35話、精霊部隊隊長とままならぬ部下
この世界、グリオールには中央にある大きな大陸(ユラ大陸)と、その大陸の4分の1程の大きさの大陸が南北に1つずつ(北にノウズ大陸、南にカルバシア大陸)、そしてその他の島々で成り立っている。
数百、大小の国々が隆盛しては衰退しており、100年以上の歴史を築くに至った国がどれほどあるのか。
長大な歴史を築くまで繁栄を謳歌した国家は、極少ない。
その極少ない国家の中でも、突出している国家がある。
その1つがハルシュタイン帝国だ。
その歴史は古く、1000年を越え、その栄華は今尚続いている。
大国中の大国として、どんな辺境にいようと聞いたことがないという者はいないだろう。
歪な楕円形をしているユラ大陸の北西を統べる彼の大国は、広大な領土を占め、周辺諸国を屈服させている巨大帝国であり、優秀な軍を有している軍事帝国だ。
ユラ大陸最大にして、グリオールでも1、2を争う巨大帝国に敵は多い。
しかし、周辺諸国が逆らうことはない。
否、逆らう気概など持つこともできない。
そう思わざるを得ない、圧倒的な軍事力があるからだ。
その軍事力を支えているのは、周辺諸国には恐怖の目で、自国民には尊崇の目で見られる、誉れ高き精霊部隊が連綿と帝国を支えているからに他ならない。
その巨大帝国のエリート中の超エリート。
生粋のエリートであり、国では上級貴族、いや、皇族でさえもその圧倒的な力に畏怖する精霊部隊第四小隊隊長グレイアは、
「・・・・・・・・・・・・(ああっ)」
その精悍な顔に、滅多にないことに冷や汗を浮かべていた。
その表情は常にないぐらいに青褪めており、まるで普段グレイアの冷徹な視線の先、睨んだ相手が向けている表情を自分自身で体現しているかのようだった。
それというのも……
(げしっばしっ!!)
「っっ痛っっ!!! 殿下~ひどいっすよ~~~」
「うん?
変な声がするな~リゼ、これは何の声かな?」
(げしげし)
「いたい~痛いっすよ~」
「さぁな~気のせいではないか?それとも、馬鹿な獣の鳴き声ではないかな?」
(げしげし、げしげし)
「あっ!うげっ!痛!」
「ああ、そうかもね。毎度毎度、学習力の片鱗さえ見えない、バカの声か」
(げしげし、げしげし、げしげし)
「ひい~~、許してください~、痛い痛い痛い~~~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あの」
(げしげし、げしげし)
「やめっ、やめてくださ~~い~~~」
「・・・・・・・・・・・・・・・そろそろ、ご容赦ください。
そんなものでも、一応私の部下ですので。」
失言しまくりの部下が、思いっきり足蹴にされ、ガキ大将にいじめられる貧弱な小僧のようにボコられているからだ。
抵抗さえできていないその姿が、憐れを通り越して滑稽と言いたいところではあるが、隊長としてのグレイアはチラっともそう思うことはできなかった。
ただ、「お前は本当に誉れ高き帝国精霊部隊か?」と真剣に部下に問いたい。
隊長であるグレイアは強くそう思った。
「部下の躾ぐらい、しっかりしとけよ。」
「その通り、このように物覚えが悪ければ背中なんぞ預けられんぞ。」
いかにもこんな部下を持ってお前も苦労するよな~という、有難くも無い同情的な視線付でキールとリゼが言ってきたときには、躾のなっていない部下こと、帝国精霊部隊第四小隊所属のフェアロイは地面と仲良しこよしになっていた。
その部下の情けなさに、お前は中位の火の精霊と契ってる帝国屈指の騎士だよな?とグレイアは悲しみを瞳に浮かべて心の中で問いかけていた。
そして、口では
「部下の躾がなっておらず、申し訳ありません。」
深々と頭を下げたのだった。
その殊勝な態度にキールとリゼは、満足気に頷いたが、その足元に転がっているフェアロイの背中からキールの足が下ろされることはなかった。
それに、グレイアは何か言おうと口を開け、
「それで、何とお呼びすればよろしいですか?」
凛とした女性らしい声にうん?と首を傾げたキールとリゼに、フェアロイの為に開けた口は他の為に使われることになった。
「先ごろ精霊部隊第四小隊に配属されました、ネイザです。」
グレイアの紹介に、ネイザと呼ばれた女はリゼに対して深々と頭を下げた。
そんなネイザの頭をキールは唇の端を僅かに上げ、リゼは冷ややかな視線で見ていた。
その視線に、グレイアは嗚呼と呻きたい気持ちを何とか押さえつけ、静かな表を必死で取り繕ったが、内心
――ネイザ、お前もか。お前も馬鹿なのか・・・・・・
胃が痛いと部下の失態に一人苦しむのだった。