第12話 獣人占い師
ざわざわと、ジョバンニ達の周囲に人が集まり始める。
「おい、何だ何だ」
「喧嘩か?」
「うわー白雪姫の奴じゃんか。また誰かにつっかかってんのか」
冒険者たちが遠巻きに様子を眺め始めた。良くない雰囲気だった。ジョバンニはアンジェラやルチアナをかばうように前に出る。
メアリはわずかに眉間に皺を寄せながらジョバンニたちを睥睨する。敵意とも悪意ともつかない瞳は、しっかりと3人をとらえている。
その時、冒険者たちの中から、男が出てきて、メアリを制止するように声を上げた。
「おい、やめろやめろ! ギルド内でつまらん騒動を起こすんじゃない! 白雪姫、お前また面倒な口論を吹っ掛けてるのか!」
バンダナを巻いた男だった。体格がよく、眼光の鋭い男だ。服の至る所に短刀が仕舞われており、背中には細い剣を差していた。よく見るとバンダナの隙間からオオカミのような耳が見えている。それで、男は獣人だと分かった。
メアリは舌打ちし、そっぽを向く。
「ふん。この冒険者が邪魔だったので、それをそのまま伝えただけですわ。余計なお世話ですわ。獣人さん」
「そんなだからお前は嫌われるのだぞ」
氷のように冷たいメアリの眼光に怯むことなく、獣人は堂々と言葉を紡ぐ。
「メアリよ、そんな風にしかめ面をして暮らしていると良い運気が巡ってこんぞ。もう少し笑ってみろ。他人に親切にしろ。そうしたら幸運がお前にも舞い込んでくるであろうよ」
「お黙りなさい! 占い屋め!!」
「ああ、駄目だ駄目だ。その表情が良くない。それにそんな風に大声を張るな。運気が下がるぞ」
メアリは不愉快そうに沈黙し、冷たい視線をジョバンニ達に向ける。バンダナの男にも一瞥を向けた後、フンと息を吐いた。
「……もう結構ですわ。私から話すことはもう何もありません」
一方的に話を打ち切り、メアリは踵を返す。
「くれぐれも、私の邪魔だけはしないことですわね。それではごきげんよう」
捨て台詞のような言葉を吐いて、白雪姫は去っていった。
「……行ったようっすね」
「ああ、もう少しでえらい目にあってたかもしれん」
3人がほっと息を吐いた。仲裁してくれた獣人の男が声をかけてくる。
「大丈夫だったか、お前たち。……ここらじゃ見ない顔だな?」
「ああ、実はさっき冒険者として登録したばっかりで」
「なるほどな。しょっぱなから面倒に巻き込まれて気の毒だったな」
男は顎をさすり、ジョバンニ達に同情してくれる。
「俺はトレミー。耳を見れば分かると思うが獣人だ。まあよろしく頼む」
「よろしく。さっきは助かった」
ジョバンニ達3人は、自己紹介しながら握手を交わした。ごつごつと固い拳だ。
「ふふ、気にするな。俺はギルドで面倒が起こるのがイヤだからああ言っただけなのだ」
「それでも助かったっすよ~。あの女、超イヤな奴っすもん」
「反面教師とするが良かろう。どこの世界にもああいう者はいる」
肩をすくめ、トレミーは皮肉っぽく言う。
「そういえば、さっき運気がどうのと言ってたっすけど、あれはどういう意味なんすか?」
「ああ。俺は副業で占いもしていてな。暇なときにマゴニアの大通りで辻占いをしているのだ」
「へぇぇ、占いですか! 当たるのですか?!」
アンジェラが目を輝かせて食いついた。トレミーは困ったように頭をさする。
「うむ、難しい問いだな。占いというものは、当たるかどうかが問題ではない。それが信じられる結果かどうかだ」
哲学的な答えだったが、そういうものなのだろう。
「ジョバンニと言ったか。君の服についているそのアクセサリ、いいものだな。それが見えたから助ける気になったのだよ」
「え?」
心当たりがなく、自分の体を見て見ると、胸元に銀色のバッヂを着けていることを思いだした。
屋敷の元の持ち主、ヘンリクスから、屋敷の権利書と共にもらったものだ。幸運を呼ぶ、と言われた気がする。
「ああ、これは……貰いものだよ」
「そうかそうか。いや実はな、俺の母親は雑貨屋を営んでいてな。そのバッヂは俺の母が作ったもんだ。くっくっく、幸運を呼ぶとか何とか言って売っていたよ」
おかしそうにトレミーは笑う。
「まあ、そのバッヂにそんな都合のいい効果があるなんて、俺は信じてはいない。だが俺の母親は魂を込めてそいつを作っていた。そいつをわざわざ着けてくれているお前を、ほっとけなかっただけだ」
何だか少しジョバンニは嬉しくなった。こういうことを言ってくれる冒険者もいるのだ。
結果的に、このバッヂは1つ幸運をもたらしてくれたわけだ。
「そういえば、お前たちはパーティを組みたてだったな。なら頑張れよ。慣れてくると、うまく稼げるようになって楽しいぞ」
「そうなりたいね。稼ぐ奴って1日にどれくらいお金を稼げるものなんだ?」
「ふむ、何の依頼をやるかにもよるな。一概には言えん。ただ、やり手のチームなら1日に20万トランは軽く稼ぐ、と聞いたことがあるな」
1日にそれぐらい稼ぐのなら、すぐに大金持ちだ。ルチアナがぼやく。
「いいなあ。金、欲しいっすねぇ……」
「くっくっく、正直な奴だな。だが、まあ、あまり気張るな。ひとまず簡単な依頼をしっかりとこなして、そこから少しずつ難易度を上げていけばいいのだ」
遠巻きに集まってきていた冒険者たちはすでに離れ、ギルドは元の雰囲気を取り戻していた。トレミーはバンダナを締め直し、「さて」と息を吐く。
「すまないな、何だか説教臭くなった。先達の戯言と思って忘れてくれ」
「いいえ、ありがとうございました」
「また会う事もあるかもしれん。その時はよろしく頼む」
「こちらこそ」
トレミーは背中を丸め、ゆっくりと歩き去ろうとする。そこにルチアナが声をかけた。
「それにしても、何だか不思議な人っすよねぇ。トレミーは」
「ほう、そうか?」
「占いやってるのに、幸運を呼ぶアクセサリの効能は信じてないんでしょ?」
その言葉に、トレミーはにっと笑って答えた。
「占い師は、他人の占いはあまり信じないものだ。それに言ったであろう? 占いは当たるかどうかじゃない。自分が信じられるかどうか。自分が納得できるかどうかだ」
のらりくらりとした答えだったが、そういう軽い受け答えが、案外人気の秘密なのかもしれない。
トレミーは手を振って去りかけたが、「そうそう」と振り向き、神妙な顔を見せる。
「最近、占いをしているとどうにも悪い運気がチラつくのだ。近いうちに大きな悪いことがあると繰り返し出るのだよ。もしかしたらこの街に何か良くないことが近々起きるのかもしれんなぁ」
「ほんとっすかぁ? そう言って不安をあおる手口じゃないの?」
「ははは、すまんな、余計なおせっかいだったな。別に信じなくても構わん。これを言ってしまえば終わりだが、運などというのは主観次第だしな。まあ気に留めておいてくれ」
やや不吉なことを言い残し、トレミーは去っていった。
「……色んな人がいるもんだな」
「はい、本当に」
いきなり突っかかってくる冒険者がいたと思えば、助言してくれる冒険者もいる。
なかなか色々あるもんだ。しみじみとジョバンニは実感した。
◆◆◆
ジョバンニ達は、当初の予定通り、イビルバットの討伐依頼をこなすことにした。
イビルバットは街から北に少し歩いた林に出没するらしい。それを討伐し、皮を剥いで冒険者ギルドに納品すれば依頼は完了である。
目的地まで歩きながら、3人はとりとめのない話をした。
「イビルバットなんて弱い魔物っすからね。ぱぱーっとやっつけて、報酬いただきましょうよ」
「そうですね。頑張りましょう」
「むふふふ。ねえ、2人は金が入ったら何か買いたいモノとかあるんすか?」
歩きながら、ルチアナはそう尋ねてくる。
「そういうお前は何か欲しいものでもあるのか?」
「ウチは酒が欲しいっすね。お酒大好きなんでね。人であることを忘れ、一つの酒袋になるあの時間がたまんねぇっす」
「どれだけ飲むんだよ……」
「ぐふふ~、早く酒袋になりた~い。それで? アンジェラは何か買いたいものとかあるんすか?」
「私ですか? えーっと……」
首をかしげて思案するアンジェラだが、やがて申し訳なさそうに首を振った。
「すみません。欲しいものが特になくて……」
「何ですと?! おいおいアンジェラちゃん、欲しいものくらいあるでしょう? まさかないわけはないっすよ」
「それが全く思いつかないのです。すみません」
寂しそうにアンジェラが言った。
だが、全くないことはあるまいとジョバンニも思う。いきなりの質問ですぐに出てこないだけだろう。そう考え、ジョバンニが話を引き継いだ。
「分かった、別に今言わなくてもいい。ちゃんと稼ぎが入ったら、買い物にでも行こう。そこで欲しいと思ったものを買えばいい」
「……はい」
生きるには、別に必要ではない買い物――そういうものが、案外生きる目的になったりするものだ。
「さて、そうなると俺も欲しいものを発表しなきゃならんな」
ジョバンニは考える。家の修理や必要な買い物ではなく、純粋に欲しいと思うもの。
思考を巡らせ、脳内でぱっと思い浮かんだものがあった。
「…………パフェ、かな」
「えっ?」
「だから、パフェだよ。喫茶店とかで食べられるあのパフェだ。金が入ったらそれを食べたい」
掛け値なしに、欲しいと思ったものがそれだった。
「そうなのですか! おいしいですよね、パフェ」
「ああ、美味いよな」
「こりゃ予想外な答えが……え、何すか? ジョバンニって甘党だったんすか?」
「何だ、甘いの好きで悪いか。魔導士ってのは、甘い物が好きな奴が多いんだよ」
嘘ではない。
魔法というのは意思の力で行使するものだ。だからあまりにも連発しすぎると、頭が疲れてしまう。
甘い物は頭の栄養になるため、その疲れを緩和できるのだ。そのため金を持っている魔導士などは、懐に小さな甘味を忍ばせ、仕事中に食べていたりする。
幼少の頃、魔法をうまく使えたご褒美ということで、父親がパフェを作ってくれたことがあった。それ以来の好物なのだ。
「パフェは俺の好物なんだよ。何しろ甘い。それに美味い。とにかく良いもんだ」
「いいっすねぇ。金が入ったら、どっかいい店を探すっすかね」
たわいもない話をしながら歩みを進めると、やがて街の出口にたどり着く。遠くには鬱蒼とした林が見えた。
その林こそ、イビルバットが出没するという目的地だった。
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次話は9/17になります。




