第一〇話 結末
国吉さんに散々に怒られても、凛子ちゃんの決意は揺るぎなかった。
そうしてついに、国吉さんも彼女の主張を認め、三つの条件を提示した。
「まず島に向かうときは、最低でも警官を二名以上同行させる。非常時に備えてと、あとはボートの操縦のためだ。それと状況は撮影用ドローンで逐一確認させてもらう。いいね?」
「わかりました。構いません」
「最後に一番大事なことだ。約束してくれ。危険を感じたらすぐに逃げて、同行の警官に助けを求めること。犯人の確保はあくまでも我々警察の目標だ。特殊な事例だから、失敗しても君の責任にはならない。署を出るときに小早川が親御さんに連絡したが、そのときに君らの安全は保証すると伝えてある。もし何かあったら申し訳が立たない。私達は君らを守る義務を負うている。そのことは忘れないで」
凛子ちゃんはゆっくりとうなずいた。
国吉さんは県警の人と話し合っている。この後のための調整だ。小早川さんは凛子ちゃんの服を用意しに行っている。高校の制服ではさすがにまずいからね。
二〇分ほどして小早川さんが戻ってきた。店はまだ開いていないから、県警交通課の女性警官にお願いして借りたそうだ。
ドローンの操作をしているのとは別のバンタイプのパトカー、そこの車内で凛子ちゃんは着替えた。
グレーの細かなドットが入った白地の半袖トップス——首まわりにはブラックのリボンが付いている。ボトムスは黒色をしたハイウエストのワイドフレアパンツ。それを同色のナローベルトで留めている。シューズはホワイトのフラットミュールだ。
やっぱりよく似合っている。繰り返すが、素材がいいのだ。
不意に思った。私からもしてあげられることがあるのでないか。自分達の乗ってきた車に戻ると、トートバッグの中を探す。キャメルンを入れてきたものだが、一緒にしまわれているはず。あった。ホリゾンブルーで大きな花飾りのついたコスメポーチだ。
ポーチを持って凛子ちゃんのところへ。
「これは私からのプレゼント。とびっきりかわいくしてあげるね」
メイクで気持ちを高める。ある意味、勝負メイクだ。
自分が使っている日焼け止めは化粧下地にもなるタイプだった。これを塗ってもらう。私はたずねた。
「休みの日とかってメイクする?」
「……日焼け止めは塗りますが」
「マジ⁈ 水族館行ったときは?」
「あのときも日焼け止めだけですね。香水はつけましたが」
ほぼノーメイクであの美少女感が出せるのか——信じられない。素材のクオリティが高すぎる。
下地の後はコンシーラーだ。車内で寝たせいで出来たかもしれない彼女の目の隈を、使い方を教えながら私がカバーしてあげた。持ち運んでいるのはパウダーファンデーションだったから、コンシーラーの後で顔全体に広げていく。
アイメイクを済ませ、最後はリップだが。ちょうど、グロスプランパーを持っていた。私が凛子ちゃんに手渡す。
「これ少し刺激が強いかもしれないけど」
「刺激ですか……?」
「うん、唇はぷるぷるつやつやになるけどね」
試してみますと話し、彼女は唇に塗り広げた。
「ヒリヒリします」
「これでも弱いほう。SNSとかだと涙を流しながらつける人もいるよ」
メイクを終えたタイミングで、国吉さんと警官とがやって来た。
「ボートの準備ができました。県警の警官二人が一緒です」
凛子ちゃんに声をかけた。
「頑張ってね。でも、無理はしないで」
彼女が警官達の案内されてボートへと乗る。一人の男性警官がうっかりしゃべった。
「まるで嫁入りみたいだ」
小早川さんと私が彼をにらみつけた。あんな卑劣な人間に凛子ちゃんを嫁がせてたまるか。許すわけがない。
ぶおんとエンジンの音が響き、ボートが発進した。時刻は四時三八分、あたりは薄暗くなってきていた。ライトがなくてもはっきりと見える。
バンタイプのパトカーの車内、私と国吉さん、小早川さんは撮影用ドローンからの映像を通して様子を見守った。警官によると、連絡用ドローンで凛子ちゃんが行くことを犯人に伝えてあるという。
犯人のいる島へは距離にして一三キロ。ボートでは約三〇分がかかる。
五時過ぎ、同行の警官から島に到着したとの連絡があった。犯人の声がノートパソコンのスピーカーから聞こえてくる。
「同行している警官はボートで待機しろ。女性だけまっすぐ歩いて島の奥に来い。どうせカメラで見ているんだろ」
犯人の高校生がいるところ——島の奥にある断崖絶壁だった。サスペンスドラマじゃないか。崖の下では白い波がぶつかって細かく砕けている。
警官達は犯人の指示に従った。島の奥へは一〇分程度でたどり着けるそうだ。
やがてカメラの映像で凛子ちゃんの姿がたしかめられた。犯人が話す。
「結構若いな。いいね。楽しみがいがありそうだ」
いやしすぎる。私の身体に震えが走る。小早川さんもあからさまに不快な表情を示した。
凛子ちゃんがたずねる。落ち着いた口調だった。
「私はどうすればいいですか」
「俺に尽くす気があることを証明してみろ。まずはそうだな——キスだ」
我慢できなくなったのか、小早川さんがノートパソコンに向かって叫んだ。このパソコンは連絡用ドローンともつながっていた。
「そんな無茶な要求を聞く必要はありません。すぐに戻ってください」
凛子ちゃんは犯人のほうに目をやった。警官の一人がパトカーにやって来て、メモを見せてきた。
狙撃用ドローンの準備中。三台。射程範囲に入るまで六秒。
犯人へと凛子ちゃんが進み出る。あと二、三歩までに近づいたところで相手が両腕を伸ばし、彼女を抱き寄せた。
思わず、私はパソコンの画面から顔をそむけた。こんな場面は見たくない。
その瞬間、銃声が何発も響いた。驚いて画面を見ると、犯人の立つあたりの地面の何箇所から土煙が立ち上がっていた。
彼は凛子ちゃんを突き飛ばした。そして、自身の唇を右手でぬぐった。
「俺を騙したな!」
凛子ちゃんは尻餅をついた。犯人のほうをにらみつける。
「わかりませんか。このキスの痛みが理解できなければ、あなたに人を愛することは永遠にできません」
犯人はよろめきながら後ずさりした。
「俺はこの世界で最強の人間なんだぞ。あらゆる物体を移動できるし、どんな奴らも殺すことができる‼」
「まだわからないんですか。あなたは、とてもさびしい人です」
「やめろ、そんな目で俺を見るな。金だって。俺は世界で一番——」
じりじりと犯人が後退する。パソコンの画面を見ていた警官が声を上げた。
「落ちた!」
映像から犯人の姿が消えた。どうも転落したらしい。ドローンのカメラが崖下の海面を映す。見えるのは白い波ばかりだ。
凛子ちゃんに同行していた警官達もやって来て確認したが、発見できなかった。
朝日に照らされてキラキラと輝く波間を、凛子ちゃん達を乗せたボートが戻ってきた。埠頭で出迎える。
ボートが接岸し、彼女達が降りてきた。警官達が口々に凛子ちゃんへと声をかける。
「気分は悪くない?」
「欲しいものありますか」
「落ち着くまで休んでいいからね」
国吉さんがつぶやいた。
「弾が犯人の脚に当たるなんてねえ。事件はこれでおしまいだろうけど、犯人の確保はならなかった。幸いか不幸か……」
警官達と話し終わった後、私は凛子ちゃんにペットボトルの水を渡した。
「これ。よかったら」
「ありがとうございます」
ペットボトルの蓋を開けながら、凛子ちゃんがしゃべった。
「弾は足元の地面を跳ねただけです。あの人には当たっていませんでした」
「でも、だったら不思議じゃない? どうして自分から落ちたの?」
彼女は答えなかった。黙って水を口に含み、歯磨きの後のようにゆすいだ。海に向かってぺっと吐き出す。
「この水の価値……彼にはわからなかったのでしょう。少し前の私にも——ありがとうございます。日香里さん」
「え? 今、名前で呼んでくれた? うれしい。もう一回お願い」
「もう言いません」
凛子ちゃんは海のほうに視線をやった。朝日がまぶしい。そして、独り言のように述べた。
「あなたの境遇には同情できるところもありました。でも、だからといって、人を傷つけていい理由にはなりません。もし生まれ変わることがあるのなら、誰かを愛し、そして愛されますように」
彼女に返事をするみたいに、潮の香りを含んだ波が埠頭のコンクリートにぶつかって音を立てた。
お久しぶりです。今回で第二部完結となります。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたら幸いです。評価、感想なども是非どうぞ!
第三部は2026年10月頃から連載開始予定です。
よろしければ、またそちらでお会いしましょうね〜‼
この次も、あなたの心に、楽しさきらめくお話でありますように〜♪☆彡.:*・゜




