155「ダークエルフはシロクマがお好き」
「んじゃ改めましてだな。俺の名はクマキチ。そんでもってこのメイドの子がクローディア。とある縁が元でいっしょに王都を目指して旅をしているところだ」
酒場の喧嘩で知り合いになった俺たちは村のすぐそばにある森でちょっとした顔合わせ的な宴会を開くこととなった。
踊り子のダークエルフはローザ、吟遊詩人の優男がレジス、オラオラ系のワイルドなイケメンはジョシュアと再び名乗り直した。
なお、クローディアは俺がレジスに対してまったくもってやきもちを焼かないと知ると、思わせぶりな態度を一切やめていつも通りの素っ気なさに戻った。
「あの、クローディアさん。僕のカップ取ってくれませんか」
「ご自分でどうぞ」
「しっかしアレだな。綺麗な姉ちゃんがふたりもいるんだぜ。極上のホテルといわないまでも、ちったぁマシな宿でも借りれりゃよかったんだが」
ジョシュアが紙巻きタバコの煙をくゆらせるとローザが即座に噛みついた。
「あーのーねー。アンタが仲裁に入った村長を脅すような真似するからでしょうが」
「うるっせえ女だな。細かいことは気にしない気にしない」
「あのね!」
どうやらローザとジョシュアの愛称は最悪のようだ。出会ってそれほど経っていないというのに、寄ると触ると喧嘩ばかりしている。
ドラマやコミックではこういう男女はやがて強烈に惹かれ合うというのがセオリーなのだが、現実的にこうやって感情の波が激しいカップルはくっつくのも早いのだが、切れるのも異常に早いのだ。そんなことを年の功でシロクマは知っている。
「いやぁ、しかしみなさん腕が立つ人ばかりだ。特にエルムのお方は特に凄い。ここであなたの武勇に詩を捧げたい」
そういうとレジスは抱えたリュートをかき鳴らしながら即興の詩を歌い出した。
ううむ、ローザがいっていたように声はいいのだが……。
演奏は控えめにいってクソだな。
素人の俺がわかるのだから、そのヘボさは相当なものだ。
クローディアは目を瞑ったまま両耳を両手で押さえている。
もっとも膝の上のササコマはレジスがぼわーんぼわーんと滅茶苦茶にかき鳴らす音がいたくお気に入りのようでキャッキャッとよろこんでいるご様子だ。
「あのさぁ、やっぱアンタ下手くそ」
歯に衣着せぬ言葉でローザが指摘するがレジスは心外だというように顔の前で手のひらをフルフル振った。
「いやぁ、ローザさん。よくそういわれるんですよねぇ。でも、僕自身はこれがアートだと思っているので。調整にはまだまだ時間がかかるので長い目で見てくださいよ」
「耳が腐るちゅーの。ねねね、それよりもさクマキチ。あたしにお酌させてよ。アンタみたいないい男に手酌なんざさせらんないよ」
むむむ。
ねっとりとした口調でローザが胡坐をかいた俺の太腿にべたべたと手を置いて来る。
「ここにもいい男がいますがーッ」
「アンタは論外だよ、腐れ博打打ち」
ジョシュアが叫んで激しく自己アピールをするがローザはまるで相手にしていない。
ま、無視するのもアレだし美女からついでもらうのも正直悪い気はしないからな。
クマキチは未だ男盛りなのだ。
でへへ。
そっと杯を突き出すとローザがニコニコしながら酒瓶を傾けて来る。
「いやいや、お言葉ですがこのお方の面倒はこちらで見ますのでご心配なく」
だが、隣に座っていたクローディアが素早く俺の杯の上に自分のマグカップを出してローザの酌を阻止した。
「あのさ。クローディアとクマキチはなんでもないんだろ。邪魔するのはやめてくんないかな」
「あら、邪魔なんかはしていませんよ。ただ、この人が迷惑そうにしていたので胸の内を慮って行動に移しただけですの」
「――ねえ、そうだったの?」
不意にローザの表情が泣き出す寸前の子供みたくクシャクシャに歪む。
「あのな。クローディア、そのへんにしとけ。酌の一杯や二杯どうってことないだろ。俺の身体は見た目通り頑健だ。飲み過ぎを心配してくれるのはうれしいけど、そこまで邪見にするのは礼儀に反するよ」
「む。礼儀を持ち出されてはどうにもできませんね。おふたりとも、出過ぎたことをして申し訳ございません」
意外だな。
もっと食い下がるかと思ったんだが。
クローディア自分の無作法を詫びると呆気なく引いた。
「あ、そ。じゃ、クマキチ。お目付け役の許可も出たことだし、今夜は嫌ッてほどつき合ってもらうからね」
ローザは猫のように俺の身体にしなだれかかるとクローディアを挑発するようにあからさまに甘えて来た。
「……この女」
もうやめよう。
深く考えるのはやめよう。
「そろそろ喧嘩はナシという方向で行こうじゃありませんか。そもそも僕たちがここに集まった意味というものを思い出してはいかがかな?」
「う……」
ローザがレジスの言葉に低く呻く。
そうなのだ。
なぜ縁もゆかりもなかった俺たちがまだ冬風が冷たい森の中で寄り集まっているかというと、先ほど村役場からの帰り道で出会った少年の依頼を話し合うためだった。
隣村ボアに住む少年テレンスは酒場での荒事を見て、俺たちを冒険者のパーティーと勘違いし、自分たちの村を襲う山賊から守ってくれるよう用心棒を依頼して来た。
「ま、ぶっちゃけいうとオレはマンドランの用心棒を辞めて手元不如意だ」
「あたしもあの酒場じゃもう稼げそうにないし、オケラかな?」
「旅の吟遊詩人は常に金貨銀貨と縁遠いものです」
なんちゅーか、そろいもそろって真っ当な職種の人間とはとてもいい難い連中だ。
「あのさ、クローディア。俺たちの路銀は――」
「とてもではないですが潤沢とはいえませんね」
こそっと耳打ちするとクローディアは表情を変えずにいった。
「だいたいわたしはササコマさまとヴァリアントにたどり着くまで、常習的に美人局する程度には金欠でしたから」
「わかった、それ以上いわんでいい」
クローディアとのこそこそ話を打ち切ると肚を決めた。
「つーわけで、短期でいいのだが俺たちでひとつ山賊退治ってのを試してみないか?」
「そうだな。報酬は三万ポンドル。四人で分けりゃひとり頭七千強になる」
「坊やの話によれば二十人程度でしょ。あたしもひとりじゃ考えるけど、実際お金に困ってるのはホントだし」
「いやぁ、及ばずながら僕も手伝いますよ。どれほどみなさんのお力になれるかわかりませんが」
ジョシュア、ローザ、レジスの同意を得ることができた。
ま、二十人といえば俺ひとりで充分だ思うのだが、こちらはササコマとクローディアを抱えているだけあって、彼らのように腕が立つ仲間が増えるのは心強い。
少々報奨金が減ったとしても、安全に稼げるのならばそのほうがずっといいだろう。
「あ、そういえば地図……なあ、このあたりで書店とかってないかな?」
「なにいってんだよクマキチ。本なんて高尚なもんはここいらあたり一帯にゃ書店どころか生まれてから本を見たことがない人間のほうが多いくらいだ」
「マジか……」
「そうですね。クマキチさん、王都か地方領主が住む都市でもなければまず書店を探すのは不可能でしょう。地図ならば僕が持っていますのであとで書き写して分けてあげますよ」
「おお、ホントに? レジスは親切だなぁ」
「いえいえ。といっても僕が持っている地図はかなり古いので細かい道筋はその都度土地の人間に訊ねて詳細を詰めてゆくのがよろしいでしょう」
「かあっ。レジスよう。旅に出たことがないクマキチたちはともかくよ。吟遊詩人のおまえは旅すんのにイチイチんなもん持ち歩いてんのかよ。男なら地図なんぞに頼ってんじゃねーよ。道、覚えねーぞ」
「やはは、すいません。生まれついての方向音痴なので」
「あたしも地図は使ったことないかな? でも、困ったことはないよ。いっつも誰かしら親切な人が助けてくれるからね」
ローザはそういうとバインバインのボインボインをゆっさゆささせてカラカラと快活に笑った。
君はそうでしょうとも。
ううう、クローディアが半目でローザを睨んでいるのがほとばしるオーラからハッキリわかってしまう。
あれと張り合うのはちょっと無理だよな。
「とにかくだ。こまけぇことはいいだろ。一丁、親睦を深めるため朝まで飲み明かすぞ」
「いえ、ササコマさまもおりますしわたしは適当なところで切り上げさせていただきます」
あーらら、ジョシュアをバッサリ切り捨てちゃうクローディアは空気読めてんだかそれともわざとなのか。
若干、というか相当場の空気が冷え込んでしまったじゃないか。
「悪い。コイツはひねくれてるけどホントはいい子なんだ。俺は最後のやつが沈没するまでつき合うぞ」
「そうこなくっちゃだな」
紫煙をくゆらせるジョシュアの顔がたき火の向こう側で不敵に微笑んでいた。
「くかーっ」
だ、だらしなっ。
威勢のよい言葉とは裏腹にジョシュアは真っ先に酔い潰れた。
てか、ローザとレジスがザル過ぎる気がしないでもない。
元々ノンアルコールだったクローディアはササコマを抱きかかえたまま、毛布にくるまり安らかに寝息を立てている。
野宿であり地面へと直に眠るのは体温がメチャ下がりなので狼の毛皮を敷いているが、本音をいえば屋根のある宿でゆっくり休ませてあげたかった。
逃避行の連続だから仕方ないっちゃ仕方ないけどね。
レジスは声を出さずにリュートをポロンポロンとつま弾いていた。ひとつの曲を弾かずにただ音を出しているほうが残念ながらマシではある。
ミュージシャンが聴衆の前で弾くとモロに上手い下手が出るから誤魔化しが利かないのは世の常だ。
やっぱ森はいいな。
ヴァリアントではないもののシロクマの俺は人里よりも木々が生い茂る緑の城がやっぱり落ち着くのだ。
隣をチラと見るとローザがパチパチ火の粉を吐き出しているたき火を見ながら手にした杯をゆっくり舐めていた。
飲みはじめはあれほど饒舌だったというのに、今は静かに黙ったままだが俺は特に居心地の悪さを感じなかった。
ヨーゼフもそうだったがダークエルフは酒に強い種族なのだろうか。
一升は楽に空けているのだが頬が若干赤くなった以外には乱れがほとんどなかった。
「ねえ、クマキチってさ。なんかさ、なんか雰囲気あるよね……」
おおっと。
ローザはクローディアが完全に寝入ったのを見届けると、相当大胆に股の間に入り込んできた。
彼女は女性にしては一八〇近い長身だが二メートルを超える俺からしてみれば四〇センチ以上小さいのでどうしたって大人と子供のような状態になってしまう。
独特の香料を使っているのか、体臭と入り混じったいい匂いのそれが鼻先をふんわりふわふわ漂い、酔いも手伝ってかちょっぴりイケない気分になりそうだ。
レジスは特に俺たちの関係に興味がないのか、星を見ながらのんびりリュートを鳴らしていた。
この状況じゃいい雰囲気を作り出す黒子のようなものだ。
「雰囲気ってなんだよ」
酔っぱらいにイチイチまともな会話を期待してはいけないのだ。たぶん、ローザは見た目よりもずっと酒精が脳に回っている。
――そう思わなければチラチラと視界に入ってくる彼女のむっちりした肌とか肌とかが目の毒だぜ。
「うーん? なんか危険な雰囲気かな? とにかくあたしが今まであったことのある男とはぜんぜん違うよ。言葉遣いとかは紳士なんだけど、なんていうか言葉では上手くいえないものがすっごく出てる……」
「あの、お姉さん。俺はシロクマなんですが。ちゃんとそのお目々に映ってるよね?」
「馬鹿ね。自分がエルムだからってそんなこといってるの? あたしは少なくともニンゲンなんかよりもエルムやライオスのようなワイルドな男がタイプなの」
「あっ、そうですか」
この空気、なんだかとっても苦手なのだ。
助けを求めるようにレジスに視線を転じてみるのだが、ワザととしか思えないタイミングでやつは目を閉じてリュートを鳴らす手を止めていた。




