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たぬきのかみさま  作者: 山吹
3/9

3, タヌキは化けるらしい

「事件って……、動物たちが殺されてるのは、タヌキの仕業だと思うよ」


 おずおずと透が言うと、マミはなぜか不快そうな顔になった。


「タヌキ? なぜタヌキなんだ、よりによって」

「僕、この前、猫の死骸の傍で見たんだよ。ものすごく大きなタヌキ……犬より大きかった。尻尾に白い毛が混じってて」

「……君! 見たのか、そのタヌキ!?」


 マミがいきなり透に詰め寄った。


「え!? う、うん」


 透はたじたじと後退りした。


「怖くて近寄れなかったけど……あっという間にいなくなっちゃったし」


 マミはきょとんとしたあと、何故か大きなため息をついた。


「……そうか」

「おい、何なんだよお前」


 小太郎がいらいらと口を挟むと、マミは我に返ったように手を振った。


「すまない、気にしないでくれ。……それより、君たちは勘違いしてるぞ」

「え?」

「この『事件』は獣同士の争いじゃない。人だ」


 マミははっきりと言った。

 


「動物を殺しているのは人間だよ」



「え……!?」


 小太郎はぽかんとした。


「だから君たちに聞いたんだよ。誰か怪しい奴は見なかったか、と」


 ちらりと透を見ると、恐ろしいのか早くも青ざめて震えている。


「た、確かなのか?」

「君達、死骸をよく見たことはある? 傷口の様子とか」


 小太郎と透は慌てて首を振った。


「俺達が見つけるときは、だいたい血まみれでよく見えないし、それに……早く埋めてあげなきゃって思って」

「死骸の傷口は、すっぱり綺麗に切り裂かれてる」


 マミは淡々と言った。


「二本の足で歩いて、刃物が扱える人間の仕業だ」

「……」


 小太郎は絶句した。

 確かに、動物たちの死にざまはあからさまに人為的な匂いはする。けれど、言われるまでは『人』の仕業だと、何故か考えなかった。

 動物を虐待したり、いじめて殺したりする話を聞いたことはあったけど、それは全部遠い世界の話で、実際に自分たちの身近で起きるなんて思いもよらなかったからだ。

 ましてや、慣れ親しんだ林の奥に、悪意が知らぬ間に侵入していたと考えると、背筋がぞっと冷えた。


「……物騒な話をして済まない」


 黙り込んでしまった二人を見て、マミは軽く頭を下げた。


「君達が何も知らないなら、気を付けた方がいい。あまり遅くまで残ったり、一人にならないように……今は小動物に向いている悪意が、いつ人間に向くかは分からない」

「……あ、ああ」

「早く帰った方がいい」


 言われるがままに踵を返しかけた小太郎は、ふと足を止めた。


「……って、お前は?」

「私はもう少し調べる」


 マミは林に目をやった。


「今までは夜にこの辺りを見回っていたんだが、怪しい奴は見当たらなかった。少し時間帯を変えてみようと思って、この時間に来てみたんだ」

「よ、夜に!?」


 小太郎はぎょっとした。


「誰か大人と待ち合わせしてるんだよな?」

「いや、私一人だが」


 あっさり答えたマミに、小太郎は詰め寄った。


「お前、何考えてんだ!?」

「何かおかしいことを言ったかな」

「たった今、俺らに『一人になるな、危ない』って言ったじゃねえか! お前の方がよっぽど危ないことしてるだろ! その、は……犯人と出くわしたらどうするんだよ!」


 マミはパチパチと瞬いた。


「私なら大丈夫」

「そんなわけあるか!」

「何で……調べてるの?」


 透が小さな声で尋ねた。


「小太郎の言う通り、危ないよ。女の子が一人で……」


 マミの顔つきが少し固くなった。


「私も被害に遭ったから」

「え? ……お前が?」


 咄嗟にきょとんとした小太郎をよそに、透が少し考えてマミを見る。


「……飼ってたペットか、餌をあげて仲良くなってた動物がやられたってこと?」


 透の言葉に、マミは唇をゆがめた。


「……家族だよ」



 家族。


 小太郎の頭に、白いベッドに横たわる母親の姿が浮かんで消えた。

 母親をはねた車は、まだ捕まっていない。


「とにかく、私の心配はしなくていい。君たちは早く……」

「俺、手伝う」


 言ってから、自分自身にびっくりした。

 透がぎょっとした顔で振り返る。


「小太郎? なんで……」

「……一人じゃ危ないだろ」


 マミがとがった声を上げた。


「おい、遊びじゃないんだぞ。私は……」

「分かってるよ!」


 小太郎の剣幕に、何か言いかけていたマミが驚いた顔で黙る。

 その、大きく見開かれた黒い目を小太郎はまっすぐ見返した。


「……家族のためなんだろ。手伝うよ」

「……じゃあ、僕も手伝う」


 透が小さく手を上げた。


「透」

「小太郎が手伝うなら、僕もやる。やらせてよ」

「……」


 マミは二人を交互に見つめると、ふっと息を吐いた。


「分かった。……よろしく、透、小太郎」

「お……おう」


 小太郎は咳払いした。


「と……とにかく、今から見回りとかやめろよ」

「そうだよ、危ないよ。明日、皆で作戦会議しよう」


 透の提案に、マミはしばらく考え込んでから頷いた。


「……そうだな。また明日、この時間にここへ来る」

「あ、うん……分かった」

「じゃあな」


 軽く手を振ると、マミはさっさと歩いて行ってしまった。


「……変な奴」

「ねえ、小太郎」


 何となくその背を見送っていた小太郎は、透の声に振り向いた。

 透は物置を覗き込んでいる。


「さっき、マミ……さん、ここから出てきたよね」

「ん? ああ」


 透は首を傾げた。


「マミさんが入るほど、この物置にスペースがない……と思うんだけど」

「はあ?」

「……」


 透は恐る恐る口を開いた。


「マミさんって、まさか、タヌキ……」

「タヌキ? え?」

「……タヌキって、化けるっていうし」

「……お前、何言ってんの?」


 小太郎は透をまじまじと見つめた。

 透は顔を赤らめた。


「……ちょっと思っただけだよ」

「まあ、確かになんか動物っぽい顔した女だったけどなあ」


 小太郎の下手なフォローに力なく笑った透のランドセルから、またしても軽快なメロディが流れ出した。

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