合格発表
合格発表の朝。
まどかは緊張のあまり、いつもより早く目が覚めてしまった。
もう一度寝ようかとも思ったが、横になっても眠れそうにない。
まどかはそのまま、身支度を整えることにした。
カーテンを開けると、ようやく白んできた空は凛と澄んでいて、深い青色がどこまでも広がっていた。
とうとう今日、決まってしまう。
医学部の入学は医師になる途中経過でしかないことは解っている。
でも、ここを合格しないことには医師になれないことも確かだ。
まどかは胸にそっと手をあてて祈った。
「どうか、合格していますように」
誠と一緒に。
しばらくの静かな祈りの後、まどかは着替え始めた。
合格発表の場である大学内の敷地は、すでに人で賑わっていた。
まどかは芳子と、誠は真穂とやってきて、正門で待ち合わせると一緒に発表会場へ向かった。
まどかと誠が並び、その後ろに芳子と真帆が並んだ形で4人で歩く。
今日は晴天で、何となく春の暖かさを感じる。
発表日でなければ、気分が浮き立っていただろう。
まどかはいつの間にか握りしめた手の平に、汗をかいているのを感じていた。
手の平を広げ、かるく手を振ってみる。
緊張をしている。
まどかははっきりとそう自覚していた。
いつもは感じない動悸も、今は感じる。
早く結果が解ってすっきりしたい気持ちと、結果を見ることの怖さとが、心のなかで半分ずつ占めていて、悩めるまどかの歩みはどうしても重くなってしまっていた。
そんなまどかの思いが伝わったのか、誠が手を取って握ってくれた。
誠の目を見ると、落ち着いた視線を向けてくれていて、まどかはいくらか落ち着くことができた。
ふたりで、ゆっくりと歩を進める。
そしてとうとう、ふたりは掲示板の前にたどり着いた。
「確認しましょう」
「はい」
「番号を私にも見せて下さい」
まどかの受験票をふたりで確認して、受験番号を憶える。
医学部の掲示板を見つけ、数字を探し始めた。
ひとつ、ひとつ、数字をたどる。
あるか、ないか。
数字は……。
「ありましたよ」
「え?」
「ありました。おめでとう」
誠が静かに伝えてくれた。
まどかも数字を追うと、確かに同じ番号があった。
受験票と同じ番号。
「あった……」
「うん」
「師匠! ありました!」
まどかは、思わず誠に抱きついた。
もう嬉しくて、嬉しくて、力のかぎり誠のことを抱きしめてしまった。
そこでまどかは、はっと気付いた。
そうだ、誠は?
「師匠は? 番号ありました?」
当然合格しているだろうと思って、忘れかけていた。
誠はくすっと笑って、うなずいた。
「ありましたよ。僕も合格していました」
「やったぁ!!」
まどかはまた、ぎゅっと誠を抱きしめた。
嬉しかった。
本当に、嬉しくて、嬉しくて。
もう他の言葉でいい表せないくらい嬉しくて。
緊張がとけて安心したのか、まどかの目に涙が滲んだ。
「師匠もおめでとうございます。そして、有り難うございました」
「こちらこそ、有り難う。それで、その……ひとつお願いがあるのですが」
「……? なんですか?」
思いもよらないタイミングだったので、誠からのお願いの検討もつかないまどかは首をかしげた。
ちょっと恥ずかしそうに、誠はつぶやいた。
「もう、今日から師匠ではないですので、その……誠……って呼んでくれませんか?」
「あっ……」
そうだ。
今までは勉強を教えてくれる先生であり、師匠だった。
でもそれも、今日まで。
今日からは……。
まどかは頬を赤くして、うなずいた。
「はい………誠さん!」
「うん」
ふたりは抱き合ったまま、ふふっと笑う。
そうしたら、相手のことが愛しくて、愛しくて。
ついついまどかも誠も、お互いに顔を近づけてしまった。
そして
ちゅっ……
ちょっとだけ長いキス。
「あっ」
誠が不意に唇を離し、何かを思い出したかのように声を上げたので、まどかも「え?」とびっくりした声を上げてしまった。
そしてまどかも思い出した。
母親と一緒に来ていたことを。
「…………」
恐る恐るふたりが後ろを振り向くと、そこには、苦笑いをする芳子と真穂の姿があった。
すべて見られていたことに気づいて、 恥ずかしくなったふたりは母親の顔を見ることもできず、顔を真っ赤にして視線をそらした。
芳子と真穂は互いに視線をかわして微笑み合う。
いつの間にか、ふたりの子供達はたくましく成長し、教えるでもなく夢を見つけ、そのための階段も登ってしまった。
そして、心配していた恋の相手も見つけ、知らぬ間にふたりの愛をしっかり育んでいたようだ。
芳子と真穂の心は驚きの気持ちよりも、ふたりの成長を微笑ましく思う温かな気持ちで満たされていた。
その一方で、誠とまどかはますます顔を赤くして、まだ春先だというのに額に汗をかき始めていた。
でもよく見ると、無意識にふたりは互いの手を握りしてめている。
真穂はそんなふたりを見て、くすりと笑った。
そして、真穂は静かにこう言ったのだった。
「もう、ふたりとも。結婚しちゃいなさいよ」
〈 勉強の神様は人見知り 終わり 〉




