第12話 王様と斬撃
翌日――
僕たち三人は、街の南にある山の麓に来ていた。
ここも昔、よく遊んだことのある場所だ。小さい頃、パメラやアルとよく来て魚や昆虫を捕まえていた。
アルは自分のことを虫取り名人だと自負している。今日も大きな虫取り網を持って来て、ブンブンと振り回していた。
「へへへ、実は昨日の夜、罠を仕掛けておいたんだ」
アルがニヤニヤしながら言っている。だとすると罠って――
山に入ると、カブトムシやクワガタなどの昆虫が集まっている場所があった。木々から垂れている樹液に群がってるようだけど……。
「ここら辺の木から樹液を集めてたんだ。カブトなんかを捕まえるには、これが一番だからな!」
やっぱり昆虫か……僕はガラスの板を出現させ、昆虫を透かして見る。
「だめだ、アル。この昆虫たちには“能力”が無いよ。これだとコロが食べても能力は得られない」
コロも、あんまり食べたくなさそうな顔をしていた。
「何が『俺に任せろ』よ。全然役に立たないじゃない!」
「何だと! 大体、何でお前まで来たんだ。俺とルウトとコロだけで充分だったんだよ!!」
「あんた達だけじゃ、心配だから付いて来たのよ! 予想的中してるけどね」
「何だと!」
「何よ!」
二人は顔を近づけ、歯をギリギリと鳴らしていた。
「ハッ、大体俺が狙ってんのは、こんな小っちゃい虫じゃない! もっと大物を狙ってんだよ」
「何よ、大物って?」
「来れば分かるさ、行くぞ、ルウト!」
僕たちはアルの後に付いて行き、更に山奥へと入っていく。魔獣などは出ないだろうけど、あまり奥に行くと危ない動物が出てくる可能性もある。
背の高い雑草をかき分けて進むと、一際大きな広葉樹があった。
「ここは……?」
何度も来たことのある僕でも、この大きな木は知らない。
「しっ! 静かに」
アルに言われて息を殺し、広葉樹の日陰になった幹の部分をよく見ると、何か大きな物が動いている。
目を凝らして見てみると、アルが何を探していたのか分かった。
「あれは……」
「へへへ、ルウトなら分かるだろ。アイツを捕まえるのは男の憧れだ」
それはアルがずっと捕まえたいと言っていた昆虫。
体長はコロより大きく、立派な角を持ち、体は甲冑のような甲殻に覆われている。金色の輝きを放つ風貌は、まさに王者と呼ぶに相応しいカブトムシ。
「ブレイド・ヘラクレス! あいつを誘きよせるために、手前の木々から樹液を回収して、この大木に塗っておいたんだ。絶対捕まえるぞ、ルウト」
「うん、分かったよ!」
僕は少し興奮気味にガラスの板をブレイド・ヘラクレスに向け、透かして確認する。そこには能力が示されていた。
【刃D】【硬E】の二つの能力を持ってる!? 凄い、僕はどうしてもこの“昆虫の王様”を捕まえたくなった。
僕はコロに【速F】【力E】【硬F】の能力を割り振る。コロは唸りながら体を変化させ、臨戦態勢に入った。
「ルウト、俺は右から回り込むから、コロと一緒に左から回り込め」
「分かった!」
ヘラクレスを刺激しないように、ゆっくり歩いて近づいていく。
最初にコロが飛び出した。強靭な後ろ足で跳躍し、ヘラクレスの足に噛り付いて木から引きずり下ろす。
間髪入れずにアルが大きな網を振り上げ、地面に落ちたヘラクレスに被せた。
「やった! 捕まえたぞ!!」
「良かった。これでコロも強くなれ――」
喜びも束の間、ヘラクレスの鋭い角が、虫取り網を突き破る。網から這い出して来た金色の王者に向かって、コロも食い下がろうとするが、ヘラクレスが振った角に弾き飛ばされた。
「プーーッ!」
「コロ!!」
「くっそ、何だよ! 金属繊維で出来た網だぞ、破りやがった」
網から出たヘラクレスは羽を広げ飛び立つ、真っ直ぐ角を突き出し、コロに向かって直進してくる。あんな剣みたいな角じゃ、コロが串刺しにされちゃう。
僕はコロを守ろうと飛び出した。その時――
「――氷の精霊よ、我が前にその力を示せ!」
飛んでいるヘラクレスの羽がパリパリと凍り始め、うまく動かせなくなって地面に落ちてきた。
立ち上がろうとするヘラクレスだったが、足も凍りついている。
一瞬、何が起きたのか分からなかったが、後ろを振り返ると杖を掲げたパメラが立っていた。
「だから、あんた達には任せておけないのよ! 危なっかしくて見てられないわ」
「スゲー! 本当に魔法なんか使えたのか!!」
「当たり前よ、何のために特別学級に通ってると思ってんの!」
すごい、パメラの魔法のおかげでヘラクレスは動きが鈍っている。今なら倒せるかもしれない。
「行けーー! コロ!!」
足に力を込め、爆発するように飛び出す。空中で体を丸め、高速回転の弾丸と化したコロが、ヘラクレスに向かって突っ込む。
金色の体に直撃すると、相手を後ろに吹っ飛ばす。
だけど、ヘラクレスの体も硬いため、ぶつかったコロも後方に弾き飛ばされた。何とか着地し、少しフラつきながらも相手に向かっていく。
ヘラクレスも自分の足に付いた氷をバリバリと割って、コロを迎え撃つ。角を何度も振り下ろし攻撃してきた。
近くにあった石に当たると、真っ二つになる。
あんなのが当たったら、コロの硬くなった外皮でも斬られてしまう。コロはギリギリで躱しているが、このままじゃ……。
「――純然たる自然の息吹よ、母なる大地より目覚めよ!」
ヘラクレスの足元から、草などの植物が芽吹き始める。伸び始めた植物はヘラクレスの足に絡みつき、その動きを大幅に制限した。
「今よ、ルウト!」
「ありがとう、パメラ! コロ、足を狙って!!」
「プーーッ!」
コロはヘラクレスの足先に噛みついた。相手も角を振って追い払おうとするが、コロは丸くなり噛みついたまま、後ろ足で地面を蹴って回転し始める。
「バキッ」っといった音と共に、コロが足先を喰いちぎった。
コロは勢い余って、コロコロと転がっていく。その間にヘラクレスは足元の植物を引き千切り、羽を広げて山の上へと飛び去って行った。
「や……やったのかな」
コロは口に含んでいたヘラクレスの足を、ムシャムシャと食べ始めている。動物なら体の一部だけでも食べれば能力を取り込めるけど……。
「あの昆虫って“動物”なのかな?」
僕が疑問を口にすると、パメラが答えてくれた。
「ブレイド・ヘラクレスは“魔獣”の一種なんじゃないかって、学者の間で議論になったことがあるみたいだけど、死んでも魔石にならないから魔獣ではないって結論が出てるわ」
「へー、そうなのか、あれだけ強いと魔獣って言われても信じるけどな」
アルが感心したように言ったが、パメラが博識なのは昔からだ。分からないことは、いつもパメラに聞いていた記憶がある。
僕はガラスの板を出し、コロを透かして見ると――
画像の下にはブレイド・ヘラクレスの能力、【刃D】と【硬E】がハッキリと表示されていた。




