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50. 青年ディエス=アポトス

 行政都市アウレリア。

 街へ入ってからというもの、俺の視線はあちらこちらへ忙しく動いていた。

 魔術具店、武器屋、冒険者向けの防具店、古本屋。

 どれも気になる。

 だが――

「……あった」

 俺の足は自然と止まった。

 視線の先には、大きな木製の看板がある。

 そこには堂々と、


 《アウレリア鉱石商会》


 と彫られていた。

「よし」

 考えるより先に足が動く。

 カラン――

 扉を開けると、小さな鈴が心地よい音を鳴らした。

「いらっしゃいませ」

 優しそうな女性店員が笑顔で迎えてくれる。

「ご自由にご覧ください」

「ありがとうございます」

 その一言を聞くや否や、俺の世界は石だけになった。

「……」

 すごい。

 とんでもない量だ。

 棚一面に鉱石が並んでいる。

 透明度の高い水晶

 艶やかな黒曜石

 深い赤色を宿すルビー

 青空のようなサファイア

 紫色に輝くアメジスト

 さらには見たこともない魔石まで置かれていた。

「最高だ……」

 思わず頬が緩む。

 これだ。

 俺はこういう店を探していた。

 サウベリアにも鉱石店はあった。

 でも、

 ここは別格だった。

 品質も、量も、

 全部が違う。

「これは……」

 棚に置かれた一つの鉱石を手に取る。

 薄い緑色。

 表面には木目のような模様が走っている。

「綺麗だな」

 石はやっぱりいい。

 眺めているだけで落ち着く。

 時間を忘れてしまう。

 いや、実際忘れていた。

「……」

「……」

 気が付けば三十分近く店内を歩き回っていた。

 店員さんも何も言わない。

 優しい。

 いい店だ。

「今日は見るだけ」

 財布へ手を当てる。

 旅道具も買った。

 食料も買った。

 収納用の水晶も買った。

 かなり使った。

 それでも、まだ余裕はある。

 だけど、ここで全部使ったら旅が終わる。

「我慢……」

 我慢だ。

 今日は、

 今日は見るだけだ。

「……」

 たぶん。

 その時だった。

「その石、綺麗だよね」

 後ろから静かな声が聞こえた。

「え?」

 振り向く。

 そこには、一人の青年が立っていた。

 年齢は俺と同じくらい。

 二十歳前後だろうか。

 肩まで伸びた澄み切った青髪。

 まるで冬空をそのまま閉じ込めたような色だった。

 瞳も同じく深い蒼。

 整った顔立ちはどこか中性的で、白を基調とした上品な服装がよく似合っている。

 派手ではない。

 なのに、不思議と目を奪われる。

 人混みの中にいても、この人だけ空気が違う。

「……」

 なんだろう。

 初めて会うのに、

 昔から知っているような安心感があった。

「好きなの?」

 青年は俺が持っている鉱石を見ながら尋ねた。

「はい!」

 思わず大きな声になる。

「石、大好きなんです!」

 青年は目を丸くした。

 そして、

 ふっと笑った。

「そこまで嬉しそうに言われるとは思わなかった」

「いや、本当に好きなんです」

「種類も全部違いますし」

「色も」

「模様も」

「光り方も」

「同じ石なんて一つもない」

「最高ですよね!」

 熱弁してしまった。

 またやった。

 少し恥ずかしくなる。

 けれど青年は笑っていた。

「ふふ」

「君、面白いね」

「そうですか?」

「石の魅力をそんなに語れる人、初めて見た」

「えっ」

「普通じゃないんですか?」

「普通は武器とか魔石に興味を持つかな」

「石そのものが好きって人は珍しい」

「……」

 そうなのか。

 まあ、確かに、俺も前世から石好きだったしな。

「君の名前は?」

 青年が尋ねる。

「あ、バルトです」

 もちろん偽名。

「バルト=ソディア」

「よろしくお願いします」

 青年は小さく頷いた。

「僕はディエス」

「ディエス=アポトス」

 そう言って右手を差し出す。

 俺も握手を返した。

「っ!」

 冷たい。

 驚くほど冷たい手だった。

「ご、ごめん」

「昔から体温が低くて」

「あ、いえ」

「びっくりしただけです」

 ディエスは少し困ったように笑う。

「よく言われる」

 不思議な人だ。

 だけど、

 話していて嫌な感じはしない。

 むしろ落ち着く。

 どこか自然体でいられる相手だった。

「旅をしているの?」

 ディエスが聞く。

「はい」

「石を集めながら旅をしています」

「なるほど」

「だから石屋に真っ先に来たんだ」

「そうです」

「街より先に石屋です」

 そう言うと、ディエスは吹き出した。

「はははっ」

「本当に石が好きなんだね」

「もちろんです!」

 胸を張る。

 するとディエスは棚の水晶へ目を向けた。

「石には、不思議な力が宿ることがある」

「昔から、そう言われている」

「ええ」

「刻印石なんか、その代表だね」

「そうですね」

「でも」

 ディエスは水晶を優しく撫でながら、小さく呟いた。

「人が知らない力も、まだたくさん眠っている」

 その一言だけが、なぜか胸に残った。



 鉱石店の中、

 俺とディエスさんは、しばらく石について話していた。

 知らない鉱石の話。

 魔石の話。

 そして、刻印石の話。

 不思議だった。

 初対面なのに、こんなにも自然に話せる相手は久しぶりだった。

「……そういえば」

 ディエスさんが、ふと思い出したように口を開いた。

「僕、君に言っていないことがあるんだ」

「?」

 少しだけ空気が変わった。

 さっきまでの穏やかな雰囲気とは違う。

 静かだった。

 でも、嫌な感じではない。

「僕は……」

 ディエスさんは、自分の青い髪を軽く触る。

「普通の人間じゃない」

「え?」

 俺は首を傾げる。

「じゃあ……?」

 ディエスさんは少し笑った。

「僕は、氷の精霊神」

「ディエス=アポトス」

「それが僕の本当の姿だよ」

「…………」

 頭が止まった。

 数秒。

 いや、

 数十秒。

「……え?」

「精霊神?」

「はい」

「え?」

「神様?」

「そういうことになるね」

「…………」

 いや、待て。

 目の前にいる人。

 さっきまで普通に石の話をしていた青年。

 それが、

「神様……」

「なんですか?」

 思わず口に出ていた。

 ディエスさんは少し困ったように笑う。

「そんなに驚く?」

「驚きますよ!」

「だって神様ですよ!?」

「もっとこう……」

「近寄りがたい雰囲気とか……!」

「ない?」

「ないです」

 即答する。

「いや、ないんかい!?」

 突っ込まれる。

 ディエスさんは楽しそうに笑った。

「よく言われる」

「精霊神らしくないって」

「……」

 確かに、威厳がないわけではない。

 むしろ、ものすごい何かを感じる。

 だけど、

 石を見て楽しそうに話す姿は、どう見ても普通の青年だった。



「でも」

 ディエスさんは続ける。

「僕のことを知ったら、少し距離を置く人もいる」

「神だから」

「特別な存在だから」

「……」

 少し寂しそうだった。

 だから俺は言った。

「別に変わらないですよ」

「え?」

「だって」

 俺は店の棚を見る。

「さっきまで一緒に石の話してたじゃないですか」

「それは……」

「ディエスさんが神様でも」

「石が好きなのは変わらないですよね?」

「…………」

 ディエスさんは目を丸くした。

 そして、

 小さく笑った。

「君は、本当に面白いね」

 続けて、

「そういう君も」

「普通じゃないけどね」

「え?」

 ディエスさんが俺を見る。

「刻印石」

「君が作ったんだよね?」

「はい」

「誰かに教わった?」

「……」

 俺は首を振る。

「教わってません」

「自分で考えて作りました」

「最初は失敗ばかりでしたけど」

「何度も試して」

「今の形になりました」

「……」

 ディエスさんは静かに俺を見る。

「独学で……」

「刻印を?」

「はい」

 ディエスさんは何かを考えるように黙った。

 そして、

「《岩石刻印》のスキルか」

 と小さく呟いた。

 たしかにそう聞こえた。

 なぜ知っているのだろう。

 などと一瞬思ったが、その理由は聞かなかった。

 人には色々ある。

 



「あっ」

 俺は思い出した。

「そういえば」

「俺も一つ言ってなかったですね」

「?」

「俺の曽祖父」

「土の精霊神なんですよ」

 今度はディエスさんが止まった。

「え?」

「土の……精霊神?」

「はい」

「グラニト=ガリソディアです」

「…………」

 数秒。

 ディエスさんの表情が変わる。

「グラニトくん……」

「知ってるんですか?」

「知ってるも何も……」

 ディエスさんは驚いたように笑った。

「まさか」

「グラニトくんの曾孫が君だったなんて」

「え?」

「そんなにすごい人なんですか?」

「すごいなんてものじゃないよ」

「土を司る精霊神」

「大地そのものに近い存在」

「昔から、多くの人々に尊敬されている」

「……」

 初めて聞いた。

 曽祖父がそんな存在だったなんて。

「まあ」

「俺、あんまり会ったことないんですけどね」

「そうなんだ」

「はい」

 俺は苦笑する。

 石好きになった理由は、たぶん曽祖父の影響なのだろう。

 たぶん。



「そうだ」

 突然、ディエスさんが言った。

「今日」

「僕の誕生日なんだ」

「え?」

「誕生日?」

「うん」

「今日でまた一つ歳を重ねた」

「おめでとうございます!」

 反射的に言う。

「えっと……」

 俺は考える。

 誕生日……

 なら、

「何か渡さないと」

 収納を見る。

 石ならある。

 でも、

 初対面の相手に渡すなら、ちゃんと選びたい。

「どうしよう……」

 悩む俺を見て、ディエスさんは笑った。

「そんなに考えなくてもいいよ」

「いや!」

「誕生日ですよ!」

「何か……」

「……」

 その時だった。

「じゃあ」

「僕から渡す」

「え?」

 ディエスさんが、小さな袋を取り出した。

「え?」

「いや、誕生日なのディエスさんですよね?」

「そうだけど」

「普通、逆じゃないですか?」

「ふふ」

「いいんだ」

 袋の中から出てきたもの。

 それは、

 淡い青色の刻印石だった。

 氷の結晶のような模様。

 見ているだけで、冷たい空気を感じる。

「これは……」

「君に」

「え、でも……」

「受け取って」

 優しい声。

 でも、どこか強い意思を感じた。

「ただし」

 ディエスさんの表情が真剣になる。

「約束して」

「これは」

「本当に必要な時だけ使うこと」

「興味本位では使わないこと」

「……」

「理由は?」

「今は言えない」

「でも」

「いつか」

「君自身が必要だと思う時が来る」

「……分かりました」

 俺は刻印石を受け取る。

 冷たい。

 だけど、

 不思議と嫌ではなかった。

「ありがとうございます」

「大切にします」

 ディエスさんは微笑んだ。

「うん」

「君なら大丈夫」



 店を出ると、空は少し赤く染まっていた。

「変わった人だったな」

 いや、

 神様だった。

「……」

 収納の中を見る。

 青い刻印石。

 まだ名前すら知らない石。

 でも、

 なぜか――

 とても大切なものになる気がした。

今日は作者の誕生日なので、

少し作者特権的なところはありますが、ストーリーに”誕生日”というキーワード?的なものを組み込ませていただきました。

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