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高射砲の森 琥珀の花 第一部  作者: がらんどう
3/10

食堂にて

   琥珀の花 3 食堂にて



 陸軍航空部第二十二爆撃飛行隊基地の食堂はガヤガヤと、活気の良い声に包まれている。軍からの補給食糧だけでなく、基地ぐるみの商売によって手に入れた豊富で新鮮な食材に食堂のシェフも大満足だ。

 その結果、他の基地では考えられないほどのメニュー数を誇ることになったこの食堂は、その規模を拡大し、通常はいない給仕係をも雇い、二十四時間体制でフル稼働するという通常の軍の食堂といったものとは一線を画す規模に変質せしめている。また、食堂は軍人だけでなく基地の内外で働く民間協力者にも解放され好評を得ている。その人気は凄まじいもので、その食堂で修業した者が主任料理長直々に暖簾分けの許可を得て、数カ月後に基地に最寄りの町で店が開かれるほどになっている。

 そんな活気に溢れている食堂に、アルバートとセロニアスがやってきた。

 アルバートとセロニアスは手早く注文をし、席についた。さすがに勤務中であるからアルコールは厳禁なのだが、そうでない時や、民間人にあたってはアペリディフから前菜メインディッシュといったコース料理も用意されているこの食堂のメニューはどれをとっても洗練されている。

 とはいえ、ランチタイムは有限だ。手早く食せるスパゲティとサラダと食後の珈琲を頼んだ二人は、お冷をちびりちびりと飲みながら話をしている。

「しかしさあ、最近通常任務より特別任務のほうが忙しいってのはぁどういうことだよ。なあアルバート?」

 セロニアスが半笑いの表情でそう言った。セロニアスの言う〈通常任務〉とはすなわち、軍人として課せられた極当たり前のーーー彼ら爆撃飛行隊にとっては爆撃任務を意味するーーーことを意味し、〈特別任務〉とはこの基地が総出で行なっている軍事物資の横流し及びソレを元手に始めた商品の売買及び輸送の仕事を意味している。

「まあなあ」

 などとアルバートは気のない相槌を打っている。それを意に関せずセロニアスは続ける。

「まあそのほうがこちらとしては嬉しいんだけどよぉ!特別任務で出撃するたびに金が舞い込んでくるのが目に見えてわかるんだからよ。まあ給料明細には乗らないけどよぉ。もう一つの給料日が楽しみだぜぁ」

 セロニアスはそう言ってゴクゴクとお冷を飲み干し、ウェイターにおかわりを要求した。お冷頂戴。はいかしこまりました。どうぞ。注文した品はまだかな?もう少々お待ち下さいませ。

 そんなやり取りをした後、すぐに注文の品が運ばれてきた。シーザーサラダに食堂特製の秘伝のドレッシングをダバダバとかけ、ナスとトマトのミートスパゲッティには本場イタリアから輸入したパルメザンチーズをどっさりと振って食す。茹で上がった後に軽くバターで炒めたパスタから立ち上る匂いが食欲をそそる。

「うめえ、うめえなクソぉ。なあアルバート」

「ああうまい、相変わらずうますぎるなこれ」

 意味のない会話をしながらもしゃもしゃと咀嚼し、胃の中へ詰め込んでいく。レシピを知りたいなあ、教えてくれるだろうか?などとアルバートはぼんやり考えながら、テーブルクロスに飛び散ったパスタのソースやドレッシングを見て〈通常任務〉について考えた。

 

   ◆


〈通常任務〉ーーー彼ら本来のなすべき仕事。爆弾を満載した爆撃機に乗り込んで離陸。目標発見。投下。破壊確認。帰投する。その一連の行為。しかし、彼らの爆撃任務は通常の爆撃とは違う点がある。


 それは、〈予め予告された爆撃〉なのだ。


 〈特別任務〉がつつがなく行われる背景がそこにはある。特別任務をつつがなく遂行するには地域住民との関係性を良好にしなければならない。間者が出てきて軍に通報されては困るからだ。加えて、その作戦展開地域は当然敵地であるが………これに関しては、秘密裏に敵軍と休戦協定を結んでいるという大胆不敵な状況がここにはある。

 地域住民の人心掌握と敵地の領民と敵軍を懐柔したとしても、爆撃の成果というものを軍本部に報告しなければならない。しかし、敵に被害を加えれば〈特別任務〉はままならなくなる………。  

 そこで、考えだされた折衷案が〈予め予告された爆撃〉、要は、サボタージュ爆撃とでも言うべきものなのだ。

 予め破壊する建物を選んでおき、事前に避難を勧告しておく。そして、誰もいない建物に爆弾を投下し、破壊し、帰投する。

 ただ、それだけのことだ。建物は完全破壊。航空写真を撮って本部へ送り、嘘の報告書と共に報告する。被害人員はゼロ。

 しかし、報告書には常に数人程度の〈偽死亡希望者〉がいる。彼らの目的は徴兵逃れや死亡時保険金をせしめとるといったものだ。

 勿論、破壊目標になった建物に保険をかけて大金をせしめようとしている者もいる。さすがに保険屋の調査から尻尾を出すことを懸念してそんな分の悪い賭けに出るものは少なかったが   それでも少なからず存在した。保険調査代行までもが第二十二爆撃飛行隊の設立した会社の業務内容として存在したとも言われている。

 それ程に第二十二爆撃飛行隊の掌握地域での権能は大きく手広いものであった。基地司令であるマセロ大佐と敵国の軍人グランツ大佐が古い知己であり、色々な根回しをした結果、同一戦線上で任務に当たることができるようになったがために、実現できた状況である。


   ◆


 食事を終え、食後のコーヒーが運ばれてくるのとほぼ同時に、エリックが現れた。よお、お二人さん。飯は?もう食べましたよ。曹長は今からで?

「ああ、ちっと〈特別任務〉の話をしてたらな、こんな時間だ。遅くなった。一応勤務のタイムテーブルは〈通常任務〉にあわせてあるから急いで食わなきゃならん。」

 そう言うと、エリックは給仕係を捕まえてささっと注文をする。一番早くできるやつは?パスタですね。じゃあソレでいい。かしこまりました。食後のコーヒーは? なしで。かしこまりました。少々お待ち下さいませ………。

 エリックは同じ爆撃機に搭乗する仲間の中で、〈特別任務〉に関する窓口役を買って出ている。第二十二爆撃飛行隊の行う商取引には様々な形態があるが、彼らはその本部から仕事をとってきて、輸送などを担当するという形態で雇用されている。下請けというわけだ。エリックがその本部との渉外担当なのだ。そのため、彼らの中では〈特別任務〉においては一番忙しい。昼食に遅れたのもそのせいだった。

 注文の品が運ばれてくる間、しばし雑談に花を咲かせた。すると、

「そういえば、曹長。〈特別任務〉の話ってなんですか?」聞きたがりのセロニアスが質問する。「近々なんか大きい仕事でも入るんですかねぇ?まあ自分は稼げるなら何でもいいんですが」

「っだー!お前、そういうことに関しては鋭いのな」続けて小声で「人の機微には鈍いのによ」とアルバートに耳打ちする。ハハッと思わずアルバートは笑う。そんなからかいすらもセロニアスは気づいていないのか、少し興奮した様子でエリックの発する話の続きを待っている。エリックは続ける。

「まあ、なんだ、あれだ、商売の拡大を見込んで輸送ルートを広げるっつう話が出たのよ。それでな、そのルートと拡大した輸送範囲についてちっとなあ………」エリックは少し間をおいて続ける。「あれよ、〈高射砲の森〉周辺まで広げるっつう話が出てな、それで揉めたわけよ」

「高射砲の森………」

 アルバートは思わずその単語を繰り返して相槌を打った。

「あー………それは確かにきついですねぇ………あの一帯、不気味ですし………」

 セロニアスも思わず言葉を濁す。

「そうそう。色々と、厄介な場所ではあるんだがそれ故に利用価値があるってチャールスがやたら主張しているみたいでなあ………」

「チャールス伍長ですか、あいつ、階級じゃあ俺たちよりも低いのに、〈特別任務〉での立場は高いっすからねぇ………」

「そうそう、あいつ厄介でさあ………まあ確かに?あの周辺は俺たちの部隊が休戦条約を結んでいる地域ではないが、事実上休戦状態にある地域ではあるからそこを輸送路に使いたいっつうのはわからんでもないのよ。しかしなあ、先の大戦時の噂もあるしな………危険が未知でなあ………ああ、そういえば話は変わるが本部がな、近々人員移送も商売としてやって行かないか?って言ってるのよ」

「人員移送すかぁ。でも俺たちの爆撃機じゃあ人が乗れるスペースなんて殆ど無いですねぇ」

「それでも数人は乗っけれるだろ。まあその話については今後ウチの爆撃機で受けるかもしれねえからまあ覚えといてくれや。ああ、後なあ、チャールスによるとだなあ業務拡大につき他の会社と提携も考えているらしいわ。何でも地中海で俺たちみたいなことをしている所があるみたいでなあ。MMなんちゃらとか言ってたっけなあ………」

 エリックとセロニアスの会話が続く。高射砲の森の話は流れてしまった。

 アルバートは以前、祖父から高射砲の森についてこう聞いていた。

「人の手の入ってない森は殆ど無いと以前お前に言ったが、そのほとんどは人の手の入った痕跡など気づかない程度だ。それ程に自然は強く逞しい部分がある。しかしな、高射砲の森はな、ちと雰囲気が違ったよ。アレはまだ………高射砲の森がまだその名で呼ばれていない頃だったかな。いや、どうであったか記憶が確かではないな………やれやれ、歳は取りたくないものだな。私は植物の調査目的でそこに行ったのだが………奇妙でね。なんとも奇妙だった。奇妙な経験をしたよ。子細はまあよしておくが………まあそれ以来あそこには近づく気がしないよ、まあそうでなくてももはや近づけない場所にはなってしまっているのだがね………」

 そうこうしている間に、エリックが注文した品が届いた。食事の邪魔をするのも悪いので、アルバートとセロニアスは話を切り上げて、バラックに戻ることにした。


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