第二話 歪ノ実力ト憂イ
埜都屋敷編 第二話
「それじゃ、今日の座学は火山について勉強しようか。僕らにとって身近な火山と言えばここより北西の史蔵の活火山だけど、少なくとも僕が屋敷に入ってからは一度も噴火してないんだ。その理由は…………」
欠伸がこぼれる。
座学はどうも苦手だ。
体を動かす方がずっと楽しいし、ずっと得意だ。
だって、書を眺めながら前に立つ教育師の話を聞いてるだけなのだ。
なんていうか、とても退屈だ。
それに、今朝見た夢がどうしても気になった。
どこまでも真っ白な世界にその世界中に響くような声。
――――汝は何故我の中にいるのだ?
あれは結局何だったのだろうか。
今まで見てきた夢にしては鮮明すぎたし、今でもはっきり覚えている。
まるで、何かの予言……?
「……ゼ、イーゼ!」
「あっ、はい!?」
気づいたらクラス中が俺をじっと見ていた。
担当であるフォング教育師が呆れたようにジト目だ。
「はいじゃないだろう? 話聞いてたか?」
「あっあーと……もちろん」
「一発で分かる嘘をつくな。後で僕のところに来なさい。いいね?」
「ちぇっ!」
「おいどこの誰だ舌打ちした奴」
やっちまった……
まぁフォング教育師は優しいし、注意だけされて終わるだろう。
午後からは実技もあるし、早く動き回りたい。
そして、出し抜けに書の背で思い切り殴られた。
「いってぇ!!」
「目が覚めたか?」
涙で視界が潤む。
それでも、眼前の教育師が呆れてるのは十分に分かる。
「ってぇ……何も殴ること無いだろ!」
「これが応用クラスだったらもっと厳しいんだぞ。銘郡なんか針術まで使うんだからな」
「針術!? 立派な武術じゃんか!!」
針術とは、その名の通り武術用の鋭い針を無数に投げる武術だ。
急所に当てるのはもちろん、毒針を投げることでじわじわと弱らせることができる。
非情に珍しい術で、使いこなせるのは全教育師で一人だけと言われている。
「まぁ冗談だが」
「冗談かよ!」
「だが、君には早く応用クラスに上がって欲しいんだ。なのにあまりに講義態度が悪いと僕からもカミラに推薦できない」
ぐぅっと押し黙る。
確かに、俺は応用クラスのリアとも戦えるくらいの実力もある。
フォングさんや他の教育師も応用でも十分に戦っていけると言われているのだ。
……あまり自分では言いたくねぇけど。
「……イーゼ、ここで改めておさらいをしておこうか。この剣術屋敷は何故できたと思う?」
「え? 魔物から自分や周りの人を守るため……だろ?」
「……まぁ、ざっくりではあるが、正解だ。では、この埜都の剣術屋敷が他の屋敷と大きく違う所はどこかな?」
他の屋敷と違う所なんて言われても、俺はこの屋敷でずっと過ごしてきたんだ、そんなもの分かるわけがない。
呆れたフォング教育師が「座学でやったはずなんだが」とこぼした。
「最も大きく違うのは野外訓練だ。これは近隣地域に魔物が出現しやすい埜都だからこそ取り入れられたカリキュラムだが、応用クラスの希望者を数名募って、杜梁や宮杜まで遠征する。勿論専門の教育師立会いのもとでね。討伐した魔物の数やランクで実技での評価に大きく加算される。元々は近隣地域に現れる魔物駆除の依頼をジルクさんが手当たり次第に引き受けてた時についでに訓練もしちゃおうってことで始めたらしいんだが……まぁ結果的に管理本部にも講義として認められて、今となっては他の屋敷にも取り入れてみようって話が進んでいるってことだ」
「何回聞いてもジイちゃんすげえよな」
「お前ちゃんと聞いてたじゃないか」
そろそろ教育師に青筋すら浮かんできそうなので、急いで弁明する。
「い、いや、野外訓練は前から知ってたぜ?けど、他の屋敷にないのは意外だなって。他所の屋敷の周りってそんなに魔物がいねぇのかな」
「僕も詳しくは知らないが、そのようだ。だが、近年では少しずつではあるが各地で魔物の目撃情報が増えているようだからな。当然その駆除も目的なのだろう」
「へぇ~、で、なんでそれを今話すの?」
「自覚を持てって言ってるんだ。今一番近いのはお前なんだぞ?」
そんなことは分かっている。
俺だって、上がれるのなら応用クラスに上がりたいし、野外訓練だって行ってみたい。
だけど、それは俺の意志とは無関係なのだ。
「……だったら、フォングさんからも言ってやってくれよ」
「言われなくてもしているさ。だが、カミラは何度言っても『まだ早い』の一点張りなんだ。だからこそ、お前が行儀良くしていれば、僕達もよりカミラに売り込むことができる。……はっきり言うがイーゼ、お前は基礎クラスには強すぎるんだ」
それも勿論分かっている。
基礎クラスのみんなとは仲が良い。子供の頃から知り合いの奴だっている。
けど、最近は空気が変わってきているのを嫌でも感じている。
応用クラスに上がったリアに負けないように鍛錬しているうちに、実技の実力が飛びぬけてしまってきている。
おかげで、それが悪い意味で作用し始め、嫌でも自分が浮いているのを痛感している。
それを前面に出すほど仲の悪い友達もいないから、まだ普通に講義に出れているが、下手すれば逆にサボりたくなるだろう。
なにせ、その空間にいて認めてもらえないのだから。
「まぁ、とにかく僕が言いたいのは、この調子で頑張ってくれってことだ、今ここで怠けても何も良いことなんてないんだからな。ほら、昼飯食べてきなさい。午後からはニーナ教育師のクラスと合同で実技だ」
「…………おぅ」
フォングさんに叩かれた肩が、なんだか虚しかった。
・・・・・・
「はあああああぁぁぁ~~」
思い切りでかい溜め息が出た。
目の前の大好きなチョコケーキ二切れでも御しきれないほどの疲れが俺を襲っていた。
疲れと、それ以上の不安が。
「イーゼ、食堂に来るの遅かったけど何かあったの? 今もすごく疲れてるみたいだし」
一緒に昼飯を食べてたリアが心配そうにのぞき込んでくる。
そして、自分の分のガトーショコラをスッと差し出してきたのでそれは断った。
いや、美味そうだったけど、ちゃんと自分の分のチョコあるからな?
「んぁ? 別にたいした用じゃねぇよ。ただ『応用クラスが~』って話」
「あぁ、前も言われてたよね。私もカミラ教育師に言ってるんだけど、どうしてもダメだって」
「気持ちだけでも嬉しいよ……まぁでも、何かが足りないんだろ、今の俺には」
「イーゼ……」
「大丈夫だ、別に悲観してるわけじゃないから」
リアにはあまり心配してほしくないからああ言ったが、やはりいつ応用に上がれるか分からないのはしんどい。
その上、応用クラスの担当のカミラは俺の――――
「おいおい、若ぇ奴らが昼間っからしんみりしてんじゃねえよ!」
「ごほっ!!」
突然後ろから声が聞こえた瞬間、俺はそのままチョコケーキにダイブした。
誰が突っ込ませたかは分かるが、そいつは尚も俺の顔をぐりぐりとケーキに押しつけてくる。
ケーキが既に無残なことになっている。
「じ、ジルク屋敷長!? 何をしてるんですか!?」
「はっはっは! なぁに活を入れてやったのよ!! 見ろ、他の屋敷生はみんな溌剌と飯を食ってるってのに、なんでここだけ葬式やってんだ?」
「今まさに死にかけてるわアンタの手の中で!!」
「なんだ元気じゃねぇか」
屋敷生を殺しかけておいてがっはっはと高笑いを決めている老人に盛大に突っ込んだ。
この人が埜都の剣術屋敷長、ジルク=ロア。
もう60歳近いってのに、まったく老いを感じさせない熟練の教育師でもある。
「まーたフォングに叱られてへこんでるのかと思ったが、いらねぇ心配みてぇだ。なぁカミラ?」
「えっ?」
その時、ようやくジルクの後ろの人影に気が付いた。
黒い短髪で厳格な顔は紛れもなく俺の――――
「父さん………」