*** 10 水の手柄 ***
料亭瑞祥の社長、瑞祥吉次も悩んでいた。
料亭の夜の予約はいまでも毎日一杯だ。
瑞巌寺の高僧様たちや瑞祥本家の若様たちからいつ御用命があっても大丈夫なように、特別室はいつも空けているようにしているが、それも塞がることが多くなった。
しかも通常はヒマなはずの昼時までもが、瑞巌寺見学の客やそのリピーターで一杯である。
いつもなるべく音を立てないように増築工事をしているが、それでも追い付かない。
瑞巌寺の賄いは忙しいが、それでも食材費はバチカンやアメリカのおかげで裕福になった瑞巌寺様が充分に払って下さるので全く困っていない。
常に人手不足ではあるが、瑞祥椀の評判のおかげで弟子入り希望の若い衆は全国から集まって来る。
従業員にも帰って来てくれた清二板長の高弟たちにも充分な給料が払えている。
それではなぜ悩んでいるのか。
それは瑞巌寺様がもう寄進を受け取ってくださらないからだ。
以前は儲かった分から莫大な寄進をしていたが、今はもう受け取ってもらえない。
逆に厳攪大僧正様から感謝されるとともに、今までの御寄進を感謝の念と共にお返ししたいぐらいだと言われてしまった。
これは瑞祥一族企業も全て同様らしい。
しかもバチカンから、留学生宿舎建設地の代金として、相場の何倍ものおカネが振り込まれてきてしまった。
この莫大なおカネをいったいどうしたらよいものだろう。
無駄遣いするわけにもいかないし……
本家の若様に御相談申しあげても、笑いながら「いいじゃないですかあ、おカネは無いより有った方がいいですよー」とこともなげに言われてしまった。
せめてもと思って、留学生宿舎から瑞巌寺へ続く美しい竹林の道を整備した。
留学生たちは、毎日ここをジョギングしながら通っている。
万が一にも彼らがケガなどしないよう、道を平らに美しく整備するとともに、夜の照明まで灯した。
落ちついた暖かい光の照明だ。
高いところではなく、地面近くにある。
これは夜になるとまるで天に続く道のように見えて実に美しく、吉次は大満足している。
もちろん留学生たちからも大いに感謝されていた。
実はマリアーノ司教からの報告でバチカンも大いに感謝していた。
だがしかし……
まだ莫大な利益が上がっているのだ。これをどうしたものだろう。
夫婦で訪れた休暇旅行先の温泉旅館で、吉次はふと閃いた。
「そうだ、敷地内で温泉を掘ってみよう……」
聞くところによれば、日本全国ほとんどどこでも地中一千メートルも掘れば温泉は湧くらしい。
温泉井一本では無理かもしれないが、五本も掘ればけっこうな確率で湧くというのである。
この温泉井は一メートル掘るのに十万円もかかるらしいが、ざっと暗算した吉次は、三本掘ってダメだったら諦めよう、それでも充分におカネは残る、と思った。
妻に相談すると、実に嬉しそうに喜んでいる。
吉次はさっそく温泉旅館を営んでいる親戚に相談し、井戸掘り会社を紹介してもらった。
三カ月の後、一本目の井戸は、こんこんと清水が湧き出したところで諦めた。
そうして二本目で見事に温泉を掘り当てたのである。
この温泉は、幸いにも硫黄分が全く含まれていないせいでまるで匂いがせず、しかも湯量も多かった。
吉次は料亭の脇に湯小屋と露天風呂を作ることにした。
法要でお疲れになった僧侶様達にまず温泉で寛いでいただき、その後でゆっくりお食事を楽しんでいただこうと考えたのである。
これには僧侶たちも喜んだ。すばらしい企画だ。まさに極楽だ。
おかげで料亭はますます繁盛した。
予約が取れなかった者は温泉だけでも満足した。
瑞巌寺から美しい竹林の道を散歩して料亭に来て、温泉に浸かってまた散歩して帰るのだ。
それなら料亭で食事をするお小遣いの無い、若い修行僧や留学生にも出来る。
吉次は、留学生宿舎の大浴場にも温泉を引いて、外に大きな露天風呂も作った。
退魔衆家族寮にいる退魔衆の家族のために、やはり露天風呂のついた家族風呂も作った。
これにはたいへんな感謝をしてもらい、吉次は大いに満足した。
ようやく莫大な利益の一部を皆さんに、それも一千人近いお世話になった皆さんにお返しすることができたのだ。
温泉が湧き出して三カ月ほど経ったある日、清二板長は弟子を何人か伴って山道を登り、最初に清水が湧きだしたところに出向いた。
もう湧きだす清水は落ちついていて濁ってもおらず、小さな清流を作りだしている。
その清水を口に含んだ板長は、「うん。旨い。お前たちも飲んでみろ」と言った。
清二に舌を鍛えられている弟子たちもみな口々に旨いと言う。
料亭で使っている井戸水とはまた微妙に違った味だ。
板長は弟子に「おい」と言い、弟子は「はい」と答えて、持参した綺麗な一升瓶に清水を詰めた。
それを持ち帰ると清二板長は試しにその清水で瑞祥椀を作ってみたが、出来上がった瑞祥椀を味見した板長の顔色が変わった。
ただちに板長の高弟たちが呼び集められる。
その高弟たちに清二は黙って瑞祥椀を差し出す。
それを頂いた高弟たちの顔色も変わった。
「お、親方っ……」
「あ、味付けを変えられたんで……」
「いや変えてねぇ」
「そ、それじゃあいってぇ……」
「こないだ温泉掘るときに湧きだした清水でこさえてみただけよ」
「うううううっ、ま、まるで違う」
「こいつぁまさに天の味だぁ」
「……おめでとうございやす親方。また新しい境地に届かれましたな」
一番弟子が言うと、居並ぶ高弟たちが「おめでとうございやす」と声を揃えて頭を下げた。
「いいや、俺の手柄じゃねぇ」
「と仰いますと……」
「水の手柄だ……」
すぐに丁重に吉次が呼ばれた。
温泉から上がったばかりの吉次が板場に行くと、清二が、「こいつを飲んでみてやっておくんなさい」と言って椀を差し出した。
ひとくち飲んだ吉次の顔色も変わった。
驚いて立ちつくしている吉次に清二が言う。
「おめでとうございやす。
社長の掘り当てた清水がこんな椀に化けやした……」
さっそく吉次は清水も料亭に引いた。
この水でも旨い椀物が出来たが、どうしても直接汲んで来た水のときの味は出なかった。
弟子が一升瓶で汲んで来た清水だけが、いつもあの味を出せたのだ。
普段の料理には引いて来た水を使い、ここぞというときの瑞祥椀には汲んで来た清水を使うことになった。
可哀想に若い弟子たちは日に数回、山道を登って水を汲みに行くのだ。
だがそのうちこの水汲みはバチカンからの留学生たちが手伝ってくれることになった。
一日に百本もの一升瓶に入った清水が料亭瑞祥に届けられたのである。
彼らは三百人もいるので、瑞巌寺の拭き掃除や庭掃除などの修養は、もはや奪い合いになっていたのである。
座禅や体術の訓練はともかく、掃除などの修養の場が足りなくなっていたのだ。
冬になって雪が積もっても、三百人もの若い留学生たちが山道をすぐに雪かきしてくれる。
瑞巌寺周辺はもとより、料亭の周りも留学生宿舎から瑞巌寺に向かう道も即座に除雪してくれる。
暖かいイタリア南部などから来た留学生たちにとっては、こうした雪かきなどの修養は楽しくて仕方が無いらしい。
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光輝と崇龍さんの全国行脚は今日も続いている。
厳勝僧正は崇龍さん一行について行っているので、光輝の元には交代で上級退魔衆が派遣されてきていた。
光輝も崇龍さんも、国立がんセンターの医師たちで構成された緊急重篤患者対応部隊に連れられて全国の基幹病院を回り、片っぱしから重篤がん患者たちを死の淵から蘇らせている。
今日も光輝は医師たちとともに、ある病院のガン病棟を訪れていた。
またもや大病室に重篤患者たちが二十人も集められている。
最前列は可哀想な小児がん患者たちである。
光輝の御光の治癒効果は患者との距離に関係が無いことがわかってはいるが、心情的にどうしても子供たちを優先したくなってしまうのだ。
光輝はいつも通り座禅を始めた。
もう三時間でかまわないことになっているが、身動きもままならない重篤な患者さんたちを見た途端、異常に集中力が高まって、いつも一瞬で座禅が終わってしまうような気がする。
試しに重篤患者対応部隊の医師たちに頼んで座禅の時間を六時間に延ばしてもらったが、これも一瞬で終わってしまったので諦めた。
光輝はいつか疲れるまで座禅を組んでみたいものだ、などと考えている。
その基幹病院の医師たちの反応はどの病院でもだいたいおなじである。
最初は疑わしげな顔。崇龍さんの場合には有名人に会えた喜びの顔が加わる。
次に光輝の座禅の際に出る御光を見て驚きの顔。
そして光輝の座禅の集中力を見て、だんだん蒼ざめてくる顔。
最近の座禅中の光輝はまるで置物である。まったく動かない。
試しに一度座禅中のバイタルを計られたが、脈拍は一分間に十回しか無かった。
普通なら集中治療室に緊急搬送されてカンフルを打たれてしまうレベルだ。
医師たちはみな光輝の心臓マッサージを始めたくてそわそわしていた。
座禅が終わると、光輝は休息を与えられるか、次の病院に移動するかのどちらかである。
たまに御当地名物の御馳走を食べさせてもらえるが、それでもすぐに移動が始まる。
光輝が行ってしまうと、各々の病院では患者さんたちの検査が始まるが、その検査結果が出始めると、病院の医師たちは一様に驚愕し、再度蒼ざめる。
そして、患者が助かったという喜びの一方、今までの自分の研究と努力はなんだったのかという絶望感に襲われる。
これをフォローするための別同部隊を佐藤東京本部長は用意した。
検査結果が出始める頃になると、密かにトラウマ対応部隊と呼ばれる東京がんセンターの医師たちがその病院を訪れて、患者のカルテを見ながらいつか瑞祥院長が彼らを諭した言葉を繰り返すのだ。
これで各地の医師たちも元気を取り戻す。
それを確認するとトラウマ部隊はまた次の病院に移動するのである。
落ち込んだがん専門医たちが待っている。
国立がんセンター東京本部には日々全国各地から報告が入った。
現在、三尊氏と崇龍上人が訪れた病院は計四十八か所、治癒が始まった重篤患者は最初から合計して五百九十八名にのぼっている。
効果が無かった例はひとつも無かった。
また、患者の回復も異様なまでに早い。
ガン細胞が元の細胞に戻るため、患者への負担がほとんど無いためである。
これで日本全国の余命三カ月未満とみられる重篤がん患者のうち、十分の一が命を救われたことになる。
それが終われば今度は余命六カ月未満の多くの患者が待っているのだ。
そして、それが終われば今度は余命一年未満、それが終われば余命二年未満。
そうして通院患者を含めれば日本全国のガン患者、計八十万人が待っているのである。
気の遠くなるような事業である。
そして……
全世界八千万人と言われるガン患者もまたそれを待ち望んでいるだろう。
そしてこれからもまだまだガンに罹患するひとは増え続けるだろう。
まったく気の遠くなるような事業である。
そしてそれを治療出来るのは、今のところ全世界に三尊氏と崇龍上人しかいないのである。
彼らの計り知れない重要性に改めて気づかされた医師たちは慄然とした。
崇龍上人はともかく、三尊氏にわずかでも過労の兆候が見られたら直ちに報告するようにという厳命が、改めて緊急重篤患者対応部隊に出された。
毎日三尊氏を診察するようにとの指示も出た。
幸いにも三尊氏は何故か日々頑健であり、今のところやや重いホームシック以外の問題は無い、という報告がくると、東京本部にオブザーバーとして詰めていた瑞祥院長は苦笑した。
瑞祥院長の提言をいれて、三尊氏には十日に一度の里帰りが許されるようになったのである。
この里帰りの日が近づくと、周りの医師たちが気の毒に思うほど光輝は浮き浮きしていた。
そして里帰りから帰ってくると哀れなほど意気消沈していた。
これらの様子も詳細に東京本部に送られた……
(つづく)




