつだよ」


 そう正直に答える。


 結果として燃えちゃってるんだから、今更取り繕う必要はない。

 ただ、確か教本に書いてあった効果は火玉が『目の前に炎の玉を作り出す』、水玉が『目の前に水の玉を作り出す』だった。

 確かに派手な魔術を、とは思ったけど……


 そもそもほんとに出るとは思ってなかったし。

 出たとしても所詮子供の魔術だよな。

 ちっさい火の玉が出る程度じゃないのか。


 子供のイタズラ程度のことで、あんな大惨事が起こり得るのだろうか。


「……なるほど……うん…………よしっ!」


 考えを巡らせていると、カーラが何かを決心したような、そんな声を上げて、


「明日から魔術の勉強をしましょう、シーラ!!」


「――んん?」


 普通の女の子の道から外れる音がした気がした。


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