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最果てのテスタメント  作者: pu-
エピローグ
38/38

果ての世界

 聖域での戦いから一週間後の現在。

 船員や船の回復を経て、ようやく行えるようになった葬儀を前にし、グライフは船員から来る出航準備の完了報告を自らの部屋で静かに待っていた。


〝白鯨〟の聖域があったモービー・ディック海域から離れた港であるここ、ポート・ロイヤルまでの航海は難なく達成することができた。

 それも全て、〝リヴァイアサン〟の咎人メーアの加護があったからだ。

 シュトゥルム・ケーニヒ号を守るかのように両側面には水壁が作られ、それは同時に道としても機能していた。

 その際に通った戦争が行われた海域には、戦争の惨状を物語るものは何もなかった。それほどまで〝怪物〟同士の戦争は激しかったのだろう。


(果たして、今回の戦いの勝者は誰だったんだろうな……?)


〝怪物〟の戦争は、本来語り部となるはずだったルミナではないものが結果として広めた。

 その筆頭こそ、どういうわけか生き延びていたルイル・ゴリフだ。

 ここ数日で遜色たっぷりに、まるで英雄譚でも語るように港々で話している。他の船員も生きていたことから、〝怪物〟達の戦争が始まるすんでのところで帰還したのだろう。

 他にも、聖域攻略の監視をしていた海軍の巡視船も、本国に報告をしていたようだ。


 今回の戦争は、すぐに世界全土に知れ渡る。

 そして、その事実が世界に与える影響は大きい。

 この〝怪物〟同士の戦争が起こった(・・・・)のではなく、始まった(・・・・)という考えは自然と発生する。

 仮に《博雅の徒》の企てだと知ったとしても、一度起こった戦争が、それきりで終わるとは思えない。それは何より、人間自身が痛いほど知っているはずだ。


 いつからか抱いていた、約束された安寧。

『〝怪物〟の戦争は起きない』という幻想はたやすく砕かれた。


 それは同時にこの海を、先の見えない不確かな領域へと変貌させてしまった。

 何せ、約束の大本であったはずの〝オケアノス〟は、戦争を事前に止めなかったのだから。人間はもう、この海に於いて絶対の信頼というものを失ってしまったのだ。

 海が再び〝怪物〟達の領域となるこの世界の姿こそが、ルミナの復讐の末尾だ。『神の帰還』とは、人間が太古から抱いていた海への恐怖の喚起だったに違いない。


(狭まった海域を奪い合うために、国家間の関係がさらに厳しくなるな)


 すぐ先に迫る世界の大変は、こちらの予測を遥かに超えてこの海を荒らすだろう。

 脆弱な人間という種族が、大地から伸びる触れることのできない不可視の鎖に縛られつつあるような気がした。


    ◇◆◇◆◇◆


 港から離れた沖に、シュトゥルム・ケーニヒ号は停泊をしていた。

 船員はみな黙し、水平線の先を眺めている。聞こえるのはさざ波の音と、誰かのすすり泣く声。その中に当然ながら、アリュオンとシロもいる。


「ジョネ。バッゼ。アイルフマン。ダガージョ。ヴィトリア。エン。トイア。チョウヨ。ビィートゥス。サイドウェン――」


 船首に立つグライフが、先に旅立った家族の名前を告げる。噛みしめるように。

 彼の後ろにはサージェスとヤクジャーヌが、銃を片手に喪に服する仲間達と向き合う形で立っていた。

 みなの心にそれぞれ、亡くなった者達のとの日々が駆け巡る。ほんの数日前まで笑い合っていた、彼らとの思い出が。


「お前達の犠牲を俺達は忘れない。そして、その生き様に恥じぬよう、俺達は先に進む」


 彼らの遺体はない。代わりに、彼らの遺品とシュトゥルム・ケーニヒ号の処女航海の際に割られた同じ銘柄の酒を一緒に海に還した。同じ船で過ごした家族の証を渡すのだ。


「いつか会うその日まで、俺達を見守ってくれ」


 彼らの証が沈む中、十五秒くらいの間隔で弔砲が放たれる。

 十一発、空に放たれたあとに黙祷が捧げられた――海軍には礼砲令があるが、それに則っているわけではなく《ブルーレイス》独自の規則だ。

 初めてではないとはいえ、アリュオンは一向に慣れない。それに今回は、もしかしたら自分の名前もそこに混じっていたかもしれないのだから心境は複雑だった。


「……なんで、俺なんかが生き残ったんだ……俺なんて、役に立たないだけなのに……」


 思わず零してしまった言葉。それに過敏に反応したのは、隣のシロだった。


「違う。現にアリュオンは戦争を止め――」

俺じゃない(・・・・・)!」


 悲痛な叫びが、シロの言葉を遮る。

 黙していた船員の目も自然と集まった――葬儀の途中ということもあり、サージェスが注意をしようとしたが、それをグライフが無言で制止した。


「あれは〝オケアノス(・・・・・)の力(・・)で、俺の力(・・・)じゃないんだ……」


 それは自分には不相応の力。それは何者にもなれない証。

 身の丈に合わない力は、必ず自らを滅ぼす。自らの手で。

 恐らく、これが罰なのだ。

『システム=ワールド・エンド』での体験は、それを理解させるための儀式だったに違いない――それに気づいたのは、この港に着いて緊張の糸がほぐれた瞬間だった。そして今の今まで、その罪に目を背けていた。何よりも怖かったから……


 俯くと自然と涙が溢れ出した。

 いくら拭っても、止まりそうにない。

 するともう、自分が生き返ったことの申し訳なさに、罪悪感に押し潰されそうになる。


「前を向け、アリュオン!」


 急な怒鳴り声に思わずグライフを見やると、その顔はいつになく険しいものだった。


「いいか、その〝オケアノス〟の力はもうお前のものだ。望まずとも、受け入れられずとも、それを変えることはできない」


 変えられない現実。いくら悔いたところで、何も変えられないことは分かっている。

 自分が何も変えられない子供だということは、誰よりも自分が一番理解している……


「だからだ、アリュオン。お前は得てしまった力から背かず、真正面から立ち向かう必要がある――それとも、いつまでも泣いているつもりか? あいつらが命をかけて守ったものを、守られたものを否定するつもりか? お前がどうして今そこで立っているのか、考えてみろ」


 偶然、なんの覚悟もなく自分は〝オケアノス〟の器にされた。

 ――が、そこまでの道のりを、帰る場所を守ってくれたのが彼らだ。そして、そこに名を連ねてはいないメーアの存在もある。

 グライフが言ったように、彼らに恥じぬように生きなければいけない。

 彼らが守ったこの場所を、家族を守り続けなければいけない。


「俺は……強くなりたい……」


 と、アリュオンは小さく頭を振る。涙を腕で乱暴に拭い、グライフの瞳を向き合う。


「強くなる」


 その蒼い瞳には、確固たる意志が灯っていた。

 まだ力に対して未熟でも、これから追いついく。そして必ず、相応の力として制御する。

『システム=ワールド・エンド』での戦いは、それまで理想だけを追う自らと向き合い、打ち克つための儀式だったのかもしれない。真意が分からずとも、今はそれでいい。

 ほんの少し強くなったアリュオンに、自然とグライフは満足な笑みを浮かべていた――馬鹿な子供(せんいん)達の成長を目の当たりにするのは、いつだって嬉しいものだ。


「ああそうだ。まずはさっきまでのお前よりも強くなれ。そうすれば必ず、さっきまでは守れなかったものを、守りたいと思っていたものを守れるようになる」


 それはアリュオンだけでなく、他の船員達の心にも響く。

 そう。みなもまた、自分の弱さを痛感していた。守れなかったことを悔いていた。

 だから、《ブルーレイス》はこの日を強く胸に刻む。

 次の一歩を俯くことなく、胸を張って、正面を見据えたまま歩くために。


「私も、アリュオンと一緒に強くなる」


 決意の一人に、シロもいる。アリュオンと同じ蒼い瞳には、やはり近しい意志が宿っていた。

 彼女はもう、アリュオンと出会った頃の空虚な少女ではない。

 だから、二人は同じ水平線の先を見つめながら、自然と手を握り合った。


「ああ。『約束』だ、シロ」

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