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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第一章 春から大学生になる私が変身ヒロインですか?

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第三話

 一面ネイビーの海の中に私はいた。海底は見えない。湧き上がる泡のカーテンを、色とりどりなスパンコールのように輝く魚の群れがくぐり抜けていく。

 息苦しくはない。なぜだか私はプリンセスタのドレスを着ていた。どうしてだろう、公園よりも場違いな感覚はなかった。

「見つけたぜえ」

 魚の群れの間にワニ人間がいた。ここは川や沼じゃなくて海なのに。

「無理にでも渡してもらうしかねえなあ」

 これは私にしゃべっているのか。気づくと、自分の右手に白いビニール袋を握っていた。中にはパンフレットが入っている。

 のぞき込んでみたら、その表紙には茶色い汚れがついていた。ここは水中のはずなのに。

 改めてよく見ると、なんだか『プラチナドリーミングス』に登場したライブステージの光景に似ているな。そのときの曲名はたしか――。

「アンチキャルか?」

 ぬいぐるみの声が私の思考をさえぎった。水の中なのにどうして声が聞こえるんだ。しかも、ふわふわモコモコであたたかいし。水の中では絶対にない気がする。

 私の視界のほとんどをぬいぐるみの顔が占めていた。鼻先に触れそうなぐらい間近だ。あたりには、底の白い砂まで見通せる透明な青い南国の海を思い起こす、すがすがしい香りが漂っていた。

 ぬいぐるみが寝ている私をのぞき込んでいたのだった。

「起きたキャル? もうお昼キャル」

 私はベッドから起き上がった。部屋のテーブルには、汚れたパンフレットが置いてある。昨夜の出来事は夢じゃなかった。

「……悪夢ね」

「あくむって何キャル?」

 洗面台まで行って、顔を洗い歯を磨く。ぬいぐるみも一緒についてきた。

 鏡には、ずっと自分の背後にぬいぐるみが映っている。相変わらず宙に浮いている。とてもこの世のものとは思えない。

 昨夜、プリンセスタとして初の戦いが終わった後、ぬいぐるみも私の家までやって来た。話を色々と聞いたはずだが、キャルキャル言っていたことしか覚えていない。

 キッチンへと歩いていく。冷蔵庫を開けてカップ入りのヨーグルトを取り出した。

 リビングのほうからテレビの音に混ざって母親の呼びかける声がした。

日香里(ひかり)、起きたの」

 母は薬剤師で、今はドラッグストアでパートとして働いている。適当に私は返事をした。

 ぬいぐるみがヨーグルトをじっと見つめる。

「丸いおかしな形キャル。これは食べられるキャル?」

 リビングとキッチンは隣り合っていて、母親はこちらに向かってきていた。

「何? 何か言った?」

 私は慌てた。空中に浮いて移動し会話もできるラクダのぬいぐるみに似た外見の生き物――どう説明したら、現実に納得してもらえるんだ。おまけに、この生き物の探していたおとぎ話みたいな存在のプリンセスタ、それがほかならぬ私らしいわけで。弁護士や政治家、医者や学校の先生でもいいが、彼らにでも困難な気がする。

 ぬいぐるみに話した。

「ごめん。ちょっと隠れてて」

「なんでキャル?」

 言い聞かせている時間はなさそうだった。ヨーグルトの蓋をぺりっと外し、スプーンをぬいぐるみに押しつけるように持たせた。

「これあげるから。あそこで静かに食べてて」

 私はテーブル前のイスの下に目をやった。そこへぬいぐるみを行かせると、視界をさえぎるようにイスの前に立った。

 母親がキッチンにやって来た。

「一三時からのシフトだからもう行くわね。お昼は冷蔵庫にあるもので作って食べてよ」

 私は相づちを打つ。そのとき、自分の足元からがさごそと音がした。

「すっぱいキャル!」

 突然聞こえた声に、母親が驚いた表情をする。

「今、変な声しなかった?」

 私も驚き焦っていた。どうしよう。

「すっ、スッパイシーなキャレーが食べたいな……なんて」

 かなり強引なごまかしだった。自分でもわかる。母親が不思議そうな眼差しでこちらを見た。

「どうかしたの? 何か変よ。カレーならレトルトのがあったと思うわ」

「ううん、なんでもない。カレーが食べたかっただけ」

 無理に私は笑った。まだ母親は疑っていたと思うが、そんな重要なことでもなかったので、深く追求せずにリビングに戻っていった。

 ひとまず安心した。イスの脚の下に向かって呼びかけた。

「ありがと。もう出ていいよ」

 ヨーグルトのカップとスプーンをそれぞれの手に持って、テーブルからぬいぐるみが飛んで出てきた。

「これすっぱいキャル! 本当に食べられるキャルか」

「まあプレーンだからね。好みは分かれるかも」

 シンク近くの収納棚からハチミツのボトルをつかんだ。

「かけてみて。甘くなると思うから」

 ぬいぐるみの満足いく甘さになるまで、ハチミツのチューブをヨーグルトに絞り入れてあげた。白い表面のほとんどがハチミツの黄金色に染まったあたりで、彼好みの味になった。

 おいしそうにぬいぐるみがヨーグルトを頬張っている。ちょうどいい機会だと考えて、私はたずねた。

「そういえばさ、名前って聞いてたっけ? ごめん、昨日は色々ありすぎて覚えてない」

「キャル? キャメルンはジェームズ・キャメルンキャル。ステラヤードではキャメルンって呼ばれてたキャル」

 キャルの洪水に流されそうになるが、結構きわどい名前だな。

「日香里は? 本当はなんていうキャル?」

「私は――見屋(まみや)日香里」

 自分の名前も大概な気はするが。

 キャメルンの口元はヨーグルトで真っ白だった。うれしそうな表情をしている。ふと、思ってしまった。餌付け成功と。

 実際のところ、とても大事なことだった。

 屋内だろうと屋外だろうと、こんな未知の存在を見られたら大騒ぎになって当然だ。追い払われたり、驚きのあまり気絶されたり、SNSで拡散されて見物人が押し寄せたり、研究のために変な施設へと連れて行かれたりとか。家に親がいるときは、私の部屋でおとなしく過ごしていてもらわなければならない。外出は厳しいから、親がいなくてもやっぱり家で留守番だ。

 ちゃんとそうしてもらうのに、おやつはとても役に立つ。プリン、ドーナツ、エクレア、カップケーキ、チョコパン――お願いするときは、いつも家にあったお菓子をあげた。甘いものが好みならばと思って、芋けんぴや甘納豆、ざらめせんべいを渡したこともあったが、それなりに気に入ってくれたようだ。

 ちなみに、キャメルンは星の光を浴びれば体内で栄養を作れるそうで、食事は単なる趣味らしい。

 春休みだった二週間はあっという間に過ぎた。四月に入り、大学の入学式の日がやって来た。

 式は午後からだった。午前中に早めの昼食をとり、スーツを着て準備、バスと電車で大学に向かう予定だ。

 母親は一三時から仕事で家を出ていった。私もそろそろ出発しなければ。

 自分の部屋でキャメルンに言い聞かせる。

「夕方まで母親は帰ってこないから家の中ならどこにいてもいいよ。でも、知らないものに勝手に触ったり、床や壁を汚したりはしないこと」

 キャメルンは自信たっぷりに両手の親指を立てた。

「いいね、キャル‼ 大丈夫キャル‼」

 本当かよ。キッチンから持ってきた小皿を見せた。

「じゃあ今日のおやつは……」

 声は弱々しくなっていった。小皿にのせられていたのは、白く四角い塊が五個。

「四角いキャル。これはなんていうお菓子キャル?」

「え、えっと、ランプ()オブ()シュガー()

「おしゃれな名前キャル」

 少し前、私はキッチンでキャメルンにあげるお菓子を探した。だが、今日に限って何もなかった。普段なら母親が買ってきたものがあるはずなのに。それで考えた結果、シュガーポットに入っていた角砂糖を小皿に盛ってスイーツっぽくごまかしたのだ――カロリー計算の実演みたいに見えるのは否定できなかった。

 実は冷蔵庫には、お小遣いで買ったコンビニ限定のアイスもあったのだけれども。これは自分用であげるためではない。

 とにかく角砂糖は苦しまぎれの案だったが、キャメルンは満足そうに一個を頬張った。こちらが騙しているようで、なんだかちょっと悪い気がした。

 大学の入学式は順調に進み、その後のオリエンテーションも無事に終わった。

 夕方、五時過ぎに家に帰ってきた。玄関のドアには鍵がかかっていて、母親はまだのようだ。

 さっそくスーツを着替えようと、自分の部屋へ向かった。ドアを開けて、私は変わり果てた室内の様子に愕然とした。

 本棚にしまっていた雑誌やマンガ、集めたアクリルスタンドやぬいぐるみ、クローゼットの中の服までも、あらゆるものが床に散らばっていた。最初は何だかわからず、やがて一瞬だけ空き巣のことが頭の中をよぎり、そしてキャメルンだと思い至った。

「キャメルン! どこにいるの‼」

 ばさりと落ちていた黒のジャンパースカートが動いて、下からキャメルンが出てきた。

「キャル……おはようキャル」

 つい私の声量も大きくなる。

「何これ、どういうこと⁉」 

 キャメルンはあくびをして、眠そうに目をこすった。

「やることがなくて退屈だったキャル。だから宝探しをしてたキャル」

「知らないものには触らないで、って言ったよね?」

「知らなくないキャル。日香里のを見てキャメルンも知ってたキャル」

 怒りたくなるのを、ぐっと私は抑えた。式に出かけてから帰ってくるまでは約五時間、何もなかったら自分でも過ごし方に困ってしまう。角砂糖で我慢してもらったわけだし。

 アイスでも食べてクールダウンしよう。キッチンに行って冷凍庫を開く。アイスは庫内スライドケースの左端に入れてあったはず。ところが、なくなっていた。袋の口を輪ゴムで留められた冷凍チャーハンの左横には、隙間が出来ている。

 急ぎ足で部屋に戻った。物の散らばった床の上、まさしくぬいぐるみのように座り込んでいたキャメルンを問い詰めた。

「アイスはどこ‼」

 キャメルンは開いて伏せられたカードバインダーのところまでのそのそと行った。表紙を見ればすぐにわかる。本体でなく中身のほう――これは私にとって、思い出の品であり大好きを体現する貴重なものでもあった。

 なるほど、また嫌な予感が。そして、そんな予感はよく当たるのだ。

 カードバインダーをキャメルンが両手で開いたまま持ち上げた。溶けたアイスが水たまりみたいに床に広がっている。

「キャル……溶けちゃったキャル」

 奪うようにしてバインダーを手に取った。

 このバインダーを使っていたのは、自分が小学生のとき。当時大人気だった『プラチナドリーミングス』は、アニメだけでなくアーケードゲーム展開もされていた。ゲームをプレイするたびにアパレルカードが一枚もらえ、それらを自分のキャラクターに着せて楽しむことができた。小学生の私は、せっせと集めたアパレルカードをこのバインダーに収納していたのだった。

 開かれたページの右上半分には、溶けたアイスが付着していた。手近にあったティッシュを何枚か取り、注意深く拭き取る。

 このカードバインダーは一ページにつき、一列三枚を三行ずつ、合計九枚をしまうことができる。『プラチナドリーミングス』のアパレルカードは主に三種、トップス、ボトムス、シューズに分かれている。三種がそれぞれ組み合わさって一つのコーディネートとなるのだ。ちょうど一列にコーデが揃うように並べていた。

 幸運にも溶けたアイスの届かなかったトップスとボトムスのカードでは、背景の豪華なホログラムがキラキラと輝いている。右下にはアイテムナンバーと「E」とレアリティが記してある。エレガントドレスの(あかし)だ。同じ列のアイスで汚れたシューズのカードも、私はよく知っていた。

 言葉が出てこなかった。

 この列はパラレルベルトラウムコーデ――お小遣いを手に入れるたび近所のショッピングモールに通い、何度もゲームを遊んで、人生ではじめて揃えたエレガントドレスのコーデだった。

 アイスはケースの口から入り込み、カードの端にシミを残していた。

 私はキャメルンをにらんだ。限界だった。そうして大声で怒鳴った。

「バカっ‼ なんで言うことを聞かないの」

「キャル。宝探しで見つけたお菓子を食べようとしたら寝ちゃったキャル――」

「キャルじゃない‼ 人の大事なものをめちゃくちゃにして。言うこと聞けないなら出てってよ‼」

 彼はムッとした表情を見せた。

「キャメルンはいっつもお留守番キャル。日香里は外で遊んでずるいキャル! 意地悪する日香里なんて嫌いキャル‼」

 部屋の窓を開けて、キャメルンは飛び出していった。

 もう彼の姿は見えない。開け放された窓を私はぴしゃりと閉めた。

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