*** 11 お見舞い ***
国立がんセンター東京本部では、全国のセンター長たちが集まって会議が開かれていた。
オブザーバーの瑞祥院長もいる。
議題はもちろんこれからのがん治療体制である。
「まずはこれを診療行為とした場合、医師法をどうクリアするかだな」
「それは我々さえその場にいればいいのではないですか。
彼らは医師の助手ということで。
実際に彼らが患者に触れて医療行為をするわけではないですし」
「それならばなんとかなるかな。だが保険適用は難しそうだなあ」
「やはり厚生労働省は保険診療とは認めないでしょうねえ」
「うむ、メカニズムも解明されていない治療法では難しいだろう」
「それでは保険診療ではなく自由診療ということですか」
自由診療になればサラリーマンの場合、診察料が十倍になる。
「それは今のところ致し方ないのでは……」
まあ、国立がんセンターのことだ。
いくら医師とは言え多少官僚じみた考え方に染まっているのは致し方ない。
瑞祥院長が苦笑しながら口を挟んだ。
「お見舞いでいいでしょう」
「は?」
医師たちが怪訝そうな顔をする。
「あれは診療行為ではなく、三尊氏たちのお見舞いです」
医師たちが驚愕のあまり仰け反った。
「し、しかし、それでは三尊氏たちへの報酬が……」
「六百人近い患者さんたちの命を救われたのですぞっ!」
「報酬はいったいいくらにすればいいものやら……」
「要らないでしょう」
「ええっ!」
「彼らには必要無いでしょう」
「し、しかしっ!」
「患者さんとその家族からの感謝の気持ちが伝われば、それで彼らには充分なはずです」
「い、いくらなんでもそれでは……」
「三尊氏にも生活というものが……」
「これはプライバシーに属することですので御内密にお願い致します」
瑞祥がそう言うと医師たちは固唾を飲んだ。
「三尊氏には地元の瑞祥グループ全社の税務顧問として、年間四億円を超える個人収入があります」
「げえっ!」「あ、あの若さでっ!」
「それから三尊氏が副代表を務める瑞祥研究所には、先日この奇跡を知ったアメリカ合衆国とバチカンの共同出資基金から、当座の運転資金として百億円が寄付されました」
「!!!」
「去年は二百億円の通常寄付があり、今年もまたあるでしょう」
「げえええええっ!」「あ、アメリカとバチカンっ!」
二百億円と言えば、東京がんセンターの半年分の予算に匹敵する。
東京本部長の佐藤ですら声を失った。
「アメリカとバチカンは、崇龍さんの所属する瑞巌寺にも同額の寄付をしています」
「う~ん……」
医師たちは眩暈がした。
「先日マリアーノ司教が同行してきていたでしょう。
彼の書く三尊氏たちに関する報告書は、アメリカ合衆国大統領とバチカンのローマ法王が、毎日寝る前に楽しみに読んで、心を温めてからベッドに入っているそうです」
「う~んう~ん……」
医師たちはもうあまりのことに声も出ない。
「それにそもそも彼らの労働の対価をカネで表すことはムリではないですか?」
瑞祥院長は苦笑しながらそう言って、医師たちにとどめを刺した。
「そ、それではなにか表彰とか感謝状とか、せめて……」
「これは極秘事項ですから、さらにここだけの話にしておいてください」
瑞祥がそう言うと、医師たちはまだこれ以上の話があるのかと唾をごくりと飲み込んだ。
「去年イタリアで、マフィア壊滅という大快挙がありましたでしょう」
「は、はい。全世界が拍手を送りました」
「おかげでイタリアの株価が三倍になっているとか……」
「あれは三尊氏の座禅の御光で霊力を上げてもらったバチカンの留学生たちが、イタリアの霊たちを組織して為した大快挙だったのです」
「!!!!!」
「その功績で、三尊氏はイタリア大統領から極秘裏に直接その胸にイタリア共和国最高名誉勲章をつけてもらっています」
「げげげげぇぇぇぇぇぇっ!」
「ローマ法王は、涙を流しながら三尊氏を抱きしめて感謝し、困ったことがあればなんでも相談してくださいと言ったそうです。
おかげで今でも瑞巌寺にはローマ法王が派遣した留学生が三百人もいます」
また医師たちは声を失った。中には机に倒れ伏している者もいる。
「あ、アメリカは……」
「アメリカ合衆国大統領が、彼らにどのような恩義を感じているのか、私は知りません。
ですが、以前、ある政治家が卑怯にも政治力を使って瑞祥研究所を支配しようと試みましたが、即座にアメリカ合衆国政府が動いて、この大物政治家を失脚させました」
「げげげげげげ…… し、失脚っ……」
「先日アメリカ国内でギャングファミリーの解散が相次いでいるとの報道がありましたね。
それからアメリカ国内の麻薬の押収量が昨年の二十倍に達しているとの報道も。
あれもたぶん、イタリアとおなじ彼らの功績によるものだと思われます」
「うげげげげげ…… あ、アメリカまで……」
「それから、三尊氏の結婚披露宴には駐日アメリカ大使が出席し、大統領からのメッセージを手渡していました。
そのメッセージには、『我が友へ、結婚おめでとう。また会える日を楽しみにしているよ』と書いてあり大統領のサインもありました。
これはわたしも直接見ています」
「う~んう~ん…… お、恐ろしい……」
「日本の首相もなにか困ったことがあったら是非直接教えてくれと言ったそうです」
「う~んう~ん、か、彼はそれほどまでの超VIPだったのか……」
「あ、あんな若い青年が……」
「その彼に報酬や感謝状ですか。そんなものは必要無いでしょう」
「そ、それでは我々や患者さんやその家族はいったいどうしたらいいんでしょうか」
「実に簡単なことですよ。
ただただ彼らに畏怖し、感謝すればいいだけのことです。
わたしのように……」
そう言うと瑞祥院長はにっこりと笑った。
「そ、それほどまでの超VIPを、あ、あんな警備態勢で移動させてていいんですか」
「警備体制ですか……」
瑞祥院長はにやりと笑った。
(やはりわたしは少しSの気があるのかもしらん。
もう少し彼らを驚かせてやるか……)
「三尊氏は、瑞巌寺の属する光輝宗から名誉法印大和尚位という名誉僧階を贈られています。
これはその宗派に属する、あの退魔衆を含む全ての僧侶が、今後百年に渡って三尊氏とその直系家族を全力でお守りするという誓約を意味します。
因みにこの地位が与えられたのは二百年ぶりだそうです。
ですからもし仮に三尊氏に向かって車が迫っているとしたら、その車の前に立ちふさがる僧侶の数は数百人に達するでしょう」
「こ、今後百年っ!……」「に、二百年ぶりっ!」
「それから地元の三尊氏の邸と瑞祥研究所は同じ敷地内にありますが、その隣接地にはその邸と研究所を警護するためだけの目的で警察の分署があります」
「ぶ、分署っ!」「は、派出所じゃあないんですか?」
「いいえ、分署です。
その分署内には完全武装の機動隊一個小隊六十名が待機していて、そのうち十五名が四交代制で完全武装のまま即応体制を取っています」
「か、完全武装っ!」
「い、一個小隊六十名っ!」
「そ、即応態勢っ!」
「瑞巌寺の隣接地にもおなじ武装機動隊の駐屯地があります。
噂では、といっても実は事実ですが、近隣には自衛隊の極秘駐屯地が作られていて、長距離レーダーと武装ヘリ、それから長距離地対空ミサイルパトリオット4と短距離地対空ミサイルが配備されています」
「ち、長距離レーダーっ!」
「ぶ、武装ヘリっ!」
「ぱ、ぱぱぱ、パトリオット4っ!」
「でっ、でも今は無防備ですよね」
そう聞いた医師の目は期待で輝いている。
まるでもっと驚かせてもらいたいと言っているようだった……
(つづく)




