出会いと別れ
誠が席に戻ると、そこには桜と美緒が待ち構えていた。
「まーちゃん!」
「はいはい、ここ座ってぇ!」
誠は苦笑いしながら、言われるままにふたりの前に座った。
ふたりに言われれば断ることのできない誠だが、この時は一緒に話をしたいと誠も考えていた。
本当に3年間、不思議に繋がり続けたふたりであるし、何となくこれからも縁が続くような気がしていた。
そこにちょうどまどかも戻ってきて、4人でひとつのテーブルを囲んで座ることになる。
話し始めたのは、いつものように桜だった。
「まどかも誠も受験勉強、お疲れ様。まあ、よく飽きもせずによく勉強し続けていたね」
なんとも微妙な労りの言葉に、誠は苦笑いしてしまった。
「桜さんも最期はだいぶ頑張っていたじゃないですか」
年末辺りから、桜には無理やり勉強を教えさせられていた。
「本当にやばい!」とか「絶対に合格させなさい」と脅迫されながら一緒に勉強したのだが、桜はなかなかの集中力で何とか間に合わせたようだ。
「本当に、まーちゃんのお陰。有り難う!」
桜は東京にある大学の合格を何とか決めていた。
それなりに名の知れた大学で、桜は新しく始まる生活を心から楽しみにしている様子だった。
「いつ引越しですか?」
「本当にもう近々。だから、会えるのは今日が最後かもしれない」
「それは寂しいですね」
「……何か心がこもっていないような気がするのは気のせい?」
「そんなことないですよ」
「目が泳いでるぞ!」
ふたりの相変わらずのやり取りに、笑いが起きる。
誠としても、こんな時間がもっと続いて欲しい、と本当は思っていた。
「そう言えば、美緒はどうするの? 勉強している様子があまりなかったけれど」
桜が不意に美緒に話を振ると、美緒はいつもの天使の笑顔を浮かべて答えた。
「私は女子大に推薦が決まっていたから」
「女子大!」
市内にある女子大はふたつで、そのひとつにすでに推薦入学が決まっていたらしい。
「それは、良かったですね。美緒さんらしいというか」
彼女は見かけとは裏腹に、軽い男性恐怖症だと知っているのは数少ない友達だけだ。
彼女にとって、女性だけが通う大学は願ってもない環境なのだろう。
「そう。ようやく気楽に学生生活が楽しめそう」
柔らかな、溶けてしまいそうな笑顔の美緒。
どうやら明るい笑顔の下で、それなりの苦労があったらしい。
まあ、告白されたり、告白されたり……そんなところだろうが。
「まどかとまーちゃんも一緒に合格できるといいね」
「大丈夫よ、このふたりは。私はもう確信している!」
桜の言葉に、まだ不安の残るまどかが苦笑いする。
「そうだといいけれど」
「大丈夫! 大丈夫! まーちゃんがそう言っているんだから」
「うん、そうだね」
桜の言葉に、まどかにもようやく笑顔が戻る。
「あーあ、もっとこのメンバーで遊びたかったなぁ」
「結局、温泉に行けなかったね」
「そうなの。残念」
「僕はほっとしていますが」
桜と美緒のやり取りに、誠の正直な感想が入る。
「こんな美女たちの有り難いお誘いに、何ていうことを! あとで絶対に後悔させてやる」
「やっても後悔、やらなくても後悔。難しい選択肢ですね……」
「絶対にいつか混浴に連れ込んでやる!」
笑いが起きるなか、美緒が、
「まどかと、桜と、まーちゃんと私。一緒に、家族風呂に入るとか?」
とずいぶん具体的な提案をしてきた。
3人に囲まれて温泉に入る図を想像してしまい、久しぶりの強い刺激に誠はめまいを覚えた。
「それいいね!」
「お風呂で溺死しそうです……」
「そうしたら、私が口と口とで人工呼吸をしてあげるから!」
「……心臓を止めないで下さい」
笑いすぎて、涙が出そうになる。
もうすぐこんな時間が無くなってしまうなんて、信じたくなかった。
そう思っていたのは、誰もが同じだったらしい。
「それぞれ離れるけれど、絶対にまた会いに来るから」
桜がいつになく真剣な顔でつぶやくと、美緒も同じくうなずいた。
「これからも宜しくね」
「こちらこそ」
何となく、みんなで固い握手をした。
別れ難いが、また会う約束をそれぞれに交わして、たわいも話に戻る。
そうして、いつまでも笑い声が続いたのだった。
この縁は、本当にこれからも続くのだが、それはまた別の話。
あっという間に楽しい時間は過ぎ、打ち上げは終わりを告げた。
名残り惜しいが、それぞれに別れの挨拶を交わして、それぞれの帰途についた。
帰りは、まどかと誠と曜子の3人で帰ることにした。
「楽しかったね!」
まどかが本当に嬉しそうな笑顔でつぶやくと、誠も曜子もうなずいた。
受験勉強からの開放感と、しばらく会えない寂しさからか、異様な盛り上がりを見せた打ち上げは、本当に楽しい時間だった。
「楽しい時間の後は、何となく寂しく感じますね」
今までいつでも会えると思っていた人達との別れ。
こんな寂しい気持ちになるのは、誠にとっても初めてのことだった。
戻れない時を振り返り、まだしばらくそこに残っていたかった。
「また会えますよ!」
まどかが明るく励ましてくれる。
「別れの後は、また新しい出会いもある」
曜子も別の形で慰めてくれる。
そうだ、別れはあるけれど、出会いもある。
「また、こんな出会いがあるかも知れないのなら、新しい世界も悪くはないですね」
「人生はそんな別れと出会いの連続よ」
「本当、そうですね」
続く縁もあって欲しいが、新しい世界に希望抱くのも悪くない。
自分の人生の中に、どんな出会いが待っているのだろうか。
「曜子とも、長い縁が続くといいな」
まどかの言葉に、曜子も笑顔でうなずく。
「きっと、続くよ。それよりも、まどかと誠の縁が早く固まるといいな」
「縁が固まる?」
曜子がくすっと笑う。
「結婚する、ということよ」
曜子の言葉に、まどかと誠が顔を赤くする。
「実はね、曜子。クリスマスプレゼントに、指輪もらっちゃった」
ふたりだけの秘密を、まどかが暴露してしまった。
知らなかった曜子だが、嬉しそうに驚いてくれた。
「本当!? 婚約指輪?」
「本物ではないのですが。気持ちしては」
誠が恥ずかしそうに説明した。
「いま持っているの?」
曜子の問いかけに、まどかがうなずくと、首にかけていたチェーンを引っ張り出す。
まどかは指輪にチェーンをつけて、人から見えないようにいつも首にかけていたのだ。
チェーンの先にある、指輪を手の平に乗せて、曜子に見せた。
「わあ、素敵。誠、やるじゃない」
曜子からの初めてのお褒めの言葉かもしれない。
ある意味での卒業証書か。
「いつか本当の指輪を渡したいです」
「気持ちを伝えたのが偉い。早すぎて引く子もいるかも知れないけれど、まどかにとっては安定剤になったわね」
曜子の感想は的確で、まどかはうんっとうなずく。
あの日から、まどかの不安はだいぶ軽減されている。
指輪はまどかにとってまさに安定剤で、今ではいつでも離さずに持っている。
「幸せにね。ふたりとも」
「そうなれるように、頑張ります」
「大丈夫よ、ふたりなら」
曜子は本気でそう感じていた。
「私の相手は、いまどこで何をしているやら」
曜子の自嘲的なつぶやきに、ふたりが笑ってしまった。
「意外に近くにいたりして」
「どうだろうね。まあ、その時を楽しみにしているわ」
曜子もまた、新しい世界に希望を託すことにした。
出会いはいつあるかもわからない。どう変化するかも。
それを楽しみにしましょう……曜子はそう考えることにした。
「まあ、いずれにせよ、合格したら大学生活も宜しくね」
「こちらこそ」
「うー、合格していますように」
「大丈夫よ」
「その時は、3人でお祝いしましょう」
「そうね。一緒に遊園地でも行こうか」
「あっ、それいい!」
静かな夜空の下、3人は別れるまでの帰り道を、そうして歩き続けていた。
もうすぐ、運命の結果発表の日が来る。