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勉強の神様は人見知り  作者: 京夜
神様と天使の二人三脚
120/123

出会いと別れ



 誠が席に戻ると、そこには桜と美緒が待ち構えていた。


「まーちゃん!」

「はいはい、ここ座ってぇ!」


 誠は苦笑いしながら、言われるままにふたりの前に座った。

 ふたりに言われれば断ることのできない誠だが、この時は一緒に話をしたいと誠も考えていた。

 本当に3年間、不思議に繋がり続けたふたりであるし、何となくこれからも縁が続くような気がしていた。


 そこにちょうどまどかも戻ってきて、4人でひとつのテーブルを囲んで座ることになる。


 話し始めたのは、いつものように桜だった。


「まどかも誠も受験勉強、お疲れ様。まあ、よく飽きもせずによく勉強し続けていたね」


 なんとも微妙な労りの言葉に、誠は苦笑いしてしまった。


「桜さんも最期はだいぶ頑張っていたじゃないですか」


 年末辺りから、桜には無理やり勉強を教えさせられていた。

「本当にやばい!」とか「絶対に合格させなさい」と脅迫されながら一緒に勉強したのだが、桜はなかなかの集中力で何とか間に合わせたようだ。


「本当に、まーちゃんのお陰。有り難う!」


 桜は東京にある大学の合格を何とか決めていた。

 それなりに名の知れた大学で、桜は新しく始まる生活を心から楽しみにしている様子だった。


「いつ引越しですか?」

「本当にもう近々。だから、会えるのは今日が最後かもしれない」

「それは寂しいですね」

「……何か心がこもっていないような気がするのは気のせい?」

「そんなことないですよ」

「目が泳いでるぞ!」


 ふたりの相変わらずのやり取りに、笑いが起きる。

 誠としても、こんな時間がもっと続いて欲しい、と本当は思っていた。


「そう言えば、美緒はどうするの? 勉強している様子があまりなかったけれど」


 桜が不意に美緒に話を振ると、美緒はいつもの天使の笑顔を浮かべて答えた。


「私は女子大に推薦が決まっていたから」

「女子大!」


 市内にある女子大はふたつで、そのひとつにすでに推薦入学が決まっていたらしい。


「それは、良かったですね。美緒さんらしいというか」


 彼女は見かけとは裏腹に、軽い男性恐怖症だと知っているのは数少ない友達だけだ。

 彼女にとって、女性だけが通う大学は願ってもない環境なのだろう。


「そう。ようやく気楽に学生生活が楽しめそう」


 柔らかな、溶けてしまいそうな笑顔の美緒。

 どうやら明るい笑顔の下で、それなりの苦労があったらしい。

 まあ、告白されたり、告白されたり……そんなところだろうが。


「まどかとまーちゃんも一緒に合格できるといいね」

「大丈夫よ、このふたりは。私はもう確信している!」


 桜の言葉に、まだ不安の残るまどかが苦笑いする。


「そうだといいけれど」

「大丈夫! 大丈夫! まーちゃんがそう言っているんだから」

「うん、そうだね」


 桜の言葉に、まどかにもようやく笑顔が戻る。


「あーあ、もっとこのメンバーで遊びたかったなぁ」

「結局、温泉に行けなかったね」

「そうなの。残念」

「僕はほっとしていますが」


 桜と美緒のやり取りに、誠の正直な感想が入る。


「こんな美女たちの有り難いお誘いに、何ていうことを! あとで絶対に後悔させてやる」

「やっても後悔、やらなくても後悔。難しい選択肢ですね……」

「絶対にいつか混浴に連れ込んでやる!」


 笑いが起きるなか、美緒が、


「まどかと、桜と、まーちゃんと私。一緒に、家族風呂に入るとか?」


 とずいぶん具体的な提案をしてきた。

 3人に囲まれて温泉に入る図を想像してしまい、久しぶりの強い刺激に誠はめまいを覚えた。


「それいいね!」

「お風呂で溺死しそうです……」

「そうしたら、私が口と口とで人工呼吸をしてあげるから!」

「……心臓を止めないで下さい」


 笑いすぎて、涙が出そうになる。

 もうすぐこんな時間が無くなってしまうなんて、信じたくなかった。

 そう思っていたのは、誰もが同じだったらしい。


「それぞれ離れるけれど、絶対にまた会いに来るから」


 桜がいつになく真剣な顔でつぶやくと、美緒も同じくうなずいた。


「これからも宜しくね」

「こちらこそ」


 何となく、みんなで固い握手をした。

 別れ難いが、また会う約束をそれぞれに交わして、たわいも話に戻る。

 そうして、いつまでも笑い声が続いたのだった。



 この縁は、本当にこれからも続くのだが、それはまた別の話。





 あっという間に楽しい時間は過ぎ、打ち上げは終わりを告げた。

 名残り惜しいが、それぞれに別れの挨拶を交わして、それぞれの帰途についた。


 帰りは、まどかと誠と曜子の3人で帰ることにした。


「楽しかったね!」


 まどかが本当に嬉しそうな笑顔でつぶやくと、誠も曜子もうなずいた。

 受験勉強からの開放感と、しばらく会えない寂しさからか、異様な盛り上がりを見せた打ち上げは、本当に楽しい時間だった。


「楽しい時間の後は、何となく寂しく感じますね」


 今までいつでも会えると思っていた人達との別れ。

 こんな寂しい気持ちになるのは、誠にとっても初めてのことだった。

 戻れない時を振り返り、まだしばらくそこに残っていたかった。


「また会えますよ!」


 まどかが明るく励ましてくれる。


「別れの後は、また新しい出会いもある」


 曜子も別の形で慰めてくれる。


 そうだ、別れはあるけれど、出会いもある。


「また、こんな出会いがあるかも知れないのなら、新しい世界も悪くはないですね」

「人生はそんな別れと出会いの連続よ」

「本当、そうですね」


 続く縁もあって欲しいが、新しい世界に希望抱くのも悪くない。

 自分の人生の中に、どんな出会いが待っているのだろうか。


「曜子とも、長い縁が続くといいな」


 まどかの言葉に、曜子も笑顔でうなずく。


「きっと、続くよ。それよりも、まどかと誠の縁が早く固まるといいな」

「縁が固まる?」


 曜子がくすっと笑う。


「結婚する、ということよ」


 曜子の言葉に、まどかと誠が顔を赤くする。


「実はね、曜子。クリスマスプレゼントに、指輪もらっちゃった」


 ふたりだけの秘密を、まどかが暴露してしまった。

 知らなかった曜子だが、嬉しそうに驚いてくれた。


「本当!? 婚約指輪?」

「本物ではないのですが。気持ちしては」


 誠が恥ずかしそうに説明した。


「いま持っているの?」


 曜子の問いかけに、まどかがうなずくと、首にかけていたチェーンを引っ張り出す。

 まどかは指輪にチェーンをつけて、人から見えないようにいつも首にかけていたのだ。


 チェーンの先にある、指輪を手の平に乗せて、曜子に見せた。


「わあ、素敵。誠、やるじゃない」


 曜子からの初めてのお褒めの言葉かもしれない。

 ある意味での卒業証書か。


「いつか本当の指輪を渡したいです」

「気持ちを伝えたのが偉い。早すぎて引く子もいるかも知れないけれど、まどかにとっては安定剤になったわね」


 曜子の感想は的確で、まどかはうんっとうなずく。

 あの日から、まどかの不安はだいぶ軽減されている。

 指輪はまどかにとってまさに安定剤で、今ではいつでも離さずに持っている。


「幸せにね。ふたりとも」

「そうなれるように、頑張ります」

「大丈夫よ、ふたりなら」


 曜子は本気でそう感じていた。


「私の相手は、いまどこで何をしているやら」


 曜子の自嘲的なつぶやきに、ふたりが笑ってしまった。


「意外に近くにいたりして」

「どうだろうね。まあ、その時を楽しみにしているわ」


 曜子もまた、新しい世界に希望を託すことにした。

 出会いはいつあるかもわからない。どう変化するかも。

 それを楽しみにしましょう……曜子はそう考えることにした。


「まあ、いずれにせよ、合格したら大学生活も宜しくね」

「こちらこそ」

「うー、合格していますように」

「大丈夫よ」

「その時は、3人でお祝いしましょう」

「そうね。一緒に遊園地でも行こうか」

「あっ、それいい!」


 静かな夜空の下、3人は別れるまでの帰り道を、そうして歩き続けていた。



 もうすぐ、運命の結果発表の日が来る。




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