へいわをとかす
いつものことながら3人inフランの部屋、今日はお休み、学校も、特訓も一休み。
アイリスは言いました。
「休憩は大事だよ。頑張ることとおんなじくらい大事。頑張ることだけずっとしてたら、なんのために頑張ってるのか、どうして頑張ってるのか、頑張る意味ってなんだっけ?ってわからなくなっちゃうからね!」
…元|ブラック会社勤務の社畜《柏木彩芽》の言葉は非常に重たかった、なんなら目も濁っていた。
けれど、アヤメがノーフェイスのみんなにようやく気づかせてもらえたそのことをみんなみんな忘れがちになりがちだ、フランとミシェルは頑張り屋さんだからね、頑張りすぎちゃだめだよ、なんてね。
のんびり、すやすや、なんて贅沢な時間でしょうか!
フランは本を読み、ミシェルは短剣の手入れ、アイリスは少し前まではフランと同じように本を読んでいたのだがどうも読み終えたらしく、目元を押さえてごろりと寝転がった。
きらきら、さらさら、無造作に散らばる雪のように白い髪を視界の隅に捉えたミシェルは短剣をしまってそっとアイリスの髪に手を伸ばした。
「うっわさらっさら、お嬢さん何使ってんのこれ」
「ん?凍蜂の蜂蜜入りヘアオイル、いい匂いなんだよ〜」
雪の糸のように滑らかなアイリスの髪に目を輝かせて真新しい玩具を見つけた子供のように指に絡めて髪を梳く。
「意外だな、アイリスのことだから何にもしてないもんかと」
「失礼だよフラン!まぁヘアオイルと化粧水とボディミルクくらいしかしてないけど……お肌の乾燥は大敵だからね!」
「大変だねぇ」
「いやいや。男女問わず、ちゃんとしてる人はもっとしてるよ〜。ていうかミシェル触りすぎじゃない?」
「いやこれ癖になる、すっごい手触り良い、顔埋めたい」
真顔で延々と髪を触るミシェル、相手がアイリスでなければ確実に殴られてる。
その時ノックの音が部屋に響いた。
返事を返せば扉越しにケイトから声がかかった。
「今いいかな?」
「?はぁ…」
寝転がるアイリスにアイリスの髪を触るミシェルが扉を開けたフランの背後に見えたケイトがきょとんと目を丸くさせた。
「…君たち相変わらず仲良いねぇ」
「えっ、い、いや、んっんん"…!そんなことより何のようですか?」
妙に照れ臭くなって話を逸らす、思春期なので。
微笑ましいものを見るような顔をケイトがするものだから、なんだか余計に照れくさいのだ。
「ちょっと言ってくる、余計なことすんなよ」
「ベットの下とか見ちゃう?」
「妖しい本とか探しちゃう?」
「ねーよ!!」
頭から湯気を出して怒りながらケイトに連れられて行ったフランをにやにや笑いながら見送る。
この3人の中で1番からかいがいがあるのは多分フランだ、強かちゃっかりミシェルと精神年齢そこそこアイリスが相手なので仕方ない。
2人きりになった部屋、ふとアイリスがミシェルの濃緑の髪に目を向けた。
「ねぇミシェルの髪の毛いじってもいい?私も触らせてあげたんだからおあいこで!」
創造魔法で創ったらしい櫛をいつの間にか右手に持って問いかける。
わくわくとした瞳のアイリスに、ミシェルはふはと笑みをこぼして頷いた。
ゆるく結ばれていた髪を解いて櫛をとかす。
少し癖のある濃緑の髪の毛は、少し引っかかりつつも櫛に通される。
「ミシェルの髪ってちょっと癖っ毛だよね、猫っ毛。」
「あは、にゃーんっつって?お嬢さんの髪の毛はストレートだよねぇ」
「元々癖つきにくい髪質なんだよね、だから巻こうとしてもぜーんぜん」
櫛を床に置いて鼻歌まで歌ってご機嫌なアイリスはミシェルが何も言わないのを良いことに髪の毛を編んでいく。
アイリスのなすがまま、時折撫でられ、緩い力で髪の毛を編まれながら心地よい微睡の中にいるような感覚におちる。
「女の人ってさぁ…髪の毛とかいじるの好きだよねぇ、楽しい?」
「楽しい。自分の髪アレンジするのより人のするほうが楽しいかも」
「俺のお母さんも楽しそうに俺の髪いじってたなぁ………そういうもん?」
くすくすとアイリスが楽しそうに笑う。
少し前、楽しそうにアイリスの髪に指を絡めていたのは誰でしょうかね?
「ミシェルだって楽しそうに私の髪いじってたでしょ」
「あは、そうだった」
「よーし、でーきた!」
満足げな声と共にぱっと手が離されて少しだけ寂しいような、そんな感情を抱く。
頭を撫でられるようなそれは、幼い頃の少ない“楽しかった思い出”をなぞるような心地よさを抱かせた。
柔らかく撫でるように髪を梳く指、小さな子供が母親に頭を撫でてと強請る理由が分かった。
ミシェルの前に体を移動させたアイリスは何かに気づいたようにはっとする。
「チャイナ服とか超似合いそう……!」
「ちゃいな?」
「取り敢えず、かっこいい。改めてイケメンだよね!」
「あは、褒められた」
ミシェルの髪は何時もの緩い一つ括りから三つ編みに変わり、元より飄々としたようなミシェルにその髪型はとても似合っていた。
似非っぽい笑顔を浮かべれば完璧に裏社会にいる笑顔で仕事をする系ヤバ目のおにーさんの完成だ。
ミシェル本人はアイリスの言うチャイナ服という単語が分からなかったらしく首をかしげる。
「ちゃいなふく?」
「東の……こんな服」
ぱっと創造魔法で白い男用のチャイナ服を創り出すとぽん、と手を叩いて納得する。
「東の方の民族衣装のことかぁ」
「きっと似合うよ〜、万霊祭に着てみる?チャイナ服でお札つけてキョンシーとか!強度マシマシに創るから!」
「お嬢さんが創った服とか市販の鎧とかよりよっぽど強いんじゃない?」
「回復なしのHP型だから強度マシマシにしないと累積で壊れちゃうんだよねぇ」
その後アイリスに教わりながら、手先の器用なミシェルは見事アイリスの髪をラプンツェルスタイルへと変えた。
それから、それから?
しばらくしてから帰ってきたフランは、紙よりも白い顔をして帰ってきた。
心配の声をかけるアイリスとミシェルの言葉に反応もせず、ただただ幸せな夢から覚めてしまった悪夢の中の子供みたいに小さく震えていた。
『魔族の子!悍ましい、お前なんぞか私の腹から出てきただなんて!』
『消えろ!失せろ!汚らわしい…!私の視界に入るな!お前が我が家名をなどるなど、烏滸がましいにも程がある!』
『気持ちわりぃ色!知ってるんだぜお前、人間じゃねーんだろ!魔族の仲間!こっちくんなよきったねぇ!』
『黒い髪は邪神の眷属の証、この世のどこにも、お前が存在して良い場所などない。誰にも求められることもない、存在の価値もない…何をしている?黒い髪に生まれたお前でもすべきことが一つだけあるだろう。疾く、死ね。あぁもちろん、この国から出て行ってから勝手に自死しろ。神聖なるこの国にお前の穢らわしい血の一滴も落とすなよ』
“神聖なる国”の悪夢がようやく手に入れた居場所を壊しにくる足音が聞こえた。
_____黒い髪を持った魔族の子供
それが俺
_____生まれてはいけなかった塵
それが俺
_____何をされても文句を言う資格もない屑
それが俺
何の価値もない、不吉で、不潔で、汚らわしい、忌まわしい罪悪の色、黒髪
それが、俺
…なぁ、俺は、思うよ
こんな色さえもってなきゃ、俺はもっと恵まれたんだ、俺はもっと裕福な生活ができたってさ。
こんな色さえなけりゃよかったのに。
_____あぁでもさ、ほんとうに
この色であったことを感謝する日が来るなんて思わなかったよ
お前らのせいだ、こんなこと思うなんてガキの頃じゃ想像もできないよ、ほんとうにさ
新章「色彩」編
次回開幕




