打ち上げ
前期試験翌日の打ち上げは、まどかや誠が仲の良い友だちに声をかけたのが始まりだった。
結局、宗志や大成が幹事を引き受けてくれて、場所や時間も設定してくれたので、言いだしっぺのくせに誰が集まるかもわからないまま、ふたりは指定された居酒屋に着いたのだった。
駅近くにあるチェーンの居酒屋で、もちろんふたりは入るのは初めて。
案内された部屋には、広い畳敷きにいくつも平机が置かれていた。
まだお客さんも含め、誰も座っていない。
まどかと誠は隅のほうにふたりで向かい合って座ることにした。
「どのぐらい集まるのかな」
「幹事をお願いしちゃったからね。試験が残っている人もいるし、そんなに集まらないと思うけど」
15人から20人ぐらいか。
曜子や悠太や桜達にも声をかけたら、みんな喜んで受けてくれた。
受験勉強のせいで、しばらく会っていない人達に会えることが楽しみでもあったが、そんな友達とも高校卒業をしたらなかなか会えなくなると思うと、寂しくもある。
まどかと誠はしばらく、高校生活の楽しい思い出を懐かしく語っていた。
しばらくして幹事の宗志がやってきた。
「よっ、おふたりさん。相変わらず早いね」
ひらひらと手を振り、笑顔でふたり近くに座ってくる。
「宗志くん、久しぶり。今日は有り難うね」
まどかが軽く頭を下げてお礼を言った。
「いやいや、きっかけを作ってくれて有り難う。卒業までに一度みんなで集まりたいと思っていたから、ちょうど良かった」
そういいながら、宗志はやってきた店員さんと簡単な打ち合わせを始める。
ひとりあたりの値段の確認と、未成年なのでアルコールは出さないようにお願いしている。
万が一、酔って何らかの問題を起こして、せっかくの大学合格を駄目にさせないように、幹事としても気を使っているようだ。
打ち合わせが終わると、小さなため息をついて、宗志はまたふたりの方に顔を向ける。
「ところで、今日は何人ぐらい集まるの?」
誠が宗志に尋ねると、宗志がにやっと笑う。
「ふたりとも人気者だね。たくさん来るよ」
「宗志くんが声をかけてくれたからだよ」
「人が集まるには、引き寄せる人が必要なんだよ。桜ちゃんや悠太も来てくれるのは大きかった」
「あのふたりは有名人だからね」
まどかと誠はふたりで、うんうんとうなずく。
「君達も有名人だという自覚は相変わらず無いのね」
宗志は苦笑いをしてつぶやく。
「僕たちはおまけみたいなものだから」
「ねえ」
ふたりで顔を見合わせてうなずく。
「成績も学年で1番と2番。誰もがうらやむ美男美女カップルで、後輩達からも憧れの的だというのに」
「師匠は1番だけど、私はそんな……」
「まどかさんは美女だけど、美男というのは……」
ちょうどそこに曜子がやってきた。
「謙遜もあまり過ぎると嫌みに聞こえるよ」
細身のジーンズを着てラフな格好なのに、それがよく似合っている。
同じテーブルに座り、話の輪に入って来た。
「まあ、自覚がないのが良いところでもあるけれど」
「天然というかね」
「そうそう」
宗志と曜子が互いにうなずき合う。
「それで、何人来るの?」
まどかがもう一度、宗志に尋ねた。
「ん? この居酒屋、貸し切った」
「え?」「ん?」
ざっと計算しただけで100名以上は座れる。
まさか、そんなに……。
ふたりが呆然としていると、時間が近づいてきたのか、どんどんと人が入ってきた。
「久しぶり!」
玲が懐かしそうに手を振る。
他にも、高校1年の時の懐かしい顔が現れる。
涼、賢治、洋介、凜、薫子、桜、美緒、麻友、楓。
2年生の大成、智、隆成、真、尊、悠太。
他にも、3年生の同級生に、ふたりにとって馴染みのない人達もいる。
多分、友達がさらにその友達を呼ぶ形で膨れ上がったのだろう。
あっという間に店は人で溢れかえり、思い思いにグループを作って座り始めた。
ひとりきりの人間ができないように、幹事達が調整をしたりして、ようやく落ち着いた時はすでに予定時間を超えてしまっていた。
懐かしい顔が集まったせいか、それぞれに会話が弾んでしまい、飲みものが来る前だというのに店全体が話し声で騒がしくなる。
宗志が立ち上がり、いつものように良く通る声で叫んだ。
「みんな! 今日はたくさん集まってくれて、有り難う!」
宗志の声に呼応するように、拍手が広がる。
「まだ試験が終わっていない人達もいるかも知れないけれど、今日は楽しんで下さい! そして、卒業したらなかなか会えなくなるかも知れない友達とも、しっかり話をして下さい!」
いろいろな場所から「はーい」と返事が返ってくる。
「それと、今日は8時半まで貸し切りです! アルコールは提供されませんので、ジュースかお茶でお願いします!」
ビールが飲めないことに一部でブーインクが起きるが、ほどなく収まる。
その代わりに「幹事、有り難う!」という声が聞こえてきた。
宗志がうなずく間に、お茶やジュースが行き渡る。
宗志もお茶の入ったグラスを掲げた。
「それじゃあ、グラスを上げて! 乾杯!」
合図と共に、そこかしこでグラスが合わさる音がする。
すぐに料理が運び込まれ、あたりはまた元の喧騒に包まれた。
「本当に有り難う。こんなに集めてくれるなんて」
まどかがグラスを掲げて、宗志と乾杯する。
「いや、ふたりのお陰でもあるから、こちからお礼を言いたいよ。それに、ふたりのお陰で、いろいろと楽しかったよ」
これには誠もうなずいて、言葉をつなげた。
「確かに。あの1年が一番楽しかったかも知れない」
「女装とか?」
「あれは……忘れたいけれど」
苦笑いする誠の回りで、笑いが起きた。
「あれは似合いすぎだった」
「そう言えば、何故僕だけ女装だったの?」
「すべて楓任せだよ。おーい、楓ぇ!」
近くに座っていた楓がこちらを向いて、自分? と尋ねるように首をかしげる。
宗志が手招きすると、楓が立ち上がってこちらまでやって来た。
ふたりにとっても懐かしい顔だったが、何となくついこの前のような気もする。
楓も笑顔でまどかの隣に座った。
「楓、誠がなんで自分だけ女装だったのかって。今更だけど」
「あ、そのこと?」
楓は意外そうに表情を浮かべる。
もうきっと彼女にとっては過ぎ去った遠い昔の出来事なのだろう。
「私の判断基準は簡単。一番似合いそうなもの、受けの良さそうなものは何かを考えただけ。その場合、笑いを狙ってはいけない。感動を目指したつもり」
誠が複雑な表情を浮かべる。
「僕の女装が感動を呼ぶ……?」
「何言っているの。一番、感動させておいて」
誠の自己評価に反して、周囲は楓の言葉に強くうなずいていた。
「あの似合い方は、反則だと思ったね」
宗志がポテトを口にしながらつぶやく。
「反則ですか」
「だって本当に女だったら、付き合いたいと思ったもん」
「……勘弁して下さい」
「だから、本当の女だったとしたらだよ」
まどかと楓と曜子が笑った。
そうして、しばらく高校1年の時の懐かしい話で盛り上がった。