5, 行けない場所
見回りを始めて、十日ほど経った。
神社を散歩コースにしている老人達とは親密度がアップし、向こうから声を掛けられたり飴やミカンなどを渡されるようになったが、透の言っていた「太った若い男」は一向に現れなかった。そして、時を同じくして動物の死骸もぱったり見かけなくなった。
「やっぱり、その太った奴の仕業なんじゃないか」
小太郎が言うたびに、マミは首を振って「決めつけはよくない」とは言っていたが、小太郎は次第に
「太った若い男」を探すようになっていった。
「やべっ、遅くなった……!」
小太郎は神社へ息せき切って走っていた。
掃除当番が思いのほか長引いて、学校を出るのが遅くなってしまった。
透が塾の前に神社に顔を出すと言っていたが、そう長くはいられないだろう。
(最近、塾に遅刻続きでだいぶ怒られてるっぽいしなあ……)
鳥居をくぐり、社のところで立ち止まって、辺りを見回す。
裏の方から話し声が聞こえ、小太郎はそちらに足を向けた。
社の脇から覗くと、物置の近くで二人が話し込んでいるのが見えた。
透はランドセルを背負ったまま、物置に寄りかかっている。
「……おじさんは帰りに必ず病院に寄るから、夜遅くまで家には誰もいないんだって」
踏み出そうとした小太郎の足が、透の言葉にピタリと止まった。
「母上は長いこと病院に?」
「もう一ヶ月近くになるかな……事故から一度も目を覚ましてないんだって、お見舞いに行ったお母さんが言ってた」
一瞬で喉がカラカラになった気がした。
(……俺のことだ)
「小太郎、一度も病院に行ってないんだ。……行った方がいいと思うんだけど」
「……」
マミは黙って石ころをつま先でつついていたが、ふと顔を上げて小太郎のいる方を見た。
「……おばさん、小太郎が帰ってくるのが遅くて、迎えに出たときに事故に遭ったんだ。それで……」
「透」
マミの声に顔を上げた透は、社の隅に立ち尽くしている小太郎に気が付いた。
「あ、こたろ……」
「……何話してんだよ」
自分でもびっくりするくらい低くてしゃがれた声が出た。
頭の中が煮えたぎっているようだ。言葉にならない感情が体の中を渦巻いている。
顔がカッと熱くなるのが分かった。
「……あ、その……」
小太郎の顔を見た透が、怯えたように瞬く。
「……勝手にベラベラうちのこと喋ってんじゃねえよ!」
「僕、そんな……」
「俺が母ちゃんの見舞いに行こうがどうしようが関係ねえだろ! お前の……」
駄目だ。
「お前の母ちゃんは元気なくせに!!」
言った瞬間に後悔した。
透はぽかんと小太郎を見ていた。
その顔がさっと青ざめると、見る見るうちに目に大粒の涙が盛り上がる。
「……ご、ごめん」
小さな声で呟くと、透はさっと踵を返し、ランドセルを揺らしながら林の奥へ駆け出して行った。
泣きたいのは小太郎の方だった。
先ほどまでの熱は一瞬で引いて、ただただ気まずく重い沈黙がのしかかる。
「――すまん」
追い打ちをかけるようにマミが淡々と言った。
「小太郎は毎日、遅くまで付き合ってくれているが、親が心配するのでは……と言ったのは私だ」
「余計な心配すんなよ……自分こそ親になんか言われないのかよ」
半ば八つ当たりで小太郎はマミを睨んだが、マミは飄々とした顔のまま答えた。
「親はいない。もう死んだ」
サラリと言われた言葉に、小太郎は固まった。
「……え、あの、俺」
「気にするな。いなくなったのはずっと昔だ」
口ごもる小太郎を見て、マミは微かに笑って見せた。
「それからずっと、兄と暮らしていたんだが……この前、兄もいなくなった」
「え……」
「だから、問題ない」
(問題なくないだろ……)
どう見ても小太郎や透と同じ年頃のマミが、たった一人で暮らせるはずがない……とは突っ込めず、小太郎は再び黙り込んだ。
再び、気まずい沈黙が流れる。
(どうすんだよ、この空気……)
いっそ自分も駆け去ろうか、と思い始めた時、マミが小さく咳払いした。
「十五夜祭りを知ってるか」
「……え」
「この神社で毎年行われている、秘密の祭りだ。十五夜の夜に……ちょうど来週か」
唐突な話題転換に、小太郎はポカンとマミを見た。
マミはいつもの飄々とした顔のまま、空を見上げている。
「……聞いたことない」
「秘密の祭りだからな」
マミは小太郎を見た。
「今年の祭り、一緒に行かないか」
「……なんだそれ」
「ダメかな」
小太郎はふっと息を吐いた。固く握りしめていたこぶしを、そっと広げる。
「……しょうがねえから、付き合ってやってもいいけど」
「透の塾と被らなければいいがね。……さて、そろそろ透を探しに行くか」
マミはすまして言うと、林の方へ足を向けた。
(……やっぱり、こいつ、いい奴だな)
小太郎がマミの後ろに続こうとしたとき、林の中から透が走ってきた。
駆け去る時よりもっと青い顔をしている。
「小太郎! マミさん!」
「あ、あのな透、さっきは……」
「いた!」
小太郎の言葉を遮り、透がほとんど悲鳴のような声を上げた。
「え?」
「い……いたんだよ、僕が見た、太った男の人」
「え……!?」
透は何とか息切れを沈め、長く息をついた。
「林のずっと奥で……血まみれの猫を、持ってた」
「……!」
その言葉を聞くなり、マミが駆け出した。
一瞬あっけにとられた小太郎も後を追って走り出す。
「ちょ、ちょっと……僕もう走れな……」
透の声があっという間に遠くなった。




