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123「沼地の魔女」

 車外の景色に視線を投じる。

 パールランドの大地は一様に赤茶けていた。


 リオウの関から向こうは酷く閑散としていて、動くものひとつ見えない。


 大地は無限に広がるがごとくどこまでも続いている。


 そこかしこに灰色の奇妙な岩がにょっきりと生えている。


 街道らしき場所だけは、一応に整備されてはいるが、ガタゴトと岩を踏むたびに車輪は跳ね上がり、これならば自分の足で歩いたほうがよほどという感じだった。


 飢饉が村々を襲っているとキャンバス将軍はいっていたが、疲弊度はアルムガルド周辺の地域とは比べられないほどだった。


「クマキチ殿、驚いておられるか」


 目をつむって腕組みをしていたヴィオレットが小さな声でいった。


「北国は南国に比べて基本的に地味に乏しく作物は上手く育たない。育っても収穫率は極めて少ない。北国は狩猟のほうが盛んなのだが、捕獲できる山野の肉で養える口は酷く少ない。私は長く各地を旅をしてきて、それは痛感している。もっともヴァリアントの周辺は奥深いだけあって獲物の数は多い。マシなほうだろう。パールランドはロムレス王国の中でも、もっとも暮らしにくい土地のひとつであると聞いたが、これほどとは」


 森と違って雪がほとんど積もらないみたいだけど、山々から吹き降ろす風はこの上なく冷たいのだ。


 ウェアウルフであるルルティナたちはともかくとしてロビオラさんとリコッタは大丈夫なのかな。


「ご心配なさらずに。草原はここよりもずっと乾いていて風は冷たいです。わたしはそういう世界で生まれ育ちましたから。けど、この子はちょっと大変そうですね」


 ロビオラさんは車酔いをしてしまったリコッタを抱きながら、そのようにつぶやいた。


 雪の寒さと空っ風の寒さはまた別種のものだからな。


 さすがに数百を超える軍隊を襲う野盗もモンスターもいないってか。


 無言のまま景色を眺めていると、前方の森の中でアホみたいに巨大な木が生えている。


 縮尺が狂っているのか。


 それとも妙な呪いのせいで俺の目までおかしくなってしまったのか。


 ゴシゴシと盛んに目をこすっていると、ヨーゼフが苦笑しながらいった。


「旦那、ありゃ決して幻覚じゃありやせんぜ。第一、俺にも見えてます」


「あれは万年杉といって領内では有名な大木なのですよ」


 俺たちの様子を見ていたオランジェーヌがふふ、と口元に手をやって上品に笑う。


 そうか。


 そういえば鹿児島にある屋久島の縄文杉は樹齢一万年といわずとも、三千年くらいって聞いたことがあるな。


 このF世界ならもっとデカい大樹があっても別におかしかないか。


 ヴァリアントには少なくともこれほど大きな木はなかったもんな。


 一〇〇メートルはあるかなぁ。

 旅はしてみるもんだな。

 命懸けだけどね。


「そろそろ魔女の住む沼地の手前の森に入りますゆえ、ご夕食を」


 警護の騎士が窓際から教えてくれた。


 夕暮れ前に俺たちは目的地に着くと野営の準備にかかる。


 ここでもやっぱりお客さま待遇だ。

 厚い天幕の中ならぐっすりと眠れるだろう。


 空を見上げると、おっきなお月さまを東から流れてきた黒雲がすっぽり包みにわかに明かりが乏しくなる。


 ルルティナが串に刺したチーズを青と黄の炎が炙るのをジッと眺める。


「そういえば、魔女ってどんな感じの人なのかな」


 特に誰かからの返事を期待していったのではない。

 自然と疑問が俺の口からこぼれ落ちた。


「それは……パールランドの殿さまが妾に望むくれぇだから相当な器量よしでしょう」


 むぐむぐとシチューを頬張っていたヨーゼフが律義に答えてくれた。


「そりゃま、美人は美人だろうが。種類ってものがあるんじゃないか?」


 たぶんかわいらしいってタイプじゃないと思うぞ。


 俺の脳裏に浮かぶのは妖艶かつ豊満で男好きのするタイプだと思う。


 そうでなきゃパールランドの領主も血迷ったことはいわないだろう。


 男がそういう言葉を口にするってのは、なんかそのような雰囲気があったに違いない。


 女性にとっては迷惑だろうが、男ってのはそういう生きものなんだよ。


 いつの間にか男同士の話を聞かれていたのか。

 一同が俺たちを見る目はどこか冷めていた。


 いかんいかん、女の品定めなど。

 少なくともこの状況でする話ではない。


 ジェントルにいかねば顰蹙を買うのは世界の理なのだ。


 そそくさと夕食をすませると、軍が用意してくれたテントに引っ込む。


 当然ながら男女は別だった。


 ヨーゼフがひとりでは寂しかろうと、俺は蠱惑的なレディたちの誘いを断って相棒の元へと向かった。


「旦那。姐さんたちと同衾しなくてもいいんですか?」


「いいんだって。俺たちはいつもいっしょだからな。それよりも久々に男同士で少しは語り合おうじゃんか」


「へへ、そうこなくっちゃだ!」


 嬉々としてヨーゼフが卓に酒と杯を並べる。


 無論、俺の杯は超ミニサイズだがそこは気分てやつだ。


 もっとも明日があるのでお互いにセーブしてほどほどに酔った。


 ヨーゼフのやつはこっちでストップかけんと際限なく飲み続けてしまうからな。


 適当なところでなだめすかして就寝。






 事態が急展開したのは次の日の早朝だった。


 目覚めは男たちの怒声と悲鳴の入り混じったサウンドだった。


「な、ななな、なんだってんだ! 朝っぱらから!」


 いびきをかいていたヨーゼフが簡易ベッドから転がり落ちる。


 俺は枕元から立ち上がると素早く地面に飛び降りて天幕を開き野外に躍り出た。


 ――そこはすでに戦場だった。


 わらわらと無数の小柄な泥人形が大挙してキャンプのあちこちで兵士たちと戦闘を繰り広げていた。


 赤茶けた泥で形成された身体を持つ、目も鼻も口もないゴーレムは寝起きの将兵に掴みかかって押し倒し、縦横無尽に暴れまくっていた。


「うわっと!」


 一瞬の隙を衝いてゴーレムはちっちゃな俺にまで手を伸ばして来た。


 華麗にジャンプしてかわす。


 落ち着いてみれば、どのゴーレムもやっつけで作ったような感が否めない。


 数は多いが動きは鈍重だ。


 それでもパールランド兵たちが対処できないのは、指揮官が上手く指示を出せず混乱状態に陥っているからだろう。


 つまりはある程度の時間の余裕さえあれば戦局を一気に覆すことは容易なはずだ。


「旦那、ご無事で!」


 遅れてテントから飛び出して来たヨーゼフがこん棒でゴーレムを殴り倒した。


 頭を打たれたゴーレムはくるくるっとその場で回転するとぶっ倒れて動かなくなる。


 やっぱりだ!


「どうしたんでェ、旦那」


 ヨツンバインになって地面に目を凝らした。


 飛散した吐瀉物のようなゴーレムの残骸に白く砕けた小石のようなものがあった。


 あのオカジンベエを倒したときのように、たまたま殴った場所にゴーレムを動かす中枢部と弱点を兼ね備えるコアがあったのだ。


「ヨーゼフ、敵の弱点は身体のどっかにあるコアだ。刃物や弓矢なんかよりこいつらは鈍器のほうが有効だぞ」


「おおっ。するってえと剣よりも薪ざっぽうのほうが効くってんで。任せてくだせェ」


 俺はヨーゼフが小気味よくゴーレムたちをしばき倒すあとをついてゆく。


「みんなっ。ゴーレムには剣よりも棒や盾でぶん殴ったほうがよく効くぞ!」


 声を張り上げて兵士を鼓舞する。


 実際問題、腕や足を斬られても平気の平左だった泥人形には鈍器による面の攻撃のほうが通用すると理解したのか――。


 兵士たちは各々武器を臨機応変に持ち替えて勇敢に異形の魔物に挑んでゆく。


 その甲斐もあってか。

 みるみるうちにゴーレムたちは駆逐されていった。


「クマキチさま! お怪我はございませんでしたかッ」


 俺がヨーゼフを督戦している途中でルルティナたちとは無事合流できた。


「あ、このーっ! こっちに来ないでっ」


 ルルティナはどこで手に入れたかは知らないがひと抱えもある丸太を振り回して、ゴーレムたちをまったく寄せつけず充分な安全マージンを取って戦っていた。


 さすが丸太は万能兵器だな。


 アルティナがしつこいくらいにルルティナのことを力持ちだといっていたが、まさか、追いつめられるとここまでの力を発揮するなんて。


 これからは頼りにさせてもらいますよ、ルルティナさん。


 みんなの力闘もあってか、ほどなくして陣を襲っていたゴーレムたちは一体残らず沈黙した。


「むう、クマキチ殿にご一同。みなご無事であったか」


 兵たちの混乱を治めながらキャンバス将軍が白馬に跨って近づいて来た。


 たった一夜しか経っていないというのに、表情には疲労の色が濃い。


「将軍。この襲撃はもしかして――」


「間違いない。沼地の魔女の悪戯だろう。彼女は土魔術に練達している」


「悪戯って……」


 これはもうそういうレベルじゃないでしょう。


 あたりを見渡せば、大なり小なり傷ついた兵たちばかりで五体満足の者を探すほうが難しいくらいだ。


「クマキチ殿。魔女が本気ならば我らはとうに壊滅しておった。今回のゴーレムは小手調べよ。現に、こちら側には死人がひとりも出ていない」


 そうなんか?


 だが、将軍のいう通りならば沼地の魔女は相当な魔術の手練れだ。


「クマキチさま……」


 ルルティナが不安そうな表情で視線を投げかけて来る。


「うん。どうにか魔女と接触できないかな。そうすれば、白の女王から預かった手紙を渡してなんとか交渉に持ち込めるはずなんだけど」


「白の女王?」


 俺たちの話をなんとなく聞いていたオランジェーヌが小首を傾げた。


「オランジェーヌさん。私たちは沼地の魔女の知人である白の女王より紹介状を預かってきたのですよ。って、あ、あれっ? な、ないっ。嘘よ!」


 ルルティナは肩かけカバンをまさぐりながら一瞬で真っ青になった。


 オイオイ、まさか手紙をなくしたなんて落ちは勘弁だぞ。


「姉さまは管理が悪い。ここは探し物名人の私が」


 アルティナも一緒になってカバンの中身を探すがどうにも見つからないようだ。


 ほかのみんなも一大事とばかりに駆け寄ってルルティナを中心に輪になる。


「ふ、ふふふっ」


 すると、少し輪から離れていたオランジェーヌがとうとう笑いをこらえきれなくなったのか身体を震わせて声を上げた。


「もうっ。オランジェーヌさん。こっちは本当に困っているんだから、そんなふうに笑うこと――?」


「ねーえ。ルルティナ。あなたが探していた大事なお手紙って、こーれ?」


 オランジェーヌは確かにヴァリアントで俺たちが受け取った封書を右手にかざしくすくす笑いを漏らしている。


「それですっ。どうしてあなたが!」


「もーう。そこの人たち。探す必要はないんじゃないかなー。だって、お姉さんこの手紙最初から読む気ないもーん」


 みんなはオランジェーヌのいきなりのキャラ変に驚いたわけではない。


 なぜなら、薄く笑った彼女が人差し指で挟んで頭上に摘み上げた封書がなんの予兆もなくメラメラと赤く燃え出したからだ。


「貴様、なんのつもりだっ!」


 ヴィオレットが素早く宝剣を抜き打ちざまに浴びせるが、オランジェーヌは風のようにひらりとかわすとテントの上にゆらりと飛び乗った。


 いくら軍用の丈夫なワンポールテントといえど、その頂点に人間が微動だにせず立つということは不可能な芸当だ。


 俺たちが息を詰めて見守っていると、なんら特徴のないローブを着ていた彼女はみるみるうちに真っ黒に染まったロングドレスを着た冷たい美貌の女に変化していた。


 顔も姿もまったくの別人である。


 以前のオランジェーヌならば常人に埋もれそうな程度の印象しかなかったのだが――。


 今、目の前に現れた存在は別格だった。


 精巧な人形のように彫りが深く、どこか近寄りがたい整った相貌はこの世のものとは思えなかった。


 冷たすぎるのだ。


 美人ではあるが、そこには俺が命を賭して戦った以前の白の女王と同じく酷薄な美が際立っていた。


「なんのつもりもないよー。お姉さんが、みんなが血眼になって探していた女だよ。もっとも、この土地のニンゲンはみな、お姉さんのことを沼地の魔女って呼ぶけどね」


 魔女の年齢は判別できないが、どう見ても二十台前半だろう。


 一方、その美貌に反して喋り方は酷く幼いのが印象的だった。


 沼地の魔女は漆黒のドレスをふわりふわりと舞わせながら、そっと地面に降り立った。


 深紅のピンヒールを履いており肌の白さと赤の対比が異様に艶めいて蠱惑的だ。


 胃の奥がひりつく。

 いつもどおりに嫌な予兆が全身を駆け巡っている。

 魔女オランジェーヌはぴ、と人差し指を俺に向けた。


「わ、わわわっ!?」


 スーッと身体が地上から浮いてあれよあれよという間に魔女の手の中にすっぽりと納まった。


「クマキチさまっ!」


 ルルティナの悲鳴がキンと響く。


「わーい、やっぱりかわいーい。お姉さん、あなたのことはじめて見たときから欲しいって思ったんだよねー」


「クマキチさまを放しなさいっ」

「やだぷー」


 ルルティナが血相を変えて怒鳴るがオランジェーヌは真っ赤な舌を出して拒否した。


 く、くそ。


 なんとか逃げ出さなきゃって思ってるんだが。


 どうしたことかオランジェーヌの手のひらに抱えられていると、なぜか身体が痺れてまったくぴくりともしないのだ。


「このおっ」


 この状況に一番早く対応したのはアスティアだった。


 彼女は軽々とテントを飛び越えるほどの跳躍力を見せると、手にした剣鉈をオランジェーヌに叩きつけた。


 物凄い音が鳴って火花がパシッと目の前で飛び散った。


「あぶないなー。お姉さん怪我しちゃうじゃないのー」


 なんとオランジェーヌは素手でアスティアの斬撃を防ぐとさらに宙へと上昇して、人力では絶対に届かない位置にまで浮遊した。


 て、てか怖いんですけど、普通に。


「クマキチを下ろせっ」


 鋭い糸切り歯を剥き出しにして足下でアスティアが吠えている。


「ぬううっ。弓隊、放て!」


 キャンバス将軍が部下に命じて矢を放たせる。


 けれどオランジェーヌが右手を大きく振った途端に矢は力を失って地に落下した。


 くそう、こいつ中々の術者だな。


「アハハのハ。おねーさんはそんなへろ矢じゃ射落とせないよーっだ」


 オランジェーヌが白い歯を見せて笑った途端、彼女の頬をギュントと鋭い矢が掠めた。


 ヨーゼフだ。


「ちっ。確かに当てたはずだっ」


「ふぅん。ちょこっとは使える子がいるみたいだけど……」


 オランジェーヌは頬から流れた一筋の血を指にとってぺろりと舐めるとフンと鼻を小さく鳴らした。


「じゃ、今度はこっちの番だねー。上手くよけてよーっ」


 そういうと彼女はサッと右手を頭上に挙げて、瞬く間に無数の小石を地上から舞い上がらせた。


 ザザッと雨のような音が鳴って礫の嵐が兵士やルルティナたちを襲った。


 命を奪うほどではないが、これほど多くの礫の雨を受ければ行動不能は間違いない。


「ウインドブロック――!」


 素早くロビオラさんが魔術を唱えてみんなの前に風の障壁を形成する。


 礫の雨は突如として巻き起こった強風の盾に弾かれて砕け散った。


 おお、突如として行動な魔術戦だ。


 このシロクマは解説だけでとりあえずなにもできてないぜ。


 だが、かろうじて風の防御壁で守られたのはシロクマお助け隊のメンバーとキャンバス将軍を含む近場の数名に過ぎない。


 集まっていた兵士たちは軒並み身体を礫で打たれてあちこちに転がっている。


「へえ、あなたエルフなんだ。それも生意気に風の魔術を使うの――?」


 オランジェーヌが調子コイているとその隙を狙って巨大な火球が飛んで来た。


 リコッタのフレイムボールだ。


「きゃあっ」


 浮遊していたオランジェーヌはギリギリでかわす。

 結構カワイイ悲鳴なんだね。


「ふんっ。ちょっとお空が飛べるからって調子に乗らないでね! アタシとお母さまの魔術の前じゃ、びゅーんと飛んで逃げることなんてできないんだからっ。さあ、観念しておとなしくクマキチを返したらアンタの命だけは助けるように口利きしてあげてもいいわよ!」


 さすがイキることにかけてはヴァリアントでも随一と呼ばれた魔女っ娘だ。


 頼もしいぜ。


「ふぅーん。ちょっと魔術をかじった程度でこのお姉さんに逆らおうっていうのは見上げた根性だけれど、もお、そーいうのは嫌いなのっ! えーいっ」


「きゃ、きゃああっ」

「え、な、なんですかっ?」


 ふふんとばかりに半目になったオランジェーヌはエルフの母娘に向かって怪光線を発射した。


 リコッタとロビオラさんの悲鳴が上がったかと思うと、俺は目を疑った。


 そこには幼女化したロビオラさんと、セクシーさに満ちあふれた大人リコッタが出現したのだ。


 なんぞこれ?


「え、あ、ちょっと待ってよ! なんなのよ、これぇ?」


「あらぁ、これって、困っちゃいますねぇ」


 リコッタは二十代半ばくらいの歳に。


 ロビオラさんは、十歳くらいのロビオラちゃんに変化している。


 どうでもいいが、ふたりともあんま困ったって顔してないぞ。


「あはは。というわけでお姉さんはおうちに帰るんで、パールランドのへっぽこ騎士もウェアウルフのお嬢ちゃんたちも追って来ないでねー。もし、追ってきたら怖い呪いかけちゃうぞっ」


 けたけた笑いながらオランジェーヌはウインクを投げる。


 んでもって。

 ルルティナさんのマジギレ顔が怖すぎです。



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