4, 憂鬱な場所
次の日の放課後、マミは約束通り神社に現れた。
「よろしく頼むよ」
相変わらず、大人のような喋り方をする。
小太郎はマミを上から下まで眺めた。
(……耳とか尻尾とか、ないよなあ)
「どうした?」
「い、いや、何でもない」
「そうか。では、さっそく作戦会議をしよう」
会議では、まず、小太郎と透がわかる範囲で、神社や林でよく見かける人をあげていった。
と言っても、大半は散歩が目的の年寄りで、動物を殺すどころかエサを持ち寄って与えたり、動物病院に連れて行って予防接種を受けさせたりするような人ばかりだ。
「そもそも、ここら辺ってほとんど人が来ないしなあ」
小太郎が腕を組んで唸っていると、透がふと思い出したように言った。
「そういえば……ちょっと前に、若い男の人を見かけたよ」
「男の人?」
「うん、結構太ってる男の人。大きなリュックを背負って林の中をうろうろしてた。夏休み前くらいから、何度か見かけたよ」
「怪しいな」
小太郎が言うと、マミが首を振った。
「決めつけはよくないぞ。穏やかなお年寄りの中に、冷酷無慈悲な人物が混じっている可能性もある」
「でも、そいつは夏休み前くらいから現れたんだろ。ちょうど事件が始まったあたりじゃん」
相談の結果、当番を決めて神社から林の方にかけて、しばらく見回りをすることになった。
見回りの際、誰かに会ったら積極的に話しかけて、反応を見る。
明らかに怪しい素振りを見せるような人間がいたら、こっそり後をつけてみる……。
「すげえ、探偵みたいだな!」
「危ないんじゃないかな……動物を傷つけて喜ぶような人なんだし」
はしゃぐ小太郎の横で、透が顔を曇らせた。
マミは少し考えて、
「二人以上でつけることにしよう。いきなり飛び掛かられないように、十分離れて、無理な深追いはしない」
それでもまだ透は不安そうだったが、しぶしぶ頷いた。
「大丈夫だって、透。俺がついてる」
「小太郎は無茶しそうだもん。僕がやめようって言ったら、ちゃんとやめてくれる?」
「当たり前だろ」
「……小太郎、すごい嘘くさい」
二人のやり取りに、マミが小さく笑った。
「君らはいいコンビだな」
「まあな」
小太郎が胸をそらした時、透のランドセルからお馴染みのメロディが流れ出した。
軽快な音と裏腹に、透の顔がさっと曇る。
「ごめん、僕行かなきゃ……」
「今日は何もないんじゃなかったっけ」
「今週から、新しい家庭教師が来ることになったんだ。昨日、お母さんが言ってた」
「そっか……」
「明日はもう少しだけいられると思う。……じゃ、また明日」
透はランドセルを背負うと、重い足取りで階段を下りて行った。
「透は忙しいんだな」
その様子を見送ったマミが首をかしげる。
「ああ。アイツ、むちゃくちゃ頭いいんだけど……毎日、塾とか家庭教師とか習い事があるんだ」
小太郎は足元の小石を蹴った。
「あいつの母さんが、そういうのスゲー熱心なんだってさ。うちに帰るのが時々嫌になって、ここで時間潰すようになったって言ってた」
「確かに、ずいぶん憂鬱そうに帰っていったな」
「学校でも本ばっか読んで、ほとんど誰とも喋ろうとしない奴でさ。俺も、ここで何度も透と会うようになってから仲良くなったんだ」
「君もか?」
「いや、俺は本なんか読まねえけど」
「そうではなくて。君も、家が嫌なのか」
マミの言葉に、小太郎は顔を上げた。
「うちに帰るのが憂鬱なのか?」
「……」
小太郎は、自分の顔が強張るのを感じた。
黙っていたら肯定したのと同じだ。
だけど、何か言おうとしても口が動かなかった。
マミはそんな小太郎をじっと見つめると、首を振った。
「なら、私に付き合う時間はあるってことだな」
「え……」
「見回りは今日から始められる。さ、行こう」
そう言うなり、さっさと歩きだす。
「ま、……待てって!」
マミが話題を変えたことにほっとしながら、小太郎はその後を追いかけた。
(何だよ、こいつ……結構いい奴?)




