*** 33 感銘 ***
翌日、一行は瑞祥研究所の裏手に完成した特殊捜査本部兼霊たちの溜まり場に案内された。
新しい建物の大きな部屋になっていたが、それでも大勢の男たちが入ると少し窮屈だ。
一行は榊警部補に紹介され、純子の面構えをみた調査官らはすぐにプロとして尊重した。
面構えはプロのものだったが、なぜか警部補のお肌はつやつやしている。
榊警部補の助手は三人に増えていた。
壁のデジタルスクリーンには県内の地図と警察署の所轄が表示されている。
スイッチを押すだけで全ての警察署に即時連絡の出来る設備もあった。
榊警部補が特殊捜査本部の説明を始める。
上級退魔集である厳勝が気を入れると、室内にいる大勢の霊の姿が浮かび上がった。
通訳が二人、調査官たちに通訳している。
部外秘を条件に、調査官たちには全てを教えるよう指示を受けていた。
と、そこへ一人の霊が飛びこんで来た。
巡回中の高速移動可能な中級霊である。
「緊急連絡っ! 県中部○○地区でひき逃げ事件発生っ!
場所は県道○号線○○橋から西に五百メートルのカーブ地点!」
榊警部補の助手が、直ちに所轄署への回線を繋げて状況を伝え始めた。
すぐに壁のスクリーンが現場付近の詳細な地図に切り替わる。
飛び込んで来た巡回霊が地図上の一点を指差しながら続ける。
「犯人は白いセルシオに乗って逃走中。
被害者は農作業に向かう途中と見られる老人。
カーブから畑に跳ね飛ばされていて、他の通行者から見えない状態!
まだ生存なるも意識は無く至急救助が必要!」
「最寄りの消防署に救急車の出動を要請っ!」榊の助手が叫ぶ。
「現場は消防署から遠く、また老人の状況から見て緊急救助ヘリの出動を推奨っ!」
「県警本部に緊急救助ヘリの出動を要請せよっ!」榊が叫んだ。
助手が県警本部に連絡し始めた。
壁の地図上の巡回霊が指差したところにポイントをつけると、それをそのまま県警本部に転送する。
本部からヘリのGPSに転送されるだろう。
それを見届けた霊が続ける。
「犯人の車は西に向かって逃走。現在巡回班九十八号田中三郎君が追尾中。
犯行車のナンバーは、県内ナンバー、「た」○○○○」
そこまで慣れた口調で言った霊は一息ついた。
榊の助手がもう一度最初から繰り返してもらって調書を作っている。
十五分程経つと壁のスピーカーから声が出た。
「救急救助ヘリ現場に到着。指示された場所に被害者発見。現在降下中」
スピーカーからはヘリのローター音が聞こえている。
「救急隊員が被害者のいる場所に到着。生存なるも意識不明。
至急県立○○病院に搬送予定」
さらに十分後、ヘリからまた連絡が入った。
「○○病院ヘリポートに到着。被害者は緊急治療室に入った。
生存、繰り返す、生存」
調査官らがいる部屋で歓声が湧いた。霊たちもみんな喜んでいる。
二十分後、巡回班九十八号田中三郎君が捜査本部に到着して報告した。
「犯行車は自宅と思われる家屋に帰着。
住所は○○市○○町○‐○ 表札名は○○○○
犯行車を車庫に隠してシャッターを下ろしましたっ!」
「至急所轄署に連絡っ。捜査員の派遣を要請っ!」
また榊警部補の指示が飛ぶ。
しばらくすると、また壁のスピーカーが声を出した。
「○○署より特殊捜査本部に連絡。捜査員が指示された民家に到着。
職務質問後、ガレージを開けて車を視認。
前部左側が壊れていて血痕が付着している。
現場確保の上、応援と鑑識班の出動を要請中。容疑者は確保済み」
これも歓声が起きた。
周り中の霊たちが巡回班の霊たちを取り囲んで絶賛している。
巡回班の二人は実に嬉しそうだ。
龍一所長たちも賞賛の輪に加わった。
後で知らせが来たが、被害者は危ういところで助かったらしい。
あと三十分遅かったら危なかったそうだ。
捜査霊のヘリ推奨が正しかったわけだ。
ひき逃げ犯人もたったの一時間で逮捕されたことになる。
キーガン警視とリッツイアーニ警視はたいへんな感銘を受けていた。
目の前で霊たちと警察が共同で事件をあっという間に解決して、被害者の命まで救ったのだ。
感動的なまでに見事な連携プレーだった。
キーガン警視は静かに言った。
「素晴らしいものを見せていただきました」
「いえ、このケースはかなり運が良かったですね」
「ああいう巡回中の霊の方は何人ぐらいいるんですか」
「ええと、県内で約四千人、二千組ぐらいですね。二人ひと組ですから。
なにか問題が発生すると、一人がここに戻って来て報告してくれます。
二千組しかいないので今回のようなケースは運が良かったですね」
それでもたいへんな人数だ。
「もしこの件が目撃されていなかったらどうなっていましたか」
「その場合はお気の毒ですが被害者は助からなかったでしょう。
そしてひき逃げ殺人事件として重大事件扱いになります。
約二万人の捜査霊たちが、県内全てのガレージを半日で調べてくれるでしょう。
それでも見つからなければ、近県の特殊捜査本部にも連絡が行きますが、その場合は全部で五万人の捜査霊たちが二十四時間体制で調べてくれると思います。
すべての修理工場に霊たちが張りつきます。
彼らの担当地域は決まっていますので実に効率的です。
もう何十回もやっていますし。
もちろん現世の警察も、緊急配備によって周辺の全ての道路の監視体制に入ります」
キーガン警視とリッツイアーニ警視はその動員力と効率にまた感動していた。
「あの巡回中だった捜査霊さんは元警察官だったんですか?」
「いえ、あの方は元小学校の先生だった方です。
教え子をひき逃げ事故で亡くされたことがあって、霊になってから自ら申し出て訓練を受けたあとに、ああして二十四時間巡回をしてくださっています。
あの方はこれでお手柄は五回目ですね。
巡回班の霊は皆さん同じような方々です」
「天には昇られないんですか?」
「最初は手柄を立てたらすぐ天に昇ろうと思っていらっしゃったようでしたけど、今ではああしたお手柄を立てること自体が嬉しくなられて実に頑張ってくださっています。
お弟子さんもたくさんいらっしゃるんですよ。
あの田中三郎さんもそのお弟子さんのひとりです。
車の追尾方法を師匠から教わりました」
キーガン警視とリッツイアーニ警視はさらに感動した。
「組織犯罪等についてはいかがですか」
「県内すべての暴力団、ああファミリーには常に監視がついています。
その構成員一人につき二人の霊が二十四時間つきっきりで監視してくれています。
なにしろ彼らには疲労がありませんから。
飽きると相談して担当を変えてもらっているようです。
生前ファミリーの犯罪のせいで彼らを恨んでいた方の霊が多いですね」
キーガン警視とリッツイアーニ警視はもっと感動した。
「この特殊捜査本部は二十四時間体制ですか」
「はい。私と三人の助手が交代でついています。
今日は皆さんがお見えになるので三人いますけど。
一人は今上の休息室で寝ています。
忙しいときは近隣の警察署から応援も来てくれますし」
「この特殊捜査本部の存在こそが、あの奇跡の検挙率を成し遂げた理由なのですね」
たいへんな感銘を受けているリッツイアーニ警視が真剣な声で聞いた。
榊警部補は須藤警視正を振りかえった。
須藤はにっこり笑って言う。
「はい。そのとおりです。
ここにいる榊警部補は、その中心になったこの特殊捜査本部を組織した功績によって、来月警部に昇進する予定です」
それは純子にとっては初耳のことであり、純子の顔が輝いた。
徳永署長もうれしそうだった。
イタリアとアメリカから来た調査官たちは、それは当然だろうという顔をしている。
調査官たちも一人ずつ交代で二十四時間体制でこの特殊捜査本部に常駐させて欲しいと要望し、須藤警視正はもちろんそれを快諾した……
イタリアとアメリカの調査官たちの調査報告書は、日を追うごとに途轍もない分量になっていっている。
なにしろ報告することが山ほどあるのだ。
この特殊捜査本部に一日座っているだけで山のような報告書が出来上がっていく。
そして、それら全ては彼らの国の捜査状況を根底から変えて行く可能性を持つものばかりだったのだ……
だが、それは次第に最も重要な要素を浮き彫りにもしていったのである。
それは、この奇跡の捜査体制は、すべて霊とコンタクトの出来る霊能力者に依存しているということであった。
彼らの協力が無ければこの特殊捜査本部は成り立たなかったのである。
調査官たちは、遠方の県の特殊捜査本部を見学しにも行った。
そこでは上位の退魔衆ではない霊視能力者が、あいうえお表で霊とコンタクトしている。
それは榊純子の特殊捜査本部を見た者の目には、非常に非効率なものと映った。
つまり特殊捜査本部の効率は、霊視能力者の能力に比例していたのである。
霊を見ることしか出来ない者では、そもそも霊たちを組織するのも難しいだろう。
要するに、瑞巌寺と瑞祥研究所の役割がいかに大きいか、ということであった。
ホワイトハウスとバチカンが、なぜ彼らを異常に大事にしているかもよくわかった。
調査に大きな進展が見られて満足したキーガン警視とリッツイアーニ警視は、特殊捜査本部の調査を部下たちに任せて周辺調査に入った。
つまり書類上ではなく、瑞巌寺と瑞祥研究所が実際にどのような組織なのかを調べ始めたのである。
それにはまず、瑞巌寺や研究所に居ることが重要である。
こうして二人の警視は瑞巌寺や研究所に入り浸りになった。
瑞巌寺に頼んで退魔衆宿舎に泊めてもらったほどである。
そうして修行僧や留学生たちと一緒に修養や修行までした。
本堂の拭き掃除までしたのだ。
見上げた根性である。
そうして彼らは、能力者たちがその能力を高めるのに、どれほどの努力が要るのかを身をもって知ったのである。
座禅会にも参加した彼らは、そうした能力を高めていくのに光輝がどれほど役に立っているかとの説明を受けた。
マリアーノ司教とミハイル司教は光輝の重大な貢献を特に強調して説明した。
光輝を崇拝している口ぶりだった。
キーガン警視とリッツイアーニ警視は思った。
これはもう、自国にこうした能力者養成機関を作るのは無理であろう。
もし作れたとしても、五年や十年はかかるだろう。
それでも実際に作れる保証は無いのだ。
しかも自国には三尊光輝氏はいないのだ。
能力養成に何年かかるのか見当もつかない。
全世界でこの瑞巌寺だけが特別な養成所であるのだ。
三尊氏や退魔衆たちの価値も計り知れない。
二人の警視たちの報告書の結論は決まった。
この瑞巌寺と瑞祥研究所に国際的な庇護を。
特に三尊光輝氏と退魔衆は、今後全世界の犯罪捜査にとって最重要な人物になり得る可能性がある。
そして、国際的な支援によって、さらに大規模な留学生の受け入れ要請を。
それにより、世界の組織犯罪の撲滅と犯罪検挙率の大幅UPが可能になる。
という結論だった。
この報告書を読んだイタリア警視総監とNY市警本部長は体が震えるほどの感銘を受けた。
手詰まり状況が続いていた自分たちの捜査に新たな光が差し込んだのだ。
それも巨大な光である。
報告書を見たロマーニオ枢機卿も、ホワイトハウスの大統領首席補佐官も、たいへんな感銘を受けた。
そして自分たちに何が出来るかを真剣に考え始めたのだ。
そして……
バチカンの法王様も、アメリカ合衆国大統領もまた、たいへんな感銘を受けていたのである……
(つづく)




