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妹姫は護りたい!〜おひめさまの騎士道〜  作者: エカテリーネ安田
一章 お姫様にならないといけないんですか?
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花祝い【2】






 花祝いは日が暮れる頃、びょうの精霊石の前で始まった。

 集まった村人達が入り口の近くに集められた椅子に座り、ひっそりと見守る中──錆びた音を立てて入り口の扉が開いた。


 花祝いの衣装に身を包んだエルフリーデが、村長と精霊石の前に歩みを進める。

彼女がサロモンに促されて精霊石に触れると、蛍のような薄緑色の光が石から吹き出し、チラチラと雪のように舞い降りた。


「おねえちゃん綺麗だね」


「本当だな」


 座席の最前列でメルヴィとスヴェンが耳打ちし合う。その横で、マイラはじっとエルフリーデを見つめ、一粒の涙を溢した。


 エルフリーデが纏っている衣装は、今日のためにマイラが縫った自信作だった。

 膝下までの長さの、柔らかい布でドレープを何層も作ったドレスに、色とりどりの花の刺繍が施されている。

子供が七つになるまでに長い時間をかけて布に刺繍を施したものを使う──それが花祝の衣装の伝統だ。

 子供が花の蜜ではありませんようにと願いを込めて刺繍を刺すのだと、ヴァイデ村の老婆がフリートヘルムに語った。


「歳にしては大人びて利口な子供だったけども、まさか……花の蜜だったなんてねぇ。マイラさんは村で一番熱心に刺繍を習っておったが……可哀想に」


 花祝いの記録を取るために何人かの村人に話を聞いて回ったフリートヘルムだったが、皆が口々に『可哀想だ』と言うものだから、話を聞き終わった頃には罪悪感で軽く胃痛がする程だった。


「この光は、間違いなく花の蜜じゃな」


 サロモンは目の前で踊る小さな光の粒を見て、寂しそうに眉を下げた。

 エルフリーデが降って来る光の粒に触れると、彼女の耳に、どこか聞き覚えのある、低い、優しい声がした。


『おめでとう、エルフリーデ』


 ぱっと顔を上げて辺りを見渡しても、声の主は見つからず、エルフリーデは言いようの無い寂しさに、胸を引っ掻かれたような気がした。




 儀式の後は、村長の館の広間に沢山のご馳走が用意された。

 村人達は口々に、精霊石があんな風に光るのは初めて見た! と興奮して語り合い、子供達はフリートヘルムが王都から運び寄せた洋菓子に目を丸くし、頬いっぱいに詰め込んだ。


 大人達に酒が行き渡ると、大きな乾杯の声が上がり、隣町のアイヒェルから呼んできた小さな楽団が陽気な音楽を奏で始めた。


 軽快なバグパイプと弦楽器の音に合わせて村人達は手を叩く。


 呑気に音色に耳を傾けていたエルフリーデだったが、メルヴィに手を引かれて、広間の真ん中に作られたスペースに引っ張り出された。


「ほら、おねえちゃん!主役は真ん中だよ!」


「えっ!ちょっと、ま、まってっ」


 メルヴィが端に引っ込んで、一人広間の真ん中に取り残されたエルフリーデがあたふたしていると、人垣から進み出てきたフリートヘルムが彼女の前に跪き、手を取った。

背の高いフリートヘルムに見上げられるのは、どことなくくすぐったい気持ちがして落ち着かず、エルフリーデはもじもじする。


「エルフリーデ嬢、私と踊ってくれますか?」


 いいぞー! お役人さん! と囃立てる声が上がり、エルフリーデの顔がみるみる赤く染まった。


「あ、あぅ、」


 言葉になって無い声に、思わずフリートヘルムは小さく笑って、その手の甲に口づけた。

 ぴゃっ! と声にならない悲鳴を上げるエルフリーデに悪戯っぽく笑いかけると、フリートヘルムは立ち上がって彼女の手を引いた。

 目線が逆転して、今度はエルフリーデがフリートヘルムを見上げる。

エルフリーデは彼の鳩尾くらいの身長なので、本当に踊れるのか不安になってしまって、思わず握った手に力が入ってしまう。


「緊張してます?」


 見透かしたようにフリートヘルムは笑った。


「う、えっと……こんなにちんちくりんな私が、フリートさんとちゃんと踊れるのかなって……」


 語尾が萎む。思わず俯くと、フリートヘルムの声を抑えてくすくすと笑う声が降ってきて、エルフリーデは頭を上げた。

 フリートヘルムと目が合うと、彼は安心させるように微笑んだ。


「大丈夫、私に任せてください」


 フリートヘルムの言葉通り、気づけばエルフリーデは踊れていた。

実際はフリートヘルムが全ての動きをコントロールしていたに過ぎないのだが、片手を取られてクルクル回されたりヒョイと抱き上げられて、彼ごとぐるぐる回ったりしているうちに、エルフリーデはなんだか楽しくなってしまって、気づけば声を上げて笑っていた。


「わぁ、あはは、すごいですね! ふふふ! 楽しい!」


 フリートヘルムは無邪気に笑うエルフリーデに、目を丸くした。

家族との別れが刻一刻と迫っていたために、フリートヘルムが見ていた彼女はいつも、どことなく寂しそうだった。

 それが今、両脇を抱えて高く抱き上げ、ぐるりと回ってみせるだけで、宝石のようにその瞳が輝いて、花のような笑顔が咲く。

 本当はこのように笑える娘なのだと思い知って──針で胸を刺されたような痛みが走ったが、それよりも、自分のような人間でも彼女を笑わせることができたということに安堵した。

フリートヘルムは思わず嬉しくなって、目尻を下げる。


「貴女に楽しんでもらえたなら、私も救われた気分です」


 フリートヘルムはエルフリーデを地面に下ろすと、最後に彼女の手を取って一回だけくるりと回して手を離す。


「はい!楽しかったです!」


 エルフリーデが大きく頷くと、フリートヘルムは満足そうに微笑んだ。


「おねえちゃん、一緒に踊ろ!」


 待ち構えていたように、メルヴィがエルフリーデの両手を掴む。

フリートヘルムのおかげで踊ることがすっかり楽しくなっていたので、エルフリーデは迷いなく頷いた。


「はい、もちろんです!」


 残されたフリートヘルムはと言うと、エルフリーデの手が離れるや否や、あっという間に村の女性達に取り込まれてしまって、キャアキャア騒がれている。

困ったような愛想笑いを浮かべて、しかしご婦人方からは逃げきれないフリートヘルムに、メルヴィとエルフリーデは、バイバーイと手を振って立ち去った。


 それから姉妹は、トコトコ鳴る太鼓の音に合わせて、両手を繋いで、ぐるんぐるんと目が回るまで回った。

あんまり勢いよく夢中になって踊っていた──というよりは回っていたので、ふらふらになりながらご馳走の並ぶテーブルに突っ伏す。

 顔を上げると、広間の真ん中で踊る父と母の姿が見えて、メルヴィとエルフリーデは顔を見合わせ、クスクス笑った。


 メルヴィは小さな手でエルフリーデの手を握る。


「おねえちゃん大好き」


「私もです」


 姉妹はどちらからともなくギュッと抱きしめあった。

この夜が──家族として過ごす最後の夜であることは、幼いながらもきちんと理解していた。

 だからせめて楽しく過ごそうと、二人は昨夜、眠りにつく前にこっそり約束していたのだった。


「楽しかったです、メルヴィ」


 うん、とメルヴィは短く返して、泣かないように一生懸命堪えて、にっこり笑った。




 花祝いのお祭り騒ぎは夜遅くまで続き、主役の子供が眠った後も、賑やかな声は、村の中にいつまでも響いていた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 母親の気持ちを思うと心が苦しすぎる(ヽ´ω`)
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