第十九話 【ルキハ&リル視点】暴かれた真実と決裂の夜
「助けを求める天才、ね……」
ろこが下がった後、僕は鏡の中に映る彼女の寝顔をもう一度見つめた。
彼女を取り巻くすべてが愛おしい。けれど同時に、彼女の腹の中に潜む『秘密』が、僕の探求心と執着をどこまでも刺激してやまなかった。
明日まで待つなんて、とてもじゃないけれどできそうにない。
僕は静かに自室を抜け出すと、足音を殺して夜の廊下を進んだ。彼女にあてがわれた部屋の前に立ち、ドアノブにそっと手をかける。鍵は開いていた。警戒心が強いとろこは言っていたけれど、疲れ果ててそこまで頭が回らなかったのだろう。
「ふふ、可愛い隙だな……」
ドアをそっと開けて中に入る。月明かりが差し込む豪華なベッドで、リルは小さく寝息を立てていた。
そのそばへ寄り、枕元に腰を下ろして彼女の金髪にそっと触れる。
「……ん……?」
肌に触れた感覚に反応したのか、リルが薄っすらと目を開けた。
オッドアイの瞳が僕の姿を捕らえた瞬間、彼女の身体が跳ねるように強張り、瞬時に寝返りを打って距離を取られた。
「ル、ルキハ……!? なんでここに……!?」
パニックを起こしながらベッドの上に飛び起きる彼女。その警戒心剥き出しの表情すら、今の僕には愛おしくてたまらない。
「静かに。他の者たちを起こしてしまうだろ?」
「起こすも何も、夜中に人の部屋に無断で入ってこないでよ! 警察……じゃなくて、衛兵を呼ぶわよ!?」
「いいよ、呼んでも。ここは僕のお城だからね」
微笑みながらそう言うと、彼女は言葉を詰まらせ、あからさまに引きつった顔をした。
「……はあ。何なのよ、一体。用がないなら出て行ってくれない? 私、疲れてるの」
「用ならあるよ、リル。君と大事な『答え合わせ』をしに来たんだ」
「答え合わせ……?」
僕の言葉に、彼女が眉をひそめる。僕は深く息を吸い込み、ずっと胸の中で温めていた確信を、極上の笑みを浮かべながら口にした。
「君は本当は可哀想な子なんかじゃないってこと。――君が『転生者』だということ」
心臓が跳ねる音が聞こえてきそうなほど、彼女の顔から一瞬で血の気が引いていくのが分かった。
「……何を、言っているの……?」
「全部知っているのさ。君が僕のことをどう思っているのかも、ね」
「は? それってどういう……」
「全部さ、全部。君が僕のことをどう思っているのか、とか。君は本当は可哀想な子なんかじゃないってこと。――君が『転生者』だということ」
完全に言葉を失い、固まる彼女。その震える唇を見つめながら、僕は語りかけた。
「最初は『転生者』ってなんだろうと思ってたけど、聖典を読んだりして色々調べたら、神からの『一つの祝福チャンス』だということが分かった。悔いを残して亡くなった者に、もう一度だけ人生をやり直すことができる、それが転生。……こんな祝福をもらったうえで、あの桁外れの魔力量。君は『女神』なんじゃないのかい?」
「女神……私が?」
「ああ。そうなんだろう!?」
瞳を激しく輝かせ、興奮気味に詰め寄る僕に対して、彼女の顔に浮かんだのは恐怖と――圧倒的な『ドン引き』のの色だった。
「馬鹿なんじゃないの。私が女神なわけないじゃない。ごく一般の転生者よ」
あきれ返ったように言い放つ彼女。だが、僕はそんな誤魔化しに騙されたりしない。
「そんなわけがない。君は四歳の頃からの記憶しかないのだろう?」
「ええ。それがどうかしたの?」
「四歳の頃、君は魔力暴走を一度起こしている。そしてまさにその時期、世界では女神の力が弱まり、闇が広がっていた。全体的な整合性を考えても、そうとしか思えないんだ」
「……そんなことが起こっていたの!?」
「なっ……知らなかったのか?」
僕の言葉に本気で驚いている様子の彼女。だが、次の瞬間、彼女の瞳に冷ややかな怒りと不快感が宿った。
「大体ね、私はなんであんたがそんなプライベートな情報まで握っているのかが気になるわ。……気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪い」――そのストレートな拒絶の言葉すら、僕の胸を痛く、そして甘く刺激する。
「勝手に調べたことは謝るよ。でも、いいだろう? 君は僕の婚約者なのだから」
「はぁ……さっきも言ったけど、さっさと婚約破棄してほしいわ」
「それはできないねぇ」
「なんでよ。婚約破棄ってお互いに納得すればできるものでしょう?」
「ああ、そうだよ。でも僕の『納得』が得られないだろう?」
「はぁ!? 納得くらいしなさいよ! こっちは超迷惑なの! 私のこと、好きじゃないの!?」
「好きだからだよ。君は本当に何もわかっていないな……。でも大丈夫、それでも僕がいれば――」
「もういいわよ! 心配していただいて、どうもありがとうございました。失礼します!」
ゾワリと背筋を這い上がる不気味さに耐えかねたように、彼女は僕の言葉を激しく遮ると、ベッドから飛び降りて勢いよく部屋の扉を開け、夜の廊下へと飛び出していってしまった。
バン!と重い音を立ててドアが閉まる。
静まり返った部屋に、僕だけが残された。
「……ふふ、あははっ!」
こらえきれず、低い笑い声が漏れ出た。
逃げられた。でも、どこへ逃げるというのだろう? ここは僕の城で、彼女の手首にはもう『王命』という解けない縄がかけられているというのに。
彼女がどれだけ暴れようと、どれだけ僕を嫌おうと関係ない。
知れば知るほど、彼女は僕の理想そのものなのだから。
廊下を走っていく彼女の愛らしい足音を聞きながら、僕の胸はかつてないほどの歓喜と狂気で満たされていた。
◇
【リル視点】
廊下を早足で走りながら、乱れた息を必死に整える。
心臓がバクバクとうるさいほど高鳴っていた。
(なんなの……何なのよ、もう!!)
今考えると、おかしなことが多すぎた。
誰にも言ったことのない『転生者』という事実や、私に向けられるあまりにも重すぎる愛。
自尊心の塊みたいな王子様だと思っていたのに、中身は完全にヤバい方向へ煮詰まったストーカーじゃない!
私、自分で言うのもあれだけれど、彼に対して相当酷いことを言ったはずだ。本音とはいえ、王族相手にあんな暴言を吐いたというのに、あの余裕ぶった態度。本当に全部知った上で受け入れているのか、それともただの強がりなのか。
「『気持ち悪い』って言われて笑ってるの、本気で意味がわからないんだけど……!」
寒気に腕を擦りながら、暗い廊下を宛てもなく歩く。
この城に安全な場所なんてあるのだろうか。あいつとの今後の関わり方を、本気で考え直さなければいけないみたいだ。
絶対に関わっちゃダメなタイプの狂人に捕まってしまった絶望感を噛み締めながら、私は冷たい城の壁にもたれかかった。




