第四話 二人目はどこに?
先程キライーヤが姿を現していたほうをじっと見つめる。
何か痕跡はないのか。幸運にも今は雨が降っている。身体に雨粒が付着していたり、水たまりを歩くときに波紋が起きたりするかもしれない。
パンチ、と思われる攻撃を右の脇腹に受ける。今回は踏ん張り、倒れないで済んだ。
全然わからない。降る雨の中、水がびちゃびちゃ跳ねているのは普通だ。見分けられなかった。それとも、相手も星の力を利用しているか。
もしかすると、キライーヤが姿を隠しているときは存在自体がこの空間から消失しているのでは。だとすれば、雨は地面にまっすぐ落ちるし、水たまりもそのままだ。異空間に逃げ込まれるようなもので、こちらは何もできない。
再び彼が現れる。軒下でバックと傘とを両手で重そうに持ったキャメルンの、正面近くだ。
跳躍してキライーヤに接近。瞬間、相手が見えなくなった。けれども、目の前にいたことは知っている。試しにパンチをしてみる。
こぶしに感触がある。効いている。つまり、私の目に映らなくても相手の存在はしっかりとそこにあるのだ。透明化に近いか。
キライーヤによる攻撃がヒットして、自分は前屈みに倒れ込んだ。威力からしてキックだろう。
相手が立ち現れた。自分の後方、左斜めに二〇歩ほど離れたところだ。理由は不明だが、どうやらキライーヤはずっと消え続けることはできないようだった。
立ち上がって高くジャンプ。視界には、研究棟の建物がクッキーやせんべいの箱のようなサイズでちらりと入ってくる。ティースプーンの頭ぐらいに小さく見えていた相手が消えた。狙いは変えない。跳び蹴りだ。
不意に地面に激突した。外した。プリンセスタの身体でも痛い。キライーヤが既に動いた後だったか、自分の記憶が間違っていたか。
急に右脚をつかまれる。足先に視線を向けたが、当たり前ながらよく確認できなかった。ぶんまわされ、アスファルトに叩きつけられる。目の前、黒く湿った舗装にひび割れが少しずつ広がっていく。
身体を大きく反らせつつ、とっさに自由な左脚をばたつかせた。足が相手の手の甲に何度か当たったようで、やっと解き放たれる。
キライーヤが出現。自分のほぼ真後ろ、五歩程度の場所だ。振り向きざまにローキックを浴びせる。卑怯かもしれないが、ちゃんと効いていた。
相手が私の目に映らなくなる。空高くにジャンプ。だが、すぐに手出しはしない。今やっても先程のように失敗する。いったん研究棟の屋上に着地した。ここならキライーヤの攻撃も当たらないだろう。彼がその巨体でプリンセスタ並みに跳躍したり、建物を傾け倒したりしない限りは。
ワニ人間が軒下から出てこちらを見上げる。雨は気にならないらしい。
「ずるいじゃねえか。高いところに逃げるなんてよお」
彼の言葉は正しいかもしれなかった。ただし、自分もずっとこのままでいるつもりはない。相手を倒せないし。
キライーヤの姿が出てくる。屋上からジャンプして飛び降りる。再度、相手を目がけて跳び蹴りだ。
敵の姿が消える。箇所は不明だが、キライーヤに直撃したことは感覚でわかった。
跳び蹴りは威力こそ高いが、ジャンプして空中で構え、攻撃するまでに少し時間がある。キライーヤは姿を隠してすぐに動きだすようで、そこから自分が仕掛けていては間に合わない。
だから、相手が隠れる前に仕掛けてみた。予想した通りだ。屋上からなので通常よりも勢いは落ちたけれど。
現れたキライーヤは背中から倒れ込んでいた。
「……ケンキュウガ……ケッカガナイ……ハッピョウ……デキナイ……シタクナイ……」
心の声だ。横ピースをする。
「チカキラりんっ」
両腕をまっすぐ動かし、指先をダイヤの形に組む。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
ベビーピンクの光がキライーヤを覆っていく。
その後には、眼鏡をかけたお団子ヘアの女性が残された。サイドの毛もきっちりと巻いたタイトなものだ。白とライムグリーンのマルチボーダーが入ったネイビーのポロシャツに黒いブレザーを羽織り、ボトムスは白のベーカーパンツ、そこに黒のローファーを履いていた。プレッピースタイルかな。ファッションのためか、私よりも少し年上の印象を受けた。
「そう簡単に望んだ研究結果が出るわけないわね。発表では経過を正直に述べよう」
彼女は研究棟の中に入っていった。教授ではないと思うが、大学院生だろうか。だとしたら、やっぱり自分よりも年上になる。
ワニ人間がぶつぶつとつぶやき、去っていく。
「プリンセスタのほうがずる賢いぜえ……」
現場が戦闘の前に戻る。今回はアスファルトのひび割れぐらいだが。私の服装も元通りだ。
トートバッグと傘とを両手に持ったキャメルンが、ふらふらとやって来る。
「重いキャル! 腕が取れそうキャル‼ 限界キャル‼」
彼から二つを受け取ろうとしたそのとき、バッグがぼとんと水たまりに落ちた。
「は?」
思わず声が出た。急いで拾い上げたので中身は無事だったが、バッグには水染みが出来ていた。
なんで今、このタイミングで。コントか。どうせなら戦いの最中に落としてくれれば、星の力で一緒に戻ったかもしれなかったのに。
キャメルンは誇らしげだった。
「日香里がとてつもなく大切にしている傘は守ったキャル。えっへんキャル」
腹立たしいが、ぐっとこらえる。
「ありがとね」
自分の中では最大限に冷ややかに言ったつもりだが、おそらくキャメルンには伝わっていなかった。いいのだ。プリンセスタには妖精の扱い方も大事。傘が無傷なのだから大目に見よう。
翌週は、希望の通りキャメルンに留守番を認めた。第二のプリンセスタが変身できるようになるタイミング、これがいつになるのかがわからない。もし一年、二年の後だとしたら、今日明日大学へ連れてきたってむだなのだ。キャメルンの体重でトートバッグの持ち手が自分の肩に食い込んで痛いこともないし、モバイルバッテリーの充電も毎日は不要となる。荷物持ちとしてもあんまり役に立たないからね。
いったい、自分以外のプリンセスタとはいつどこで出会えるのだろう。ぼんやり考えていると、ひさぎに声をかけられた。火曜の昼休みのことだ。
「日香里? 聞いてる?」
慌てて私は返事をした。
「ごめん。なんだっけ」
「明日のレポートだって。どうしたの? 考え事?」
考え事にはちがいなかった。だが、ひさぎにはしゃべれない。キャメルンによれば、プリンセスタのことを無関係の人に話してはいけないという。疑っていないのでもないが、プリンセスタ本人も聞かされたほうも、それまでのいっさいの記憶を失ってしまうそうなのだ。家族関係も思い出せなくなるのだとか。
仮に、ひさぎが二人目のプリンセスタだとしたら――想像してみた。プリンセスタ同士なら、キャメルンやワニ人間に話すのと同様に記憶はなくならない。互いにばっちり関係しているからだ。今この話題も他のことでも、気軽に相談することできる。キャメルンへの不満をしゃべったっていい。キライーヤの出現で授業やバイトを抜ける場合もやりやすくなる。戦いでもチームワークは抜群だろう。彼女だったらキャメルンも気に入るはずだ。私よりも扱いが上手かもしれない。いいことだらけじゃないか。
「日香里さーん。おーい。聞いてますか?」
ひさぎに再びたずねられる。先程と同じやり取りを繰り返すことになったのだった。




