2,「実に忌々しき『事件』だ」
「う~ん……何かエサとかしかけてみるかなあ。ホントは罠とか仕掛けられるといいんだろうけど……」
考えながら、林の方へ足を向けたとき、社の裏手から透が駆けてきた。
「小太郎!」
「どうした、透?」
「今、裏の物置に、何かいた!」
「え?」
首をかしげる小太郎の手を、透は引っ張った。
「結構大きな……よく見えなかったけど、もしかしたらタヌキかも」
「マジで?」
二人は小走りで社の裏へ回り込んだ。
そこには、落ち葉を燃やすための小さな焼却炉と、掃除道具が入った狭い物置がある。
物置は小太郎と透が二人いっぺんに入るのは無理、というくらいの狭さだ。
軽く開いた戸の端から、何か黒くてふさふざしたものが飛び出していた。
思わず足を止めて、目を凝らす。
後ろで透が囁いた。
「あれ……タヌキの尻尾じゃない?」
「犬とか猫じゃないな……しかも結構大きい」
尻尾がすっと物置の中に消えた。
「入った!」
二人は顔を見合わせると、そろそろと物置に近づいた。
物置の前に立った時――突然、戸が中から開けられた。
立っていたのは、女の子だった。
小太郎や透と同じくらいの年頃に見える。
赤茶けた髪に、黒一色のシャツとズボン。
こちらを見る黒い大きな瞳が、酷く印象的だった。
「お、お前……ここで何してるんだ?」
強い視線にたじろぎながら、小太郎は何とか言葉を絞り出した。
「ちょっと調べものをしていた」
少女は淡々と答えた。少し低めの落ち着いたトーンで、大人のような話し方をする。
「あ、あの……今、ここにタヌキがいなかった?」
透がおずおずと尋ねる。
女の子は黒い目を大きく見開いて、少し大げさに首を振った。
「いや? いなかったけど」
「え……でも、今、しっぽが見えたんだ。中に入っていって」
「確かめてみるといい」
女の子は一歩横に退くと、物置の中を示した。
小太郎と透は中を覗き込んだ。
物置の中は掃除道具がぎっしり詰まっていて、動物がいる気配はない。
「あれ? 確かにここに入っていって……」
「君達、小学生?」
二人の後ろから、女の子が問いを投げた。
「え? あ、ああ。五年生」
振り返ると、女の子は腕組みをして物置に寄りかかり、こちらを見ている。
「この辺りで最近、妙な奴を見かけなかったかな」
「妙な奴……お前みたいな?」
つい言ってしまった後で、しまった、と思ったが、女の子は特に気にした風もなく、少し笑った。
「君……うちの学校じゃないよね」
透がおずおずと尋ねる。女の子は顎を引くようにして頷き、ぐっと二人に顔を近づけてきた。
「私はマミ。君たちの名前は?」
「小太郎」
「と、透」
勢いに飲まれ、つい答えてしまう。
「小太郎に透か……」
頷いたマミは、小太郎に視線を止め、目を細めた。
「君……服に血が付いているね」
「え?」
胸元を指さされ、小太郎は視線を落とした。
シャツに、先ほど猫を抱き上げたときについたであろう血のシミが点々とついている。
「怪我でもしたのかい?」
「これはさっき、猫……」
言いかけて、小太郎は口ごもった。
(女の子にいきなり『猫の死骸』とか言ったら、ダメだよな……だいぶ変な奴だけど)
「猫? 猫の血なのか、それは」
そんな小太郎の気遣いなどどこ吹く風とばかりに、マミはずいと小太郎ににじり寄った。
じろじろと小太郎を舐めまわすように見つめて来る。
「もしや君は、猫をどうにかしたのでは……」
「はあ!? 違う!」
あらぬ誤解を受けそうになり、小太郎は慌てて手を振った。
「林の中で猫が……死んでたから、埋めたんだ。それだけ!」
「ほ、ほんとだよ!」
透が言い添える。
「最近、この林で、犬や猫がよく死んでるんだ。僕ら、よくそういうのを見つけちゃって」
「……何?」
マミは少し体を引き、驚いたように二人を見比べた。
(うっ、やっぱり引かれた……)
しかし、次のマミの言葉は意外なものだった。
「君たちも知っているのか、『事件』のこと」
「え?」
「私は、その『事件』を調べていたんだ。今、この林に住む動物たちが、密かに誰かから殺されている。実に忌々しき『事件』だ」
小太郎は透と顔を見合わせた。




