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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
二章 お兄様と呼んでもいいですか?
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精霊塔へようこそ【4】





「失礼、ドレヴァンツ閣下はこちらにおられますか?」


 エルフリーデ達が用意された朝食を綺麗に平らげた頃、ベルノルトが部屋のドアを叩いた。


 ベルタが扉を開くと、彼は律儀に「失礼する」と断ってから部屋の中を覗く。

部屋の真ん中のソファーで呑気に食後の紅茶を啜っている上司を見つけ、ベルノルトは思いっきり顔を顰めた。


「やはりこちらにおいででしたか」


「ええ。親元から離れた少女が寂しく過ごしていないか、心優しい私は心配で」


「……大変結構ですが、ご自分の執務の進捗にも気を回していただきたい」


「おや、私は今日しなければならない事は全て済ませましたとも。残りは明日済ませれば問題ありません。明日できる事は、明日すれば良いのです」


 ベルノルトは舌打ちしそうになって、しかしエルフリーデがオロオロして困っているのを見ると、グッと堪えた。

 大変今更なことではあるが、子供に大人が言い争っている様を見せる事は教育上よろしくない。


 ベルノルトはどうにか冷静さを取り戻すと、エルフリーデに向き直った。


「お騒がせして申し訳ありません。……よく休めましたか?」


「は、はい! あの、たくさんのぬいぐるみをありがとうございます! とても可愛いです!」


 エルフリーデは立ち上がると、小走りにベッドへ向かって、寝台の上にちょこんと座っているぬいぐるみをいくつか抱き上げる。

それをフリートヘルムに見せびらかすように、彼の前に持って来て、テーブルに一つ一つ乗せていった。


「これ、全部ベルノルトさんが作ったと聞きました! すごいですよね?」


 それを聞いたフリートヘルムは、勢いよく振り向いて、苦い顔をしているベルノルトを見ると、珍妙なものを見るような目でまじまじと彼を見つけた。


「其方、こういったものが好きなのですか?」


「何か可笑しいですか」


「いえいえ、そんな。人の趣味を笑ったりはしません。ですが、人は見かけによらないものですね」


 てっきり笑われると思っていたベルノルトだったが、むしろフリートヘルムは興味深そうにぬいぐるみを手に取ってしげしげと見つめている。

 この上司の、妙なところで懐が深いところは、ベルノルトも嫌いではなかった。


「しかし、これは良いですね。ベルノルト、ポケットに入るような大きさの物はありませんか?」


「こちらのヒヨコちゃんはいかがでしょう」


 ベルノルトは懐からサッと卵大の黄色いヒヨコを取り出す。

 どうして持ち歩いているのか、とか、ヒヨコちゃんという呼び名は可愛すぎやしないか、とか、深い事は気にしないようにして、フリートヘルムは礼を言って受け取る。


 しげしげとヒヨコを観察したフリートヘルムは「其方らしい几帳面で綺麗な縫い目ですね」と言うや否や、懐からハサミを取り出すと、一切の躊躇いなく褒めたばかりのその縫い目をプチプチと切った。


「な、な、何をするんですかっ!?」


 エルフリーデは思わずフリートヘルムの腕を引っ掴んで揺さぶるが、フリートヘルムは軽く笑ってされるがままになっている。


「ははは、エルフリーデ様の反応は、我々研究者からすると新鮮で良いですね」


「閣下、楽しんでいないで、改造するのでしたら手早く済ませてください」


 作者のベルノルトが動じていない様子を見て、エルフリーデはおずおずとフリートヘルムの腕を掴んでいた手を離す。

 改造、という事はいたずらに壊したわけではないという事だろう。

 切れた縫い目から綿がはみ出ている様は痛々しいが、このヒヨコがどうなってしまうのか興味もあって、エルフリーデはフリートヘルムの手元に集中する事にした。


「よく見ていてくださいね」


 フリートヘルムはそう言うと、腰元に下げられている革の小物入れから空豆ほどの大きさの、空豆色の石を取り出した。


「空豆ですか?」


「似ていますが、違います。これも精霊石ですので、食べられませんよ」


 それを縫い目を切った裂け目から押し込むと、フリートヘルムは左手の掌に載せる。

右手でもう一つ小物入れから小指の先ほどの大きさの黄色い石を摘み出すと、親指と人差し指の上に乗せ、そのまま親指でピンと真上に弾き上げた。


 弾かれた小石は黄色の光を放って霧散し、すると同時に、ヒヨコのぬいぐるみが浮き上がる。

するすると空中に現れた黄色い紐状の物が縫い目を辿ってゆき、元どおりに縫い合わされた。


 驚いたエルフリーデが思わずぽかんと口を開けてしまうと、フリートヘルムは苦笑して、彼女の顎の下に指をやり、くいっと上げて口を閉じさせる。


「いけませんよ、お姫様になるのですから」


 エルフリーデは思わず顔を赤く染めてコクコク頷き、後ずさった。


「気を付けます……。あの、でも、これ、どうなっているんですか?」


 エルフリーデは首を傾げて、フリートヘルムの掌の上に転がるヒヨコを指先でつつく。

触っても、特に何かが起こる事は無かった。


「中に入れたのは、精霊との繋がりを通常の人間程度まで弱めるための石です」


 フリートヘルムの説明に、エルフリーデは時の妖精──雄鶏が言った、『お嬢ちゃんの声はヨォく耳に響くンダ』という言葉をふと思い出した。


「エルフリーデ様の御心が精霊達に無意識に漏れないように抑えなくては、物資がいくらあっても足りません。ヴァイデ村では有り合わせで手を打ちましたが、そろそろきちんとした御守りをお渡ししたかったので」


「今回閣下が改造されたヒヨコちゃんは、部類としては"精霊具"と呼ばれる物になります。動力源となる精霊石が力を使い切るまで使用可能です。昨日利用された馬車や、花祝いの記録を撮った機材も全て精霊具です」


 ベルノルトが補足すると、エルフリーデは初めて聞く言葉に目を瞬かせて、”せいれいぐ”と口の中で反芻する。


「ベルノルトさん、精霊具って、みんな持っている物なのですか?」


「精霊具は精霊学を修めたものにしか扱えません。官吏や貴族の持ち物です」


 なるほど、と頷くエルフリーデに、そういえばとベルノルトは思い出したように尋ねる。


「念のため伺いますが、閣下は精霊や花の蜜について、どこまでお話しされたのですか?」


「ほとんど何も。私の話などより、家族と話す時間を持った方が良いだろうと考えましたので」


 意外な理由に、ベルノルトは目を見張る。

てっきり面倒事を押し付けたいだけだと思っていたが、フリートヘルムの静かな眼差しを見ると、どうやら方便ではないようだった。


 ベルノルトが覚えている限り、フリートヘルムはこのような気遣いができる男ではなかったはずだ。

昨日エルフリーデが語ったフリートヘルムのヴァイデ村での言動といい、エルフリーデへの優しさの滲む態度といい、何か心を揺り動かす物でも目にしたのか。


──それとも、自分と重ねて見ているのか。


 ベルノルトは探るようにフリートヘルムをじっと見て、しかし何も分かるはずがなく、早々に考えることを放棄した。


「では、私がご説明差し上げます。エルフリーデ様、書き留める物は必要ですか?」


 ベルノルトの言葉に、エルフリーデは大きく頷いて、ベッドのそばの書き物机にペンと羊皮紙を取りに走った。




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