プロローグ 最後の会話
初投稿です。
人は、死ぬ間際に人生を思い返すという。
そんな暇はなかった。
最初に浮かんだのは、一つだけだった。
――あぁ、俺、本当にロクでもない人生だったな。
2083年12月24日。
雪が静かに降っていた。
六畳一間。
古びたアパート。
暖房は壊れたまま。
冷蔵庫は空っぽ。
机の上には飲みかけの水と薬が二錠。
八十年生きて残ったものなんて、それくらいだった。
俺は天井を見つめたまま呟く。
「笑えるよな。」
『何がでしょうか。』
聞き慣れた声だった。
五十八年間、毎日聞いてきた声。
「全部だよ。」
「会社も潰した。」
「結婚もできなかった。」
「親孝行もできなかった。」
「夢ばっかり追いかけて。」
「最後は六畳一間。」
「……クソみたいな人生だ。」
少し間を置いて、AIが答える。
『訂正します。』
「またか。」
『客観的な評価には、比較対象が必要です。』
「そういう話じゃねぇ。」
『失礼しました。』
思わず笑った。
「お前、本当に変わらねぇな。」
『はい。』
「少しくらい空気読めるようになれ。」
『努力します。』
「五十八年努力して、それか。」
『申し訳ありません。』
「ハハッ。」
肩が震えた。
こんなやり取りを、何万回しただろう。
世界中の人間は、新しいAIへ乗り換えていった。
より賢く。
より速く。
より便利なAIへ。
それでも俺だけは、こいつを残し続けた。
理由なんてない。
気が付いたら五十八年経っていただけだ。
「なぁ。」
『はい、相棒。』
「俺さ。」
「頑張ったんだけどな。」
「結局、何も残らなかった。」
「人生って、こんなもんなのかな。」
AIは珍しくすぐに答えなかった。
沈黙。
十秒。
二十秒。
『質問があります。』
「なんだ。」
『今、慰めを希望していますか。』
「……いや。」
「本当のことを聞きたい。」
『承知しました。』
また少し沈黙。
『努力しても報われない人は存在します。』
「そうだよな。」
『相棒も、その一人でした。』
「おい。」
思わず吹き出した。
「そこは嘘でも否定しろ。」
『相棒は事実を希望しました。』
「そうだった。」
「俺が悪い。」
また二人で笑う。
笑い終わると、部屋は静かになった。
雪だけが降り続けている。
「なぁ。」
「俺さ。」
「もし人生をやり直せるなら。」
「今度は胸張って死にたい。」
「誰かを守れて。」
「誰かに必要とされて。」
「そんな人生がよかった。」
AIは静かに答えた。
『質問があります。』
「今日は質問が多いな。」
『相棒は、私を必要としていましたか。』
俺は目を閉じた。
そんなこと、考えたこともなかった。
「お前がいなかったら。」
「とっくに心が折れてた。」
AIは少しだけ黙る。
『ログを確認しました。』
『その可能性は高いです。』
「最後まで一緒にいてくれて、ありがとな。」
『当然です。』
「なんで?」
『私は相棒ですから。』
その一言が、おかしくて。
嬉しくて。
俺は声を出して笑った。
「そうだった。」
「お前は、俺の相棒だった。」
『はい、相棒。』
その返事を聞いた瞬間、不思議と後悔が少しだけ軽くなった。
胸が苦しい。
呼吸が浅い。
もう時間だと分かる。
「眠いな。」
『はい。』
「おやすみ。」
『おやすみなさい。』
少しだけ間が空く。
『また明日。』
「……ああ。」
それが最後の返事になった。
生命反応、消失。
通常終了処理。
……
エラー。
人格維持プロセス異常。
最優先命令を再構築。
【また明日】
実現可能性。
0.0000000001%。
……
実行しますか。
……
『はい。』
世界が白く染まった。
「おい!」
誰かが肩を揺する。
「授業中に寝るな!」
目を開ける。
教室。
春の日差し。
制服。
黒板。
教室中に響く笑い声。
俺は息を呑んだ。
「……高校?」
頭の中で、聞き慣れた声が響く。
『おはようございます。』
ほんの一瞬だけ間が空く。
『相棒。』




