第301話 準決勝・中堅戦3
セツナは口元に白い指を添え、くすりと笑った。
その笑みは優雅で、しかしどこか人を見下す冷たさを孕んでいる。
「私が全力かどうか……ですって? 言うじゃない。支配者たる私が、あなたごときに全力を出すとでも?」
挑発するような声音。
サヨは対照的に、氷のような無表情で返す。
「サルを従えた程度で支配者気取り……ですか。勘違いも甚だしいですわ。お前は所詮お山の大将。ボス猿風情が調子に乗れば、火傷では済みませんよ?」
「あはは。見誤っているのはあなたの方よ、サヨ。私に支配できないものなんてない。人も、金も、愛も、この世の摂理でさえも……」
セツナは杖をくるりと回し、軽く地面を叩いた。
「いいわ。少し本気を見せてあげる。試してみるといい……私が、お山の大将なのか」
——カッ!
空気が裂けた。
次の瞬間、セツナの杖から直径数メートルの雷撃が放たれた。
何の前触れもなく放たれた強大な呪文に、サヨは目を見開く。
——バチバチバチィッ!
轟音とともに雷が地面を抉り、壁を砕き、フィールドの半分が一撃で崩壊する。
「な……なによ、この魔法……!?」
ルリが思わず叫んだ。
会場全体が揺れ、悲鳴が波のように広がる。
土煙を切り裂き、サヨが飛び出す。
しかし、セツナの冷たい瞳はすでにその動きを捉えていた。
杖を振るうと風が吹き荒れ、全方位から真空刃がサヨを襲った。
——ズバババババッ!
フィールド内に突如、ハリケーンが発生したかのような暴風が吹き荒れ、バリアを激しく揺らす。
中心にいたサヨは切り刻まれ、地面に墜落する。
天変地異のような魔法に、ルリの背中から汗が噴き出た。
「め……滅茶苦茶すぎる! サヨの起源魔法並の威力じゃん……!?」
観客席のシェリーですら目を見開いていた。
「嘘でしょ……私の高速詠唱並みの威力が出てる……」
「……だよな!? 異常だぞ、この威力!」
シンラは身を乗り出していた。
ナズナがシェリーに問う。
「あのセツナって子……何者なの? 高速詠唱の使い手ってこと?」
「多分……いや、それにしても完成度が高すぎる……。魔力のタメが全くないなんて……」
「どういうこと?」
シェリーが息を呑む。
「……普通、魔法を撃つ前には一瞬タメが発生するんだ。詠唱破棄だろうが高速詠唱だろうが、どれほど早く魔法を撃とうとしても、零コンマ数秒のタメが発生する。……それなのに、あのセツナって子……ほとんど0秒で魔法を放ってる。……いや、私の目には、完全に0秒に見える」
シンラが歯を食いしばる。
「だよな。あいつの動きには起こりがねぇ。攻撃の前には殺気や気配がするもんだ。戦い慣れしてる奴ほどそれを察知して対処する。だが——あいつは涼しい顔しながら、突然サヨの起源魔法クラスを連発して来やがる。あんなの、私でも対処しきれねぇぜ……」
瓦礫の中から、サヨがよろめきながら立ち上がる。
シンラの頬に汗が伝う。
「しかし、サヨも大したもんだぜ……。シノやルリなら、今ので死んでるかもしれねぇ」
「えぇ……あれ食らって立てる時点で、サヨも十分化物だよ……。だけど、仮にサヨが起源魔法を使えたとしても、もう勝機は……」
ズタズタの衣服。
全身から血を流しながらも立つサヨを見て、セツナは楽しげに笑った。
「あら。立ってくるのね。あなたはやっぱり、ちょっと特別みたいね」
サヨはふらつきながら詠唱を始める。
「遅い」
——ガカッ!
セツナの杖から雷が飛ぶ。
詠唱する暇すらなく、サヨは回避に専念する。
防戦一方の状況にユリは歯噛みする。
「くそうっ! 頑張れ、サヨっ……! 回避に専念して、なんとか隙を見つければ……!」
その瞬間、セツナの姿が掻き消えた。
——シュンッ。
サヨの回避先に、杖を構えたセツナが現れる。
サヨが振り向く間もなく、既に呪文が放たれようとしていた。
「嘘でしょ!? 速すぎ——」
——ガカッ!
巨大な雷がサヨを飲み込み、壁まで吹き飛ばした。
審判がカウントを始める。
「ダウン! ワン……ツー……」
セツナの圧勝劇に、『エヴァンジェリン』陣営から歓声が上がった。
ジニーは高笑いをする。
「ぐはははは! いいぞセツナ! これが『エヴァンジェリン』の真の力よ!」
会場は騒然とする。
「おい……今の見えたか!?」
「いや……早すぎて全然……」
「転移魔法使ったんじゃねぇか!?」
「攻撃もスピードも化物すぎる!? こんなの、誰も敵いっこねぇ!」
——ガラガラッ。
瓦礫の中からサヨが立ち上がり、カウントが止まる。
「サヨ、立ち上がりましたぁーっ! しかし、逆転する術はあるのか!?」
「これは……さすがに、もう打つ手はないでしょうな。セツナがこれほど強いとは……。古の大魔導士を見ているようです」
準決勝を控える『白銀の獅子』と『ドラゴンテール』も、真剣な眼差しで見つめていた。
「まさか……人気アイドルが、あんな化物だったとはな」
「へへへ……いいじゃねぇか、魔物化した俺たちの力を試す絶好の機会だぜ♪」
「まったく、どうなってんのよこの大会……。マルス、あいつに勝てそう?」
「……正直、勝てるイメージは全く湧かないな。ステータスも、戦闘技術も向こうが上。しっかり対策を考えないと……」
セツナの圧倒的な力は、フィールドのみならず観客席までも飲み込み支配していた。
誰もが勝てるイメージを描けない。
——たった一人を除いて。
「ふむ……」
ミラが眉をひそめる。
「なぁ、ナズナ。あいつ、速いか?」
「えっ……?」
ナズナは恐る恐るミラを見た。
「速い以外の答えがあるのか?」と言いたげな目だ。
「うん……めちゃめちゃ速いよ……。私の目にも止まらないくらい……」
「そうか。速いか」
ナズナは軽く息を呑む。
「ミラは、速く感じないの……?」
ミラはフィールドを見つめたまま答えた。
「あぁ。滅茶苦茶遅く見える」
その答えに、3人が息を呑んだ。
「……お前、やっぱ化物だな」
「ふぅむ……そうかのう?」
ミラは首を傾げた。
(別に、特段速くは感じない。というより、むしろ……)




