3, タヌキは化けるらしい
「事件って……、動物たちが殺されてるのは、タヌキの仕業だと思うよ」
おずおずと透が言うと、マミはなぜか不快そうな顔になった。
「タヌキ? なぜタヌキなんだ、よりによって」
「僕、この前、猫の死骸の傍で見たんだよ。ものすごく大きなタヌキ……犬より大きかった。尻尾に白い毛が混じってて」
「……君! 見たのか、そのタヌキ!?」
マミがいきなり透に詰め寄った。
「え!? う、うん」
透はたじたじと後退りした。
「怖くて近寄れなかったけど……あっという間にいなくなっちゃったし」
マミはきょとんとしたあと、何故か大きなため息をついた。
「……そうか」
「おい、何なんだよお前」
小太郎がいらいらと口を挟むと、マミは我に返ったように手を振った。
「すまない、気にしないでくれ。……それより、君たちは勘違いしてるぞ」
「え?」
「この『事件』は獣同士の争いじゃない。人だ」
マミははっきりと言った。
「動物を殺しているのは人間だよ」
「え……!?」
小太郎はぽかんとした。
「だから君たちに聞いたんだよ。誰か怪しい奴は見なかったか、と」
ちらりと透を見ると、恐ろしいのか早くも青ざめて震えている。
「た、確かなのか?」
「君達、死骸をよく見たことはある? 傷口の様子とか」
小太郎と透は慌てて首を振った。
「俺達が見つけるときは、だいたい血まみれでよく見えないし、それに……早く埋めてあげなきゃって思って」
「死骸の傷口は、すっぱり綺麗に切り裂かれてる」
マミは淡々と言った。
「二本の足で歩いて、刃物が扱える人間の仕業だ」
「……」
小太郎は絶句した。
確かに、動物たちの死にざまはあからさまに人為的な匂いはする。けれど、言われるまでは『人』の仕業だと、何故か考えなかった。
動物を虐待したり、いじめて殺したりする話を聞いたことはあったけど、それは全部遠い世界の話で、実際に自分たちの身近で起きるなんて思いもよらなかったからだ。
ましてや、慣れ親しんだ林の奥に、悪意が知らぬ間に侵入していたと考えると、背筋がぞっと冷えた。
「……物騒な話をして済まない」
黙り込んでしまった二人を見て、マミは軽く頭を下げた。
「君達が何も知らないなら、気を付けた方がいい。あまり遅くまで残ったり、一人にならないように……今は小動物に向いている悪意が、いつ人間に向くかは分からない」
「……あ、ああ」
「早く帰った方がいい」
言われるがままに踵を返しかけた小太郎は、ふと足を止めた。
「……って、お前は?」
「私はもう少し調べる」
マミは林に目をやった。
「今までは夜にこの辺りを見回っていたんだが、怪しい奴は見当たらなかった。少し時間帯を変えてみようと思って、この時間に来てみたんだ」
「よ、夜に!?」
小太郎はぎょっとした。
「誰か大人と待ち合わせしてるんだよな?」
「いや、私一人だが」
あっさり答えたマミに、小太郎は詰め寄った。
「お前、何考えてんだ!?」
「何かおかしいことを言ったかな」
「たった今、俺らに『一人になるな、危ない』って言ったじゃねえか! お前の方がよっぽど危ないことしてるだろ! その、は……犯人と出くわしたらどうするんだよ!」
マミはパチパチと瞬いた。
「私なら大丈夫」
「そんなわけあるか!」
「何で……調べてるの?」
透が小さな声で尋ねた。
「小太郎の言う通り、危ないよ。女の子が一人で……」
マミの顔つきが少し固くなった。
「私も被害に遭ったから」
「え? ……お前が?」
咄嗟にきょとんとした小太郎をよそに、透が少し考えてマミを見る。
「……飼ってたペットか、餌をあげて仲良くなってた動物がやられたってこと?」
透の言葉に、マミは唇をゆがめた。
「……家族だよ」
家族。
小太郎の頭に、白いベッドに横たわる母親の姿が浮かんで消えた。
母親をはねた車は、まだ捕まっていない。
「とにかく、私の心配はしなくていい。君たちは早く……」
「俺、手伝う」
言ってから、自分自身にびっくりした。
透がぎょっとした顔で振り返る。
「小太郎? なんで……」
「……一人じゃ危ないだろ」
マミがとがった声を上げた。
「おい、遊びじゃないんだぞ。私は……」
「分かってるよ!」
小太郎の剣幕に、何か言いかけていたマミが驚いた顔で黙る。
その、大きく見開かれた黒い目を小太郎はまっすぐ見返した。
「……家族のためなんだろ。手伝うよ」
「……じゃあ、僕も手伝う」
透が小さく手を上げた。
「透」
「小太郎が手伝うなら、僕もやる。やらせてよ」
「……」
マミは二人を交互に見つめると、ふっと息を吐いた。
「分かった。……よろしく、透、小太郎」
「お……おう」
小太郎は咳払いした。
「と……とにかく、今から見回りとかやめろよ」
「そうだよ、危ないよ。明日、皆で作戦会議しよう」
透の提案に、マミはしばらく考え込んでから頷いた。
「……そうだな。また明日、この時間にここへ来る」
「あ、うん……分かった」
「じゃあな」
軽く手を振ると、マミはさっさと歩いて行ってしまった。
「……変な奴」
「ねえ、小太郎」
何となくその背を見送っていた小太郎は、透の声に振り向いた。
透は物置を覗き込んでいる。
「さっき、マミ……さん、ここから出てきたよね」
「ん? ああ」
透は首を傾げた。
「マミさんが入るほど、この物置にスペースがない……と思うんだけど」
「はあ?」
「……」
透は恐る恐る口を開いた。
「マミさんって、まさか、タヌキ……」
「タヌキ? え?」
「……タヌキって、化けるっていうし」
「……お前、何言ってんの?」
小太郎は透をまじまじと見つめた。
透は顔を赤らめた。
「……ちょっと思っただけだよ」
「まあ、確かになんか動物っぽい顔した女だったけどなあ」
小太郎の下手なフォローに力なく笑った透のランドセルから、またしても軽快なメロディが流れ出した。




