第141話 短時間ロールバック
ツタが張り曇った窓ガラスから僅かな陽光が差し込む廃れた宿泊館の9階の廊下を三人は歩く。宿泊館の5~10階までの構造は左渦巻きのカタツムリの殻のように中心に一つと端に一つの二箇所にあるが、一気に降りれないように二つの階段を行き来して登るようにするために意図的に壊されているようだった。階段を上り、一部屋ずつ一階から順に探してはいるものの、部屋の中に人の気配はない。
「やはり、上にいるでござるな。」
「一部屋ずつ探すのも飽きてきたしね。なんなら、東雲ちゃんがドデカく忍術使って存在感をアピールしてみたら?何か反応返ってくるかもだし。」
「某の忍術、そんなに派手でござるか?」
「何を落ち込むことがあるか。可憐で華があり見事な術で、拙者は好きでござるよ?」
「っ……!さ、佐々木殿はもう少し忍者心というものを……!」
そう話しながら三人が階段の方へと近づいていくと、ぜぇぜぇと息切れしながら階段を上る菅野音々の姿を目撃する。音々は、三人がいることに気付くと、スマホを取り出しクラッシック音楽をかけると深く深呼吸し、顔を整えて
「お見苦しいところをお目にかけました。ごきげんよう、狩高生徒の皆さん。(んで、テメエらがこんなとこに居やがるんだマジでぶち殺すしてやろうか?あぁん!?)」
と白い修道服のような制服のスカートの裾をつまみ、階段の踊り場で笑顔で挨拶をする。しかし、その作った笑顔では隠し切れないほどの悍ましい敵意を三人は感じ取る。
「聖歌隊の副隊長のあなたがいるってことは、ここに一般人がいるってことで間違いなさそうね。こっちは三人、そっちは一人で息切れ状態。何かあったみたいだけど、戦力はこっちが上よ。」
「ごめんなさい(邪魔すんなボケ)。わたくしは、貴方方のお相手をする暇はありませんの。ですのでその道を譲ってくださりませんか?(オレはテメエらの相手したくねえんだよとっと失せろ。)」
「つまり、この階段の先にいるってことよね……あんたたちにあと任せるわよ。」
そう言って戻は踊り場にいる音々へと飛びついた。
「んなテメエ何を……ッ!?」
そう言おうとした次の瞬間に戻はフィンガースナップで指を鳴らし、逆転する運命を使用して先ほどまで調べていたホテルの一室へと、音々と共に瞬間移動した。そこはベットルームとダイニングの二部屋
あるゆったりした時間を過ごせそうなスイートルームのダイニングだ。
「この先には、行かせないわよ。」
指を鳴らして唯一の出入り口へと移動し戻は鍵をかける。音々は一度戸惑いながらも、クラッシックから荒々しいデスメタル調の音楽をかけ直す。そうすると一瞬だけ七色の楽譜のようなものが音々の周囲を取り囲み、音々は構える。
「どういうつもりかは存じ上げませんが、貴方一人でわたくしを相手にするのは勝算が限りなく少ない。それも、こんな狭い空間では貴方のZONEも活かしきれないでしょう?(ここはテメエには不利な場所、こっちの方が有利だマヌケッ!)」
「確かにそうね。この狭い空間だと瞬間移動のメリットを最大限活かすことはできない。でも、それもやりようってことを見せてあげる。」
そして一回、左手で指を鳴らす、音々の背後へと瞬間移動し、回し蹴りを放つ。しかし、その蹴りを音々は軽々と受け止め、その華奢な体つきからは想像できない腕力で戻の足を掴み取ると、そこから戻の両足を脇の下に挟み込んでから抱え上げ、回転しながら振り回すジャイアントスイングで戻の平衡感覚を失わせつつ、最大限まで達した遠心力を利用して戻を隣のベッドルームへと放り投げた。
「愛とは時に、力となりますの。(テメエのような三下がオレに勝てるわけねえんだよ。そこのベッドでおねんねしてろや!)……!」
そう言って玄関の方へと歩いて行こうとするが、既にスナップ音と共に逆転する運命で瞬間移動し終わった戻が再度立ち塞がる。
「フラフラするけど、支障はないわ。」
「愛とは一つのモノに執着すること。ですが、貴方からの愛は受け付けていませんの。(しつこいんだよ失せろ!!)」
今度は音々の方から殴り掛かった。しかし、戻はフィンガースナップで指を鳴らして逆転する運命を発動し、再び音々の背後へと回る。
「同じ手は食いませんわ!(通用しねえよ馬鹿があ!)」
音々は急ブレーキをかけて振り向いてアッパーカットを入れようとするが、またスナップ音が部屋に響いたかと思うと次の瞬間には真後ろに逆転する運命で瞬間移動していた戻に背中を蹴られる。不意の二連瞬間移動に音々は床に倒れる。
「きゃっ!……おどりゃあ!何しやがるんだボケぇ!!!」
一度は可愛らしい声を出して倒れたもの、不意を突かれた悔しさからか戻の方へと振り向き、本音が駄々洩れの声を上げる。
「え!?」
その豹変ぶりに戻は驚く。そして、零れ出た自分の本音を隠すように笑顔を作り直し、音々は立ち上がる。
「あ、えー、おほん。まさか、二回連続で瞬間移動できるとは思ってもいませんでしたわ。素晴らしいZONEをお持ちなのですね。ですが、二度目はありませんわ。」
「なら、試してみる?」
そう言って戻は一度、指を鳴らし、音々の後ろに回る。音々は振り向きながら前方にパンチ、後方にキックを放った。前方に放ったパンチは二度目の瞬間移動によって避けられるが、その瞬間移動先である音々の背後に回った戻の腹へと向かう。しかし、音々は手ごたえを感じなかった。感じたのは三回目のスナップ音だった。音々の右へと瞬間移動した戻は右ストレートを放つ。
「隙あり!」
反応が遅れながらもガードを試みる音々だったが、戻の右ストレートが完璧に音々の右脇腹を捉え、立て続けに放たれた左フックをもろに食らった音々はよろめきながらも体勢を立て直し、右足からケンカキックの前蹴りを繰り出して戻を引き離しつつ体を捻り、そのまま後ろ回し蹴りへとつなげる。
「危なっ!」
繰り出される攻撃を部屋の中をぐるぐると回るように避けながら、戻は着々と準備を進める。
「さあ、さあどうしました?瞬間移動は使わないのですか?(ちょこまかちょこまかと動きやがって、本音を聞かれたからには絶対にテメエを地獄に送ってやる!!!)」
「こっちにだって考えがあるのよ!」
そう言って戻は指を鳴らし、部屋にスナップ音が響く。音々は体を一回転しどこから攻撃が来てもいいように身構え、戻の姿を探すが姿が見当たらない。
「(あのメスどこに行きやがった!?)」
そして一回転が終わりかけた視界の端に、音々は戻の姿を確認する。最初から、戻は逆転する運命を発動せず、ただ指を鳴らしただけ。複数回にわたって刷り込まれた発動条件であるフィンガースナップと背後へと回る瞬間移動のパターンによる深読みが音々の判断を誤らせ、隙を晒した。そこに繰り出されるのは、戻の渾身の足蹴り。
「はぁっ!!」
渾身の踏み込みから放たれた一撃が、完全に無防備となった音々の側頭部へと叩き込まれる。衝撃と同時に音々の視界が揺れ、体が横へと大きく崩れるが、倒れきる寸前で足を踏ん張り、歯を食いしばりながら体勢を立て直す。
「……やってくれましたわね。(上等だクソが……!だが、見えた。テメエへの勝ち筋。)」
ゆっくりと顔を上げた音々の瞳には、先程までの苛立ちとは別種の色、理解が宿っていた。音々は音楽のボリュームを上げた後、一歩踏み込み、今度は自ら距離を詰める。戻がスナップを鳴らすよりもわずかに早く、低い姿勢から踏み込み、タックルを入れる。
「(テメエのリズムを崩せばいい。)」
戻の能力は万能ではない、発動には意識と準備が必要であり、連続使用には微かな間が生まれる。そのズレを音々は音とリズムから掴み取っていた。さらに大音量で空間を支配するデスメタルのリズムは、戻の脳に刻まれ、無意識化でそのリズムをフィンガースナップで刻んでしまっていた。
曲も終盤のクライマックスへと差し掛かり、一気にそのバフが加速し、そのリズムと迫力に合わせ、音々の動きが変わる。荒れ狂うドラムの音色と共に撃ち込まれる連続攻撃に次第に戻は対処が難しくなり、今までの有利をリズムを崩され
「ぐっ……!」
そして、初めて、戻の動きが止まる。音々は間髪入れずに腕を掴み、体を捻りながら床へと叩きつけ、そのまま押さえ込む。
「愛とは時に自らを盲目にしてしまう、だから自分を強く保つのです。(テメエの敗因はオレのリズムに吞まれたことだ。)」
聖歌隊ってなーに?説明しよう!聖歌隊とは水晶正義と菅野音々が率いる神楽坂バッファー要員である!
音々のZONE:武闘の聖歌は周囲に流れる音楽の曲調やジャンルに合わせてバフ・デバフ効果を与える効果があるのだが、歌に思いを乗せることで効果対象を限定することができる。これによって神楽坂を讃える歌を複数人で歌うことで凄まじい量のバフを神楽坂に与えることができる。じゃあ、聖歌隊なんて必要ないんじゃね?と思うだろう。だが、聖歌隊も元を辿ると……




