本試験
とうとう大学入試の日がやって来た。
前期試験と後期試験があるが、後期試験は地域医療を志す人のみが対象となり、卒業後12年ほどの義務を生じるため、誠と行動を共にしたいまどかは選択できない。
つまり、前期試験が彼女が受ける唯一の入試試験だった。
二日にわけて国語、理科、数学、英語の試験がある。
国語もあるが配点は低い。やはり理科、数学、英語が要となる。
もともと苦手だった数学も、この3年間ほぼ毎日問題を解き続け、点数のとれる科目になってきていた。
はたして入試に太刀打ちできる実力がついているのか……不安は拭いきれない。
まどかは何度か見学に来た大学の道を歩き、試験会場となる校舎へ向かった。
センター試験の頃と比べると寒さは和らいでいるが、今日の空は曇天で何となく肌寒い。
まどかは手袋をはめた手をぎゅっと握った。
案内に従って校舎に入り、階段を上って教室に入る。
まだ時間が早かったせいか、受験生がまばらにいるだけだったが、その中に誠の姿もあった。
誠もまどかが入って来たことに気付き、視線を合わせるとにっこりと笑ってくれた。
まどかは嬉しそうに小さく手を振ると、誠はゆっくりとうなずいてくれる。
あえて言葉は交わさず、まどかも自分の席を確認して座る。
試験の間、助けてもらうわけにはいかない。
自分で道を開かなくては。
まどかはコートを脱いだり、トイレに行ったり、必要なものを机に並べたりして準備を整えた。
もうここまできたら、復習もいらない。
むしろ心を落ち着かせて、気合いを入れすぎないように、楽しむ心を思い出してみる。
試験が終わったら、みんなと食事をする約束をしている。
そして、合格したら、誠とふたりでお祝いがある。
楽しそうな未来に、思わず笑みがこぼれる。
大丈夫。
誠が何度もそう言ってくれた言葉を信じてみる。
自分を信じてみよう。
これが終わりではない。
始まりなのだから。
センター試験時と同じように試験官が入って来て、説明を始める。
まどかは、すこし胸がドキドキするのを感じた。
さすがに緊張するが、それは仕方がない。
まどかはひとつだけ大きな深呼吸をした。
試験用紙が配られる。
試験官が時計を確認しながら、正確に開始を告げた。
「始めて下さい」
数学は確かに難しい。
しかし、まったく太刀打ちできないレベルではない。
問題を正確に数式になおし、そして、それを正確に計算していく。
次の問題は、解法のパターンが必要だった。
すぐとは気付かないが、基本を理解していれば気付くことができる。
時間はかかったが、すべての解答欄を埋めて、見直す時間もできた。
英語は多様な能力を問うてくる。
英文もやや難解だが、ていねいに読み込んでいくうちに何を聞いてきているのかは理解できてくる。
勘違いしないように、しっかりとじっくりと読み解いて記入していく。
物理と化学は徹底的にやっていたから、その範囲を超えることはなかった。
ある程度は確実に点数を確保できる。
科学館でのデートを連想してしまって、試験の途中だというのに、まどかはちょっとだけ笑ってしまった。
国語は、理論的に解答する方法を徹底的に教えてもらった。
曖昧な問い方もしていない。解答もそれに対応して書いていく。
悩む部分もあるが、これでいいはずだ。
古文は読んだことのある部分が出た。
これならば対処できる。
そして、すべての試験が終わる。
本当に、これですべて。
「鉛筆を置いて下さい。用紙を回収します」
試験官の声が教室に響いた。
「終わった……」
センター試験の時以上の疲れと安堵感が、身体全体に広がっていく。
何も考えることもできず、ただ目の前の回収されていく解答用紙を眺めていた。
どんな採点をされるのだろうか。
受け入れて、もらえるのだろうか。
まるで告白して、結果を待っているような気持ち。
とにかく全力を尽くした。
あとは待つしかない。
不安な気持ちが沸くまどかの頭に、ふわっと柔らかい感触が乗ってくる。
見上げると、誠がまどかの頭にそっと手を乗せて立っていた。
「終わりましたね」
「はい……終わりました」
言葉にすると、じわっと実感が広がる。
あんなに遠くに感じた日が過ぎていく。
「3年間、本当によく頑張りました。本当に……」
誠がゆっくりと頭を撫でてくれた。
まどかは嬉しそうに、その柔らかな感触を受け止めた。
「今日はゆっくり休んで下さい。もう採点もしません。明日はみんなとの食事を楽しみましょう」
「はい」
採点しても合格ラインが解らない。
あとは結果を待つしかないのだ。
たった10日後。
一緒に合格できるといいな。
心から、そう願う。
帰りの準備を整えるとまどかは誠の手を握り、いつものように、ふたりで家に向かって歩き始めた。




