外伝 少女は笑ってそう言った
ひゅるる、るるる〜
「い、“一切合切無干渉的結界”!!!」
ぱちんと張られた結界はアイリスたちを包み込んだ。
落ちた地面は衝撃でえぐれて、けれど落ちた当の二人もキックボードも無傷だった。
……キックボードは空を飛んでた時点で壊れかけていたためそれ以上大破しなかったという意味だが。
その中央の2人は互いに正反対の顔をしていた。
「あれ、君の使った魔法のおかげ?キックボードも無事ー!……あっだめだ壊れた」
「おま、おまえふざけ……」
「ありがとー!ごめんね、まさか落ちるなんて思わなかったんだよね……うーん、魔力回路に魔力込めすぎたのかなー……??」
「し、ら、ん!お前めちゃくちゃにも程があるだろぉ……!!」
けらけら笑ってごめんねと謝る少女に最早怒る気力も失せたらしいエイトがため息を吐く。
衝撃音になんだなんだと集まって来た村人が少女_____アイリスを見てまたかと言わんばかりに声をあげた。
「アイリス、またかぁ!?今度は何したんだ?!」
「いやー、空飛ぶキックボードが壊れちゃって」
「アイリスおねーちゃんそらとべたー?」
「空飛べたけど落ちちゃった」
「えー、わたしもとべるとおもったのにー」
「また一緒に空飛ぼうねー」
「うん!くーちゅーおさんぽ!!」
「ぼくもー!」
「こるぁ!反省せんかぁ!!」
どうも、これが初めての騒動ではないらしい。
怒る大人たちを置いて呑気な子供たち、苦労してそうだなと思ったのは一瞬だけだった。
なんせ
「まぁそうかりかりしないで、じゃーんみてみて。ルヴトーげーっと、群れに遭遇したからみんなで食べても余るくらいあるよ!」
「全くアイリスはしょうがないな!今日は宴だー!」
「アイリスバンザーイアイリス様ー!」
肉の魔力にはみんな勝てなかった。
いやいやそもそもおかしいだろう!群れ!?群れっていったかコイツ!!!
エイトが遭遇したあの一匹はその群れから逃げはぐれた一匹だった。
ルヴトーの群れを、一人で、というか亜空間収納の容量大きすぎないか。
「あ、けどアイリス。ここなおしとけよ?」
「はーい。よっと、戻れぇーい、修復」
散らばった地面の破片が土に飲み込まれてうねりながら形を修復して、瞬きの間に綺麗に元どおり。
開いた口が塞がらなくなりそうだ、なんだこの物理変化のスピードは。
というか!何故!誰もそれに突っ込まないんだ!!?
「ん、アイリス、この子は誰だ?」
「森の中で迷ってた。旅人の一座の人だって、おとうさんなら知ってるかなーって」
「あぁ、シェルムさんなら知ってるかもな」
「あーいーりーすー??」
ごごごごご……と怒りの形相でアイリスの元まで走って来た男、シェルムことアイリスの“お父さん”。
呑気なアイリスが手を振ると余計にその顔が怒りで染まる、があんまり怖くない。
「あ、お父さん」
「あ、お父さん。じゃないでしょー!?まーた一人で森入って!ちゃんと行くときには行くって言いなさい!」
「お母さんには言ったよ」
「ちょっとユウリさん!?俺聞いてないけど!!?」
「シェルうるさい。アイリスおかえりーぃ。ルヴトー狩ってきたんだってーぇ?流石、怪我はなーぁ、い?」
「うん、ないよー!」
「俺だけ除け者にしないで!?」
(……父親も、母親も白い髪じゃないのか)
父親は紫色の髪に金色の瞳、母親は黒髪に緑色の瞳。
どちらもアイリスの容姿と似ていない、色だけではなく顔のパーツどこを取っても。
泣き喚くシェルムにアイリスは困ったようにけれどけらけら笑いながらエイトの腕を引いた。
「お父さんこの子のこと知ってる?ここ最近この辺り通った旅人の人とかいたっけ」
「ん?……んーーーー!???あー、あーね、あー……うん、そうだね。……この子どこで?」
「森にいた」
「そっか。……ん、この子のことは俺がなんとかするから、アイリスたちはルヴトー裁くの手伝って来て」
「「はーい」」
アイリスとユウリがその場を離れたのを見送ったシェルムは苦虫を噛み潰したような顔でエイトを見た。
どこかで見たことがあるようなと思いながら、その顔にエイトを知っていると直感する。
「えーと、何してるんですかエイト王子」
「……なんのことだ?」
「あー、まず俺の自己紹介から行きますね。俺はシェルム・オークランド、旧姓はアルプトロームです」
アルプトロームという名前に記憶の中を漁る、どこかで聞いたことがあった。
少しの間をおいて思い出したそれにあっと口を開く。
「!騎士団にいた“夢見せ屋”か」
「はい。四年前に騎士はやめてからはここで暮らしてます。なんでここに……てのは野暮ですかね。一人ってことは転移の魔法道具ですか?」
「……まぁな」
「まずはケイトさんに連絡してきます。あ、そういえば忘れてましたね。これ、ケイトさん直通の王家の紋が入った通信機です。登録した騎士以外が使うと壊れる……よく知ってると思いますけどね。きっと王宮じゃ大騒動ですよ」
「俺だってすぐに帰るつもり、だったよ。お前の娘に連れてこられたんだ」
「それはすいません、アイリスにも悪気はないんですよ」
へにょりと眉を下げたシェルムに、エイトはため息を吐くしかない。
悪気がないのはわかっているがだからこそたちが悪いというか……
使い切りの通信装置でケイトに連絡を取るシェルムの背中をぼんやりと見つめる。
四年前、といえばエイトはまだ5歳だったがアルプトロームの名は覚えていた。
騎士としての腕はもちろんたっていたが、それ以上に睡眠の状態異常魔法を使い辺りを昏倒させるその戦い方からついた字名は“夢見せ屋”。
もちろん実際はそんな可愛いものじゃないが。
『では明日の朝に迎えがつくようにいたしましょう、夜中の帰りでは逆に危険ですからのぅ。……王子、どうかどうか、今夜はごゆるりと。アルプトローム、王子のことを頼むぞ』
「任せてください」
「ああ、……心配かけて悪いな」
『いえいえ、仕方ありません。なんせ_____空間転移魔法の誤作動ですから』
「……悪いな」
“空間転移魔法の誤作動”ということにしてくれたケイトにもう一度謝罪の言葉を吐いた。
ケイトにはすべてお見通しらしい。
「……しかしアルプトローム……いや、今はシェルム・オークランド、だったか。お前の育て方のせいか、お前の娘の滅茶苦茶さは。おかしいだろ、ルヴトーの群れを一人で……しかもあの魔法道具、あれはあの子が作ったのか」
「俺の育て方……のせいなんですかねぇ?」
「は?」
「あの子昔っからあんな感じで。もっとちっちゃい頃から魔力は膨大でお転婆で、ある日魔法が使えるようになってからはあの調子で。村の人達だって魔法は使えないですから誰も教えたことないのに、俺も見たことのない魔法を使って……」
真剣そうな顔で俯いたシェルムは途端に顔を緩ませた。
「きっと天才なんでしょうねぇ〜」
「…………お前らみたいな奴らが周りにいてあの子は幸せだな」
他の村の誰も魔法は使えない、魔力はあっても魔法が使えない人間など割といる。
父親はこんな調子だし、あの様子だと母親もそうなのだろう。
一端を見ただけでも規格外の力を持っているのに誰も利用しようとしてない、恐れも崇めもしてない。
きっとこれ以上ないアイリスと言う少女が過ごすに、適した環境。
(……ちょっと羨ましいな、あいつはこの村で制限されることなく自由に過ごせるのか)
「おーい、お父さんに迷子の人ー!ご飯だよー今日はルヴトーのカツー!広場にしゅうごー!」
広場にはバイキングのように大きな机に様々な料理が置かれていて、その中央には本日のメインルヴトーのカツ(アイリスの要望にて)が山盛りに盛りつけられていた。
「よーしじゃあアイリスと命の恵みに感謝してかんばーい!」
音頭とともに始まるのは宴で、大人たちは酒を呑んで子供たちはご馳走を頬張る。
アイリスの隣に座ったエイトは少し離れたところで、けれどエイトから不自然なく離れずの場所で周囲に気を張ったシェルムを見た。
その隣には早々に潰れたらしく顔の真っ赤なユウリもいて、シェルムを抱きかかえてでれでれと顔を緩ませる姿に苦笑いをこぼした。
「んー、おいし、はいこれ君の分。変なものとか入ってないからね?あ、そういえば君名前なんだっけ?」
「……エイト、だ」
「えいと、えーと……よし、えーくんね、えーくん」
何故かあだ名を唐突につけたアイリスに首を傾げつつも王子たる自分の名前を連呼しないで済むのは幸いかと安堵する。
「なぁ、あの、空を飛んだ魔法道具ってお前が作ったんだよな」
「うん、そうだよー。でもあれダメだなぁ、魔力回路があんまし良くない、壊れて落ちた時用の安全策も考えないと……」
「なんであんなの作ったんだ?」
「だって面白そうだもん!魔法で空飛ぶのも素敵だけど、箒や絨毯、キックボード!空飛ぶ道具なんて最高に夢があると思うんだよねぇ!」
楽しそうにこれがしたい、あんなのもいい、こうしたらきっと浪漫がある!と話すアイリスはきらきらと顔が輝いていて。
とても、自由で。
王子として生まれたことを後悔した日はないし、たらればを考えたとこで意味がない。
アイリスたちのように自分たちで食料を確保したりする必要はなく、割と望めばなんだって手に入るような羨まれる生活をしている。
だからあの生活を疎んでも、逃げるつもりはなかった、帰るつもりだった。
けど、今日、外の世界なんて見るもんじゃないと後悔した。
だって……アイリスは、こんなにも毎日が楽しそうで……ずるいと、思った。
唇を噛み締めて黙り込んだエイトに何を勘違いしたのかアイリスがエイトの手を握りしめた。
そして悪戯っぽく笑った。
「でもやっぱり、私は道具作りの才能ないから、自分で飛ぶのが一番だなぁ!」
「へ、っ!?」
ぐいっと引き寄せられて浮遊感、見る見るうちに空に浮かんで気がつけば上空何十メートル?
真下でシェルムがぎょっと目を見開いているのが見えた。
「おいばか落ちる!」
「大丈夫だよー」
ぱっと手を離したアイリスに悲鳴が詰まった。
だがアイリスが手を離してもエイトの体は宙に浮かんだままで、透明なシャボン玉の中にいた。
夕暮れのあの時と違って夜空の中に投げ出されたようで、少し寂しくてけれど幻想的に眩しくて。
「……お前は自由でいいなぁ」
空に投げ出されて、ついそう言ってしまった。
アイリスはその言葉によくわからないと首をかしげる。
「えーくんは自由じゃないの?」
「……さぁ、ただ……ちょっときゅうくつでつまらないなぁ」
「んー、だったらさ」
踊るように空を歩くアイリスはいいことを思いついたと手を叩く。
「考えよう」
「へ?」
「楽しいこと、いーっぱい!やなことあっても、その次にある楽しいことがあれば意外と乗り越えられるものだよ!」
「……楽しいこと?」
「そう!考える、ってのは人が与えられた一番自由なことだよ。楽しいこと、面白いこと、可笑しいこと!いっぱいいっーっぱい、やなこと忘れるくらいに!」
_____すとん、とその言葉か不思議な心の奥に落ちた。
そう言えば、思えば、自分は一度も考えたことはなかったな。
王子として生まれた、だから窮屈なのもしんどいのも“しかたない”。
それで済ませて、やなことがあったらいやだけど仕方ない 、だっておれは王子として生まれたんだから、我慢しなくちゃいけない。
だから、自分がしたいことも全部蓋をして見ないふりをしなくちゃ。
痛いと泣く心に蓋して無理して、楽しいことなんてどうせ叶わないならと考えることもしなかった。
だって惨めじゃないか、かんがえたところで、どうせ!どうせ!叶えられないことを考えるなんて!
「今日のご飯が好きなものだったらいいな、面白かった本の続きが早くでないかな、明日は天気がいいといいな……小さいことでも、楽しいことを考える、少しでもいいことがあったらいいなって。叶わない夢でも心の中でこうしたいなって思うだけで楽しいものだし、どうせ叶わないって思うより、少しくらい心の中で現実から逃げたって誰も文句言えないんだから!」
……そうか、逃げてもいいのか。
心の中でくらい、やなことから逃げてもいいのか。
心の中でくらい、やりたいことをやってもいいのか。
「願えば叶う、とは言わないけど、願わない人の願いも叶わないものだから、いつかきっとって願うことくらい自由だもん」
「……そうか、そうだよなぁ……」
しんどい、つらい、きゅうくつで、たいくつ
じゆうになりたい、なってみたい
でも、おれはおうじだから、おれのわがままはいっちゃだめ、おうじとしてうまれたんだから、がまんしなくちゃ
おれがそんなこと、おもっちゃだめ、そんなこと、かんがえちゃだめ
けど、でも、そうか、そうかぁ……
「おれ、こころのなかでくらい、にげてもよかったのかぁ……」
何も知らない自由な少女は空の真ん中で楽しそうに笑った。
「想像せよ、想像せぬものに自由なぞない!、だよ!」
ぽろりとシャボン玉の中で、一粒の雨が落ちた。




