テオ・マセロとノーマン・グランツ
琥珀の花 4 テオ・マセロとノーマン・グランツ
窓に差し込む光を、小さな影が遮った。ふわりと舞う羽根がひとつ。鳩だ。マセロは鳩に近づき、そっと捕まえる。ゴツゴツしたマセロの両の手に包まれた鳩は大変おとなしい。大分人に慣れているようだ。暖かなぬくもりを感じ、マセロは少し目を細めた。生命だ。これこそが生命だ。彼の両の手の中で脈打つ鼓動。ぎゅっと力を入れれば、いとも簡単に潰れるほどの柔らかい体。これを奪う無慈悲なる戦争………人類の蛮行………誰かが抵抗すべき、恥ずべき事象。
マセロは鳩を持つ手をそっと緩め、鳩の足がよく見えるように持ち替えた。鳩の足首には金属でできた筒状のものが付いている。
ーーー伝書鳩だ。
マセロは筒の先についたスクリューキャップを外し、中に入っている紙片を取り出す。細かく小さい字で埋められたその手紙は友人であり、敵国の軍人であるグランツから送られたものであった。
◆
【親愛なる我友へ】
体調はいかがか?こちらは良好だ。
不安だった部分も治療の方向性が見え、快方に向かっている。
ところで収穫はいかほどだっただろうか?
こちらはまずまずといったところだ。
報告に対しては親方もたいして気にも留めていないようだ。
そろそろ仕事も店じまいを考える時期だな。
近々、直に話し合う必要がある。
また追って連絡する。
【君の良き隣人より】
◆
手紙にはそう書いてあった。簡潔で特に意味のない便りに見える。
しかし、この手紙には作為が見て取れる。あることを濁して言葉を変えて伝えているのだ。勿論、マセロとグランツがここで行なっている大胆不敵な行動 非正規の休戦条約の締結と部下と近隣住民の懐柔、軍事行動のサボタージュ及び資本主義に則った商取引の展開………そのことに関する情報のやり取りが暗に見て取れる。
今は戦争中だ。しかもこの大胆不敵な状況にあっては、その通信の秘匿性および難解読性は重視されるべきだ。その手段としての伝書鳩、およびこのような普通の内容を装った手紙の文面にならざるを得ないのだ。
手紙の内容を解読すると、一行目と二行目は組織の掌握具合を尋ねている。マセロ側の組織の掌握具合を尋ねた後に、自身の組織の掌握具合について述べている。どうやら少しばかりの問題があるようだが、それも解決の方向に行っているようだ。
三行目と四行目は、仕事の繁盛具合について述べている。まずまずの繁盛具合であると書かれている。
五行目と六行目は軍の上層部の動向について伺っている。グランツの行動は軍の上層部には漏洩していないようだ。工作が効いているのだろう。しかし、六行目にあたって、店じまいの必要性を説いていることから、これ以上秘匿し続けるのも難しくなることを予想しており、そろそろ次の段階ーーー商売をたたみ、次の段階へ進む時期が来たのではないか?とマセロに問うている。
そして、最後の二行。これは文意のままであろう。近々直接あって話し合う必要性………先に述べてあった次の段階に移るための会合の開催を企図している。
マセロはひと通り手紙の文面に目を通し、ざっと意訳した後、ふうと息をついて手紙を灰皿に置き、マッチを擦って燃やした。そのついでにタバコに火をつけ、胸いっぱいに紫煙を吸う。窓に目を見やると、鳩が鳩舎に飛び立って行く所であった。
マセロは、ぼぅと窓の外を見つめながら、旧友グランツとの思い出と祖国ベラム共和国について思いを馳せていた。
◆
テオ・マセロとノーマン・グランツが子供だった頃。ベラム共和国は未だ存在せず、その当時はベラム王国として存在していた。しかし、当時の大陸全体に漂う王政打破と民主主義国家の樹立という機運はこの辺境の小国にも及び、革命運動が活気づいていた。
………
「テオ!グランツ!こっちこっち!なんか広場の方が騒がしいぜ!大人たちが騒いでる」
ノーマンと僕がボール遊びをしていると、六つ上の従兄弟のロンが声をかけてきた。
「なんだろう………」ノーマンがボールを蹴る。ロンの言葉に気を取られたせいか、ボールは明後日の方向に飛んでいく。「行ってみようぜ!テオ!」
そう言うとノーマンは走りだした。
「ちょ、ちょっと待てよ!ボールボール!」
僕は明後日の方向へ飛んでいったボールをなんとか拾い、振り返ると、すごい速さで広場に向かって駆けていくノーマンとロンの背中が見えた。僕はノーマンを見失わないようにあわてて後を追っていく………。
路地を抜け、秘密の近道を通って、僕達は広場へ向かっていく。塀を越えたり藪を突っ切ったり。擦り傷も気にしない。途中で二人の姿を見失ったけど、目的地は同じだから問題ない。
広場にはすぐに着いた。正確には広場の入口だ。広場は大人たちがたくさん集まっていて、中心に行けそうもない。広場の中心にある噴水の前で台に乗った他の人より頭2つ分高い位置にいる大人が見えた。
なにやらまくし立てているようだけど、周りの大人達の話し声もすごくて、よく聞き取れない。左腕の脇にボールを挟んで、右手を膝につきながらぜいぜいと息をついていると、先に着いていたノーマンとロンが僕を見つけて寄ってきた。
「おいテオ!革命だって!大人たちがそう言ってる!王政打破とかなんだかそんなことを言ってる!議会の真の民主主義がはじまるって!」
ノーマンが興奮した様子でそう言った。
「革命?革命って何さ?王政?」
僕は訳がわからなかった。革命という言葉は知っている。僕の周りの大人達も少し前から頻繁に使うようにもなっていたし………。
「革命さ」ロンが言った。「帝政が終わって議会制民主主義の国になるんだよテオ。穏健派が中心となって王様の権力の放棄を実現したらしいんだ。でも過激派の動きも活発になってて………国王一家が命が危ないらしい。無血革命を目指しているのに………くそっっ!過激派の奴ら………。」
従兄弟のロンは難しいことを言っている。よくわからないが革命が起きたらしい。なおも広場に集まってくる大人たちや僕のような子供が押し寄せ、広場は大混乱となった。ボールが手からこぼれた。あっと思ったときには、人ごみの中。やっと見つけたときには、もみくちゃになって、空気が抜けてベコベコになっていた。
数日後、学校の先生が説明してくれた。どうやら、革命が起きて、王様に代わって議会が中心に僕達の国を動かすことになったのだそうだ。そして、王様は原則として政治には関わらず、国の象徴になる予定だったらしいのだけど、過激派が王家の存在自体を認めないと騒ぎ出して、王様一家や王族の殺害を主張したことから革命は大混乱に陥ったとのことだった。
あの広場での騒ぎはそのことを伝えるものだった。中央の大きな町から穏健派の活動家と役人がやってきて、革命の経緯とそのことを伝え、過激派を見つけたら通報するようにとかそういったお達しがあったみたいだ。
結局、王様一家は海外に避難することになったらしい。他の王族の方の中にも海外に避難する人が、それは過激派に対する負けの姿勢を意味すると言って、国内に残る方もいた。そして、この国は過激派を警戒しつつも、新しく共和国として生まれ変わることになったそうだ。
正直、僕には何が変わるのかわからなかったけど。
………
ベラム王国がベラム共和国になり、過激派の活動に警戒しながらもその政治基盤を着実に固めていった。国王一家が海外に避難し、なかなか次の一手を考え出せなかった過激派は、縮小の一途をたどっていった。しかし、依然として過激派は存在し、その最も過激なグループ中は、台頭してきた大国のグレートゲームに参画し、国家の転覆を図るテロリスト集団にその姿を変えていった。その中に、グランツの叔父も参加していた。
………
あの革命から数年後。ノーマンが引っ越すことになった。理由は色々あったけど、一番大きかったのは、ノーマンの叔父が旧過激派で今現在国家転覆を図るテロリストではないかと疑いがかかり、この町に居づらくなったからだ。
ノーマン一家は、母方の故郷である東の自治州に引っ越すようだ。さすがに僕の済む地域にはには居づらいようだ。
ノーマンが僕に言った。
「手紙、書くよ。国が違うからあんまり頻繁には出せないけど」
「僕も書くよ。そっちに着いたら住所を頼むよ」
「それじゃあ」
「ああ、元気で」
たったそれだけのやり取りだった。後に、軍人として、敵として塹壕戦を戦い抜き再会を果たす時まで、ノーマンと僕が直接会って会話をしたのはこれが最後だった。
ノーマンとの別れから数年後、国内でクーデターが起こった。過激派の残党が東の大国の支援を受けて僕の国を転覆させようとしたのだ。
ーーー戦争になった。僕の国の政府は鎮圧に尽力したが、小国のため、人手がどうしても足りず、苦戦した。その間にノーマンが住んでいる東の自治州が旧過激派の手に落ちた。それを見計らってかどうかはわからないが、西の大国が支援を名目に僕の国の戦争に介入してきた。
西の大国が支援を表明したことで、西の大国とその手先となっていた旧過激派のテロリストはその侵攻をやめ、戦争は終結した。
その結果、ノーマンの住んでいる自治州は東の大国の領土となり、自治州を失って少し小さくなった僕の国は西の大国の属国になりさがる事態に陥った。
いつからこの戦争が画策されていたのかはわからない。僕達の国が王国から共和国になったその頃からか?過激派が追い詰められ東の大国の手先となった頃からか?………僕にはわからない。ただ、確かなことは、僕の国は二つの大国によって分断され、ノーマンと僕は今まで以上に離れ離れになってしまったということだ。
その後、大戦が起きて連合軍として再会するまで、僕達は引き裂かれたままだったのだ。
◆
マセロの人差し指と中指で挟まれたたばこが燃え進み、大分その身を短くしていた。自らの重みに耐えられなくなったたばこの灰がポロリと床に落ちる。回想に耽っていたマセロは、はっと我に返り、靴底で灰を床になじった。
そして灰皿に目をみやると、先ほどのメモの燃えカスが未だ残っていた。マセロは手に持っているたばこで燃えカスに再び火をつけ、残りの部分が灰になっていくのをじっと見ていた。




