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【初代地球王】  作者: 池上雅
第三章 【飛躍篇】
82/214

*** 8 にんまり ***


 その夜、マリアーノくんは報告書を書いた。

 書いて書いて書きまくった。

 一度も手を止めることなく、なにかに取り憑かれたかのように書きまくった。


 ようやく報告書を書き終えたとき、窓の外はすっかり明るくなっていたが、彼は自分がまったく疲れていないことに気がついた。



 その報告書には、主観というものがまったく入っていなかった。

 ただただ起きた出来事を、人々の語った言葉をそのまま綴っただけである。


 ただし、優秀なマリアーノ司教の驚異的な記憶力により、その記述は微に入り細を穿った途方も無く正確なものだった。


 そしてその報告書は読む者全員の心を打った。


 皆涙が溢れて止まらなかった。

 そして不思議に思ってまた読み返すのだが、どこをどうみても事実しか書いていない。

 マリアーノ司教の主観に誘導されたなどということは有り得ない。


 だがしかし、なぜか涙するのだ。

 自然に勇気が湧いて力が漲ってくるのだ。



 アメリカ合衆国大統領も、もちろん涙した者のひとりである。

 見れば目の前で同じ報告書を読んでいる首席補佐官の目からも滂沱の涙が落ちている。


 アメリカ合衆国大統領、アレクサンダー・ジョージ・シャーマンは、その日臨時閣議を招集した。


 バチカンの法王、サバティーナ二世は枢機卿会議を招集した後、神に長い祈りを捧げた。




 枢機卿会議では、やはりこのわざは神の摂理に反したものである可能性が指摘された。

 大多数は、この偉業は現代の人類にとっての途轍もない神の福音であると考えたが、あまりの偉業故、神の摂理に反しているという可能性は否定出来なかったのである。

 多くの意見が交わされ、真剣な議論が為されたがどうしても結論は出せなかった。


 法王が静かに言う。


「それでは皆で神に祈りを捧げ、畏れ多いことではありますが、直接主の御意志を伺ってみましょう……」


 その夜、バチカンのシスティーナ礼拝堂にはバチカン中から全ての枢機卿と大司教が集結した。

 病気療養中の者も車椅子に乗って点滴を打ちながら参加している。

 中にはガン患者もいる。


 彼ら全員のこれ以上ない真剣な祈りはすぐに聞き届けられ、上方から太い力強い光が降りて来て、その中をまたも大天使ガブリエルが降臨して下さった。


 法王は真剣に言った。


「お許しください。我々は罪を犯そうとしております。

 我々と友好関係にあり、我々が援助している者どもが、神の摂理に反する可能性のある行為をしております」 


 法王は真剣に神に許しを乞うた。


 大天使ガブリエルはにっこりと微笑んだ。


「ご安心なさい迷える神の子らよ。

 あれは神の摂理に反するものではありません。

 神の恩寵が神の子らに下されようとしているのです」


 礼拝堂中におおというどよめきが満ちた。


「主イエス・キリストはことのほかお喜びです。

 この神の恩寵を、あまねく世界中にもたらしたいというそなたたちの願いを、大いなる喜びとともに祝福されておられます」


 今度の礼拝堂に響き渡るどよめきは、さっきよりも遥かに大きかった。


「さあ、このような祈りに時間を費やしているときではありません。

 そなたたちはただちに主の御意志に従い、この神の御業の恩寵を全世界に広めなさい」


 また大いなるどよめきの中、そこにいた全ての者が深く頭を垂れた。


「主はわたくしをこの事業の担当に任命されました。

 なにか迷えることがありましたら、またこうしてわたくしを呼び出しなさい。

 そうして迷いが無くなりましたら全力で主の御意志に従いなさい」


 そう言うと、大天使ガブリエルは一同を見渡してまたにっこりと微笑んだのである……



 バチカンはただちに動きだした。もちろん全力で。

 急遽主の御意志推進本部が組織され、膨大な全世界の人材と莫大な資金が惜しみなく投入されることが決まった。


 同時に密かにホワイトハウスとの連絡協議会が設置され、同様に膨大な人材と資金を投入することのできる大国との意見調整の場が確立された。


 だがたぶん、意見の相違はほとんど見当たらないだろう。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 東京の国立がんセンター東京本部の本部長室では、また佐藤本部長ら医師団と光輝たち一行の会議が行われている。


「検査の結果、三尊氏と崇龍上人の座禅の場にいた患者のうち、二時間半以上その恩恵に浴した患者のガン細胞が、すべて縮小し始めました」 


「そうか、やはり進歩しつつあるのか」


 瑞祥院長はやや強い声で言った。


「本日は三尊氏のみに四時間の座禅を行って頂きたいと思いますがよろしいでしょうか」


「もちろんですよ」


 光輝も嬉しそうだ。


 今日は自由に東京見物に行けると思った崇龍さんがにんまりとした。


「そして、その後は全国主要都市にある国立がんセンターの幹部との電話会議を予定していますので、三尊さんも自由時間とさせていただきます。

 ゆっくり御静養されてください」


 光輝もにんまりした。

 光輝はその旨奈緒に電話で連絡し、昼過ぎからはホテルのロイヤルスイートで奈緒とゆっくりくつろいだ…… というかくつろげなかった。

 楽しい修行に勤しんだからだ。


 奈緒は旅行社の担当者とお弟子さんたちに頼んで、午後はみんなで勝手に遊びに行ってくれと言った。

 ひかりちゃんは、今日も飽きずに修行に明け暮れる両親に呆れたような顔をしてすやすや寝ている。



 その日の実験の結果、光輝のみの座禅では三時間で効果が現れることが分かった。

 ということは、崇龍さんの座禅にも効果があるということだ。


「そう言えば最近崇龍さんも座禅のとき少し光っていらっしゃいますもんねー」

 と光輝が言うと、内心自分はまったく役に立っていないのではないかと思っていた崇龍さんが嬉しそうな顔をした。

 そうして天界の鬼子母神さまのお屋敷にいるであろう子供たちを見るように、天を仰いでにっこりと微笑んだ。


 翌日、一行は朝から名古屋に移動することになった。

 名古屋の国立がんセンターで重篤患者を治療するとともに、実験を続けるためである。

 その翌日は大阪がんセンター、その翌日は福岡がんセンターと主要都市を回る実験と治療の行脚が要請されている。


 むろん光輝には異論は無かったが、心配なのは奈緒ちゃんである。

 いくら献身的なお弟子さんが五人もついているとはいえ、ひかりちゃんを連れての全国ツアーはたいへんである。


 奈緒は素直に「じゃあわたしたちは先に家に帰っていますね」と言ってくれた。

 その旨を龍一所長に連絡すると、「それなら奈緒ちゃんとお弟子さんたちはもう二~三日東京で遊んでおいで。まだお小遣いぜんぶ使い切っていないでしょ。全部使い切るまで帰って来ちゃあダメだからね」と言われた。


 その間に追加の護衛も派遣してくれることになった。

 瑞祥警備保障の護衛さんたちは五人が光輝について行き、三人が残って追加が来るまで奈緒たちの護衛に当たることになったのだ。

 まったく至れり尽くせりである。



 光輝たち一行が名古屋駅に着くと、ここでもやはりパトカーに先導された車列に出迎えられ、すぐに名古屋国立がんセンターに連れていかれる。


 今日は二十人の重篤患者を集めた病室で、崇龍さんのみが八時間の座禅を行う。

 最初光輝だけ次の予定地である大阪に移動する案も検討されたが、もしも崇龍さんだけでは効果が無かった場合に備えて、光輝も名古屋に待機することになった。



 名古屋がんセンターの医師団に厳勝が崇龍さんの姿を見せてやると、やはりここでもどよめきが広がる。

 このパフォーマンスは実に効果的だ。

 疑わしそうな顔をしていた名古屋の医師たちも、すぐに大人しくなった。


 崇龍さんが座禅を始めると、やはり少し光っている。

 お釈迦様の隣で長時間座禅を組んだので、その説得の力を少し分けて貰ったのかもしれない。


 その日一日光輝はのんびりと観光を楽しんだが、奈緒ちゃんとひかりちゃんがいないので寂しかった。

 光輝は自分は奈緒ちゃん依存症かもしれない、などと考えていた……




 崇龍さんの座禅は六時間で効果が現れた。だいたい計算も合う。

 名古屋の医師団は、ガン細胞が縮小を始めた重篤患者の検査結果を見て、呆然として声を失っている。

 それを見て佐藤本部長がにんまりしたので余計にショックだったようだ。


 その日は夜のうちに大阪に向かった。

 強行軍だったが、大阪でも重篤患者が待っているのだ。

 名古屋の医師団も大勢加わっている。


 大阪の医師団が検査結果を見て蒼白な顔をしていると、東京と名古屋の医師団がにんまりした。


 同じことが福岡がんセンターでも繰り返された。

 大阪の医師団も加わって一行の人数は膨れ上がっている。


 ここでも二十名の重篤患者の命が救われ、福岡の医師団が呆然としていると、東京と名古屋と大阪の医師団がにんまりした。


 次は飛行機で札幌への移動だ。

 またもや福岡の医師団も加わって、一行は総勢三十名にもなっている。

 札幌には佐藤本部長に言われて仙台がんセンターの医師団も来ていた。

 ここでもまず二十名の重篤患者の命を救う。


 またもや検査結果を見て愕然としている札幌と仙台の医師団を見て、東京と名古屋と大阪と福岡の医師団がにんまりした。


 みんな実に嬉しそうだった……




 この札幌での治療実験では、特別な実験が用意されていた。

 なんと札幌ドームを借りきって、距離の実験を行うのである。


 広い野球場の中に、ホームベースからセンターのフェンス付近までガン患者のベッドが一列に並べられた。

 札幌がんセンターに入院している五十名のガン患者が、ホームベースに近いところから症状が重い順に全員並んでいる。

 球場内は昨日から患者の為に少し気温を上げてある。


 そうして光輝と崇龍上人は、ホームベース付近で座禅を組み始めたのである。

 今度もまた強烈な光がドーム内を覆った。

 照明も要らないかもしれないと思われるほどだ。


 だが不思議なことにやはりいくらその光を見ても眩しくない。


 用意されていた光度計を見た医師が声を失った。

 なんと光度は座禅前と同じだったのである。


 すぐにドーム内の照明を全て落としてみたが、やはり光度はゼロだった。

 しかし球場全体に光が満ち溢れている。そのまま野球ができそうだ。

 これにはその場にいた全員が言葉を失った。


 奇跡を目の前にして全員の肌に鳥肌が浮き、中にはその場にしゃがみ込む者もいる。


 念のため球場内を歩き回って、あちこちで御光をその目で見た医師もいたが、どこにいても同じように明るかった。影すら出来ないのだ。



 そうして…… 

 実験の結果、三尊氏と崇龍上人の治癒の光の治療効果は、患者からの距離にまったく影響を受けないことがわかったのである。


 五十名を超える医師団全員はまたもや言葉を失った。

 彼らは本当の本物の奇跡を目の当たりにしたのだ。

 もはやにんまりとする者も無く、会議室に集結した彼らの沈黙は重かった。


 さすがに疲れた光輝が「ふああああ」とあくびをすると、その場にいた全員が光輝を凝視しているのに気がついた。


「す、すいません……」


 光輝は小さくなっている。

 瑞祥院長だけがそんな光輝を見て微笑んでいる。



「我々がん研究者は全員失業ということですな……」


 大阪がんセンターの所長が、先日の佐藤東京本部長とおなじ憔悴した顔で苦しげな口調で言った。


 佐藤東京本部長が朗らかな声で言う。


「いや、今までの研究成果を失って悲しんでいる余裕など我々には許されないのだ……」


 そこにいた全員が、事実上の日本のガン研究と臨床の第一線で働く権威たちが、下に向けていた視線を上げて佐藤本部長を見た。

 その顔は皆、一筋の光明を求めて縋るように佐藤を見つめている。


「瑞祥よ。以前俺を諭してくれたように、皆を諭してやってくれんか」


 瑞祥院長は、静かな口調で先日と同様に皆に語り始めた。

 瑞祥が語るにつれて、医師たちの目に輝きが宿り始める。


「……ということでですな。

 我々の前には、即座に、それも全力をもって当たらなければならない人類への最重要な貢献の道が広がっているのです。

 人類全体の平均寿命を驚異的に引き上げてやれるかもしれないチャンスです。

 医学を志した者として、歴史上最大級の人類貢献のチャンスなのであります。


 今までのちっぽけな自分の人生の成果を失ってしまったことなど、どうでもいいことではありませんか」


 やはりこの瑞祥という男もただものではなかった。

 その場にいた医師全員の顔が歓喜に輝いたのだ。


 光輝がまた「ふああああ」とあくびをして「すっ、すみませんっ!」と謝った……







(つづく)


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