第341話 救済を名乗る影
俺は逃げるようにフィールドを後にし、『四星の絆』の控室の扉を押し開けた。
いつもなら愚痴を言い合える仲間たちは、今日はいない。
広い控室のベンチに、一人腰を下ろす。
大観衆から浴びせられた、信じられないほどのヘイト。
まるで罪人の公開処刑のような空気だった。
嫌われている自覚はあったが、今日のそれは桁違いだった。
———いや、もしかしたら、これまでも同じくらい嫌われていたのかもしれない。
『四星の絆』のみんなが、俺へのヘイトを和らげてくれていただけで。
「なんでいつも、足を引っ張っちゃうんだろう……」
誰もいない控室で、独り言が漏れた。
『四星の絆』の仲間たちは、皆強く、才能に溢れ、容姿端麗で愛嬌もある。
俺さえいなければ、きっと人気冒険者パーティになっていただろう。
おもむろにスマホを取り出す。
ミラから「試合前は見るな」と止められていたが、指が勝手にSNSを開いていた。
エゴサした瞬間、画面いっぱいに広がる罵詈雑言の嵐。
その99%が事実無根。
DMには殺害予告まで届いている。
フリックするたび、体が痺れ、頭がぐるぐる回った。
いつもならきっと、こんなの受け流せる。
でも、今日は違った。
リリスに裏切られ、仲間も不在で、気持ちがひどく落ち着かない。
誹謗中傷の一つ一つが、脳髄の奥にまで突き刺さる。
「……だからそれも、やったのはゼルなんだって!」
思わず声が出る。
フリックが止まらない。
試合前に、こんなことしちゃいけないのは分かっている。
集中しなければならない。
でも、指が止まらない。
うるさい。
うるさい。
うるさい。
「———こんな負け確の状態で、どうしろって言うんだよ!!」
———ガシャン!
生まれて初めて、スマホを投げた。
ロッカーに当たって落ちる。
そのままベンチに仰向けになり、項垂れた。
「……ごめん、みんな……ごめん……」
情けなさと申し訳なさで、目頭が熱くなる。
今から俺は、『白銀の獅子』に一人で向き合わなければならない。
まるで、あの頃に戻ったみたいだ。
『白銀の獅子』に在籍していた、あの息苦しい日々。
いつもビクビクして、無力感に苛まれ、周りの顔色ばかり伺っていた。
自分なりに頑張ったつもりだった。
素敵な仲間に出会い、たくさん助けてもらった。
それでも結局、何も変えられなかった。
何も変えられない、ダメな人間。
そういう星の下に生まれたのだろう。
自分の運命を呪わざるを得ない。
「———お困りのようだね」
背筋がゾッとし、跳ね起きた。
誰もいないはずの部屋に、女性の声が落ちたから。
「……だ、誰……!?」
いつの間にか、ロッカーの前に黒いフードの女性が立っていた。
顔は見えない。
「ほんと、世の中って酷いよね。何も知らないくせに、熱だけは異常なんだから」
女性は足元のスマホを拾い、こちらに近付いて来た。
「はい、スマホ」
ひび割れたスマホを手渡される。
「……あ、あなたは誰ですか……?」
「はじめまして、ムビくん。私のこと、知ってるかな?」
女性がフードを外す。
その瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
「……ミ、ミナリィ……!?」
黒いマスク。褐色肌の、整った顔立ち。
目の前にいたのは、紛れもなく世界一の『Mtuber』、ミナリィだった。
「あっ、僕のこと知ってるんだ? 嬉しいー♪ ひょっとして、ミナ友だったりする?」
「……あなたのことを知らない『Mtuber』なんていませんよ……」
心臓がドクドクと跳ねる。
自分の業界の頂点が、目の前にいる。
「実は僕、君のファンなんだ♪ だから、君のことを応援しようと思って」
「ファ……ファン……?」
「そう。君のことは、ずっと見ていたよ」
柔らかく目尻が下がる。
「皆酷いよね。本当の君は優しくて頑張り屋なのに、だーれも君のことを評価してくれない。でも、僕は知ってるよ。君が仲間想いの、最高にクールなやつだって」
心臓が震える。
今一番欲しい言葉を、世界一のインフルエンサーが惜しげもなく投げかけてくる。
「悪いのは全部、『白銀の獅子』なんだろう? 僕は知ってる。君は潔白だ。本来罵声を浴びるべきなのは、あいつらの方さ」
「……し、信じてくれるんですか……?」
「もちろん。言っただろう? 僕は君のファンなんだ。例え世界中の人間が君を笑っても、僕だけは君の味方だ。君の言うことは、ぜーんぶ丸ごと信じてあげる♪」
ミナリィがにっこりと笑う。
「でも、だからこそ許せないんだ。君がこんな不当な扱いを受けるのは」
ミナリィは腕を後ろに組み、ベンチの周りをゆっくり歩く。
「一ファンとして、このまま君が負けてしまうのは忍びない。———だから、ささやかながら、君に助力をしようと思う」
ミナリィが手を掲げると、空中に魔法陣が浮かび上がった。
そこから一本の剣が現れ、地面に突き刺さる。
「ほら、魔剣だよ。これを君に進呈しよう。なーに、僕からのプレゼントさ」
「ま、魔剣……!?」
マスクの奥で、ミナリィの口元がニヤリと歪んだ。




