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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
三章 学びの塔は、青く苦い春にある
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金花寮【2】




 金花寮きんかりょうの談話室で入学手続きを終わらせ、馬車の中の荷物が全てエルフリーデの部屋に運び込まれると、それでシュタールの父兄としての役割は終わった。

 金花寮の前庭で、出発を待つ馬車の手摺に手をかけようとして、ふとシュタールは思い出したように振り返った。


「エルフリーデ、こちらへ」


 エルフリーデが手招きに応じると、シュタールは彼女の両肩に手を置いて、ポンポンと軽く叩き、頑張りなさいと勇気付けた。


「其方の思うようにやればよい。……アレスを宜しく頼む」


「はい、お父様」


 シュタール王は名残惜しそうに、かつて根を下ろしていた館を見上げる。そして、今度は振り返らず、馬車に乗り込んで、学問塔を後にした。


「エルフリーデ殿下は、兄上を父と呼ぶことに抵抗は無いのですか?」


 馬車が見えなくなって、これからどうするのだろうとエルフリーデがクラウスを見上げると、彼は馬車が過ぎ去った方を見つめたまま、エルフリーデに問いかけた。

 エルフリーデは不意をつかれたように目を瞬かせて、表情の乏しい叔父の横顔を見つめた。


「お父様のいないところでは、兄上とお呼びになるのですね」


「今はその話では無いでしょう」


「そうでした」


 エルフリーデは少し考えて、それからへらりと笑った。


「よくわかりません」


 クラウスは首をかしげた。

彼の眉間にほんの僅か、皺が寄る。


「七歳までの記憶がない私には、父というものがどういうものかよく知りません。本当のお父さんと過ごした時間も少ないですし。でもせっかく、こうして形式上はいるのだから、これから知っていけば良いと思うのです。だからお父様とお呼びするのです」


「よく、分かりません」


 エルフリーデと全く同じ言葉を返して、あっとクラウスは指先で自分の唇を抑える。

一瞬彼の氷のような表情が崩れた気がして、なんだかそれがエルフリーデには少し嬉しかった。


「クラウス叔父様は、私を心配してくださっているんですね。お兄様の心配性なところは、叔父様譲りなのでしょうか」


 先生、ですよとクラウスは嗜めて──ふ、と小さく息を吐き、また表情を引き締める。


「そういえば貴女は、アレス殿下とも親しくしておいでと伺いました。彼に対しても、同じ理屈ですか?」


「お兄様は、簡単です」


 エルフリーデはにこりと笑った。


「あの方は、放って置けない人ですから」




 学問塔の入学式は、在学生によって準備が進められ、日が沈む頃に執り行われる。

最も高い塔──本塔の一階、エントランスホールを抜けた先にある大講堂は、学生たちの手によって暁の王国の国旗や五色の紋章付きの旗が壁にずらりと飾り付けられていた。

大講堂は二階、三階部分が吹き抜けになっており、高い天井からは一つ、巨大なシャンデリアが吊り下げられて、それが講堂を煌々と照らしている。

これは国で一番大きな精霊具だと、在学生が自慢げに新入生に教えて聞かせるのが毎年の伝統だ。

 複雑な模様が寄木で描かれた床には長椅子がずらりと並べられ、縦四列で四つの色に色分けされている。左から緑、青、赤、灰色だ。

そしてその奥に、舞台のような壇が設けられ、壇上には教師の席が横一列に並んでいた。


 エルフリーデは、その壇上を見下ろすようにして──二階の向かって右側のバルコニー席に座っている。

椅子は白地に金糸の刺繍が入った豪奢な織物が張地に使われていて、非常に柔らかな座り心地だ。

この特別席が、金花寮の生徒のための椅子だった。


「エルフリーデ、緊張しているか?」


「お兄様!」


 アレスはふんわり笑ってエルフリーデを覗き込むと、その隣の席に腰を下ろした。


「その制服、よく似合っているぞ」


「ありがとうございます」


 彼もエルフリーデも、学問塔の制服に身を包んでいる。エルフリーデは襟元や袖口に金糸の刺繍が入った真っ白な詰襟の上着に、クリーム色のミモレ丈のワンピース。

アレスの纏っている男子学生用の制服は、同じ意匠の上着に、チャコールグレイのズボンだった。


「お兄様とお揃いの服だと思うと、なんだか嬉しいですね」


「そ、そうか……? お揃いか……うん、確かにこれはそうだな。揃いの服だ」


 アレスは手で口元を覆ってエルフリーデから少し目をそらした。

赤紫の髪から覗く耳元が、少し赤くなっている。

エルフリーデはそれに気づかずに、そういえばと無邪気に続けた。


「この制服って寮ごとに襟元と袖口の刺繍が違っているのですよね?」


「あ、ああ……そうだが」


「では、他にももう一人、お揃いの方がいらっしゃるのでしたね! 白峰はくほうの……確か、イスラ様」


 アレスはピシリと、石にでもなってしまったかのように固まってしまった。

エルフリーデが目の前でひらひらと手を振ると、ハッと我に帰る。


「そ、そうだな。別に僕と其方だけということではなかったな……ははは」


「でも……もうそろそろ、入学式が始まる頃合いですが……イスラ様はいらっしゃらないのでしょうか?」


「他国の王族は席が離されるんだ。ほら、向かいにもバルコニー席があるだろう?」


 アレスに言われて見ると、確かに向かいにもバルコニー席があった。

講堂の様子に気を取られていて、ちっとも気づかなかったが。

 エルフリーデは目を凝らして、少し離れたその席を見る。

一人の少年が、頬杖をついて大講堂を見下ろしていた。

遠目でも金の髪と頭上に枝分かれする薄い灰色の鹿の角と耳が見えて、エルフリーデは目をパチクリとさせた。


「獣人の方と聞きましたが、本当に動物のような耳や角が生えていらっしゃるのですね」


「ああ、そうだな。あの角は近くで見ると実に見事だぞ。……いいか、エルフリーデ。獣人は力の強い種族が多いが、見た目とその力以外は人とそう変わらない。其方ならば心配ないとは思うが、妙な偏見は持たず、普通の人間と変わらず接すればいい」


「はい! 勿論です、お兄様。クラウス先生にもお約束しましたが、同じ学年だそうですし、仲良くさせていただきたいです」


 エルフリーデがぎゅっと手のひらを握って意気込むと、アレスは途端にすっと目を逸らして、なんとも言い難い、肯定したいようでしたくないような、複雑な顔をした。


「いや、その……なんだ。うむ……当たり障りのない程度で良いだろう」


 歯切れの悪い言い方に首をかしげると、アレスはなんでもないと首を振った。

エルフリーデは首を捻りながらもアレスから講堂に目を戻そうとして、ふと向かいのバルコニーの少年と目が合った、気がした。

遠くて良くは分からないが、なんとなく彼が笑っているような気がして、エルフリーデはぱちぱちと瞬きする。


「どうした? エルフリーデ」


「イスラ様が……」


 そう言った時、イスラが口元に指先を当て、それをエルフリーデに向けた。そんな風に見えた。

エルフリーデにはそれが何を意味するのか分からず、とりあえず同じ行為をして見せると、イスラは腹を抱えて──崩れ落ちた。

 彼女が真似たその仕草を見たアレスは、思わず椅子からずり落ちそうになり、慌てて座り直し、エルフリーデの肩を掴む。


「え、える、えるふりーで!? 今、そ、そなた、何を……!!」


「え? これですか? 何の意味があるんですか?」


 エルフリーデは口に指先を当て、その指先を兄に向ける。

アレスは肩を跳ねさせると、顔を真っ赤にしてその手を掴み、彼女の膝の上に無理やり下ろした。


「それはその、投げ……投げキッスとか学生の間で言われているもの……だな。あまり無闇矢鱈に振りまくな。其方の唇はそう安くはない」


「え、そうなんですか? でも向かいの王子様はやっていましたよ?」


 エルフリーデが掴まれていない空いた手で向かいのバルコニーを指し示すと、未だ腹を抱えて身を捩っている他国の王子がいる。

アレスはすっと顔から表情を無くすと、エルフリーデの肩を抱き寄せた。


「お兄様、どうかなさいましたか?」


「良いか、エルフリーデ。何でもとりあえず受け入れる其方の懐の深さは美点だが……分からなければ、鵜呑みにせず、真似をせず、一度僕に確認しなさい。分かったか? 分かったな?」


「はい、お兄様」


「分かればよろしい。ああ、どうして僕は其方と同学年ではないのだろうか……」


 心配だ、とアレスはため息をついて、エルフリーデの頭に頬を寄せた。

エルフリーデはどうして兄が急にべったりになったのかとんと分からず、とりあえず彼の頭を撫でて宥める作戦に出ることにしたのだった。



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