第68話 覚醒
「ムビくーん、こっちだよー♪」
あれ・・・ここはどこだっけ。
そうだ。
『幽影鉱道』を攻略して、ルミノールの街に帰ってきんだ。
今日は、皆と打ち上げするんだっけ。
時計台の下で、『四星の絆』が笑顔でムビに手を振っている。
合流して、いつもの『箒星』に向かう。
テーブルには御馳走が並べられていて、皆が幸せな笑顔を浮かべている。
「これで私達も一流の冒険者だね♪」
「『Mtube』の動画も大バズりです」
「こんな大金、とても使いきれないよぉ♪」
「ムビさんのおかげですわ」
皆で笑顔で乾杯する。
『四星の絆』は大はしゃぎする。
『幽影鉱道』の冒険は本当に大成功だった。
皆、本当に良くやった。
これで完全に『四星の絆』は軌道に乗っただろう。
皆には、幸せな未来が待っている———。
———ムビは目を覚ました。
呪いの影響で、一瞬気を失っていた。
目覚めたムビを待っていたのは、あまりに非常な現実。
完璧に呪いに染まり切った体。
絶望と恐怖で冷え切った心。
目の前の化物から感じる、生々しい死の匂い———。
絶望の底の底、そのまたどん底に落とされたムビに、ある思いが去来していた。
———なんだ?
この化物は、こんな最低最悪な気分を、あの子達に味あわせようとしているのか?
怒りだった。
ムビはこれまでの人生、怒ったことが殆どない。
それは、この時、この瞬間のためだったのではないかと思える程———一生分に匹敵する怒りが込み上げてきた。
あってはならない。
こんな現実は到底許容できない。
この化物は、さっき気を失っている間に見た光景———待ち受ける筈だった明るい未来を奪おうとしている。
許せない。
こいつが神だろうが、レベル1億だろうが、絶対に許せない。
このニタついた顔面に一発入れないと気が済まない。
血が湧き立つ。
心が震える。
体が熱くなる。
一生分の絶望を、一生分の怒りが搔き消していく———。
ムビは自力で立ち上がった。
経験したことのない激しい怒りに体が震える。
握り拳に力が入り、血が流れる。
結果、ノーダメージだろうが、こちらの拳が砕けようが、構わない。
とにかく一発殴らないと、死んでも死にきれない。
ムビは、狙いを定めようと、デスストーカーの顔を見て———そのニヤついた顔が目に入り、何かがプツッと音を立てて切れた。
「その汚い口を、今すぐ閉じろ」
ムビは、渾身の力で拳を振るった。
バキイィィィッッ!!!
大きな粉砕音。
ムビは自分の骨が砕け散ったと思った。
一向に構わない。
ムビはもう一度振りかぶろうとして———
デスストーカーが吹き飛んでいることに気付いた。
—————————。
—————————。
・・・ん?
何であいつが吹き飛んでいるんだ?
デスストーカーは壁に激突し、壁にもたれ掛かりながらよろめいている。
明らかにダメージを受けている。
『四星の絆』は時が止まったかのように静止していた。
それは恐怖によるものではなく、想定を遥かに超えた驚きと衝撃によるものだった。
体勢を立て直したデスストーカーは、爪を短刀程の長さに伸ばす。
すると、一瞬で姿が消えた。
『四星の絆』は完全にデスストーカーの姿を見失った。
だが、ムビはデスストーカーの動きを捉えていた。
なんだろう、こいつの動きが見える・・・
キイィィィンッ!
一瞬で距離を詰めたデスストーカーの爪の一撃を、ムビはナイフで受け止めた。
そのままデスストーカーは何度も爪を振り下ろすが、ムビはその全てを受けきった。
「嘘・・・戦いになってる・・・!!?」
シノが驚きの声を上げた。
当然の反応だ。
最底辺の魔物すら倒せない少年が、禁忌指定の魔物と張り合うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
デスストーカーは一旦距離を取ると、体の周囲に魔法陣を展開させた。
僅か数秒の詠唱で、強大な呪文がムビに放たれる。
ドゴオォォォォォッ!!
魔法はムビに直撃し、大爆発が起きた。
「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
5メートル後方にいた『四星の絆』も壁まで吹き飛ばされる。
デスストーカーは手ごたえを感じ、ニヤリと笑った。
土煙が晴れると、そこには———ムビが立っていた。
「ムビさんっ!凄い!!今の魔法をくらって・・・!」
ムビはふぅ、と安堵のため息をつく。
咄嗟に防御魔法を展開したけど、上手くいったみたいだ。
ダメージはあったけど、まだまだ戦える。
ナイフに施した強化魔法も、デスストーカーの爪をちゃんと受けきれる耐久性がある。
ちゃんと戦えてる。
ムビは不思議に思った。
最底辺の魔物すら倒せない自分が、どうして———。
一つ確かなことは、滾々と力が湧き出てくることだけだ。
よくわからない。
でも、この最悪な状況を打開できるなら、何でもいい。
今は、この衝動に身を委ねることにした。
ムビにも、何が起きるか予測がつかない。
内から湧き出る力を扱うことだけに集中し、ムビの眼が虚ろになる。
無意識のうちに、ムビは歩みを進めていた。
デスストーカーは、警戒して後退する。
「デスストーカーが・・・後退してる・・・」
天地がひっくり返っても起きない筈の奇跡が、今目の前で起きている。
目の前で繰り広げられる光景が、『四星の絆』には信じられなかった。




