*** 34 視察団 ***
バチカンからロマーニオ枢機卿本人が直接来日して、イタリアの警視副総監とともに政府首脳にお礼を伝えた。
アメリカ合衆国からはNY市警本部長を伴った大統領首席補佐官が来日して、政府首脳に感謝の意を伝えた。
同時に懸案となっていた日米間の貿易問題がひとつ解決した。
アメリカ側が譲歩してくれたのである。
それは小さな出来事であったが、重大なサインでもあった。
バチカンやイタリアからの使節と大統領首席補佐官らは合流して、瑞祥研究所と退魔衆の活躍の話で大いに盛り上がった。
ロマーニオ枢機卿はシスティーナ礼拝堂でのミサの話をして、首席補佐官を感動させた。
首席補佐官はホワイトハウスの庭の木の霊の話をして、ロマーニオとイタリアの警視副総監を感動させた。
あのハート形の木の洞が出来るのを見たときには、大統領も自分も腰を抜かしたと言って笑った。
それを聞いていた伴堂外務大臣は驚きつつも少し羨ましそうだった。
さらに、これほどまでに各国の重要人物たちから大事にされている研究所や瑞巌寺を、小手先の政治力で支配下に置こうとした新庄はいかに愚かだったのかと思い知らされたのである。
同じようなことを試みた、自分の部下であった外務省高官のことは思い出したくもなかった。
自分の派閥の新田代議士が、なぜあれほどまでに彼らを敬愛しているのかもよくわかった。
もしも内閣が彼らに政治圧力などかけようとしたら、バチカンと合衆国が黙っていないだろうということもよくわかった。
意気投合した一行は、翌朝白バイの先導する長い車列を作って一緒に瑞祥研究所と瑞巌寺に向かったのである。
龍一所長に案内された一行は、瑞巌寺に着くと、またあのパフォーマンスを見せられた。
VIPに配慮して、「これから霊たちをお見せしますので心の準備をしてください」という前置きがつけられた。
VIPたちに恥をかかせるわけにはいかない。
それでもVIPたちは相当にたじろいでいた。
今回の崇龍さんは五メートルの大きさで控えめである。
ロマーニオ枢機卿は留学生たちの修行ぶりを見て充分に満足し、マリアーノ司教とミハイル司教に微笑みかけた。
首席補佐官は気をつけをして敬礼していた五人の訓練教官のところに行き、ひとりひとりの名前を言いながら親しく握手して話しこんでいた。
ミハイル司教の報告書で彼らの任務を超えた大きな貢献を知っていたからである。
訓練教官たちは、高名な大統領首席補佐官が自分たちの名前まで覚えていてくれたことに感激している。
補佐官は彼らに、教官をあと五人増員させるので候補者を推薦して欲しいと依頼し、それで交代で休暇を取るようにとも言った。
五人の教官は「サー」と大きな声で言ってまた敬礼した。
五人とも実に嬉しそうだった。
自分の真剣な努力が認められて感謝されるのを嬉しいと思うのは、なにも霊たちばかりではなかったのである。
一行は昼食のために料亭瑞祥に向かい、料亭の社長は玄関口で一行を出迎えた。
清二板長もいる。
社長はVIPには慣れてはいたが、これほどの車列は初めてである。
白バイの先導までいた。
一行はやはり瑞祥椀に驚いていた。
なぜ透明なスープがこんな芳醇な味になるのだろう。
ロマーニオ枢機卿は料亭の社長に丁寧に留学生寮用地を売ってくれた礼を述べ、同時にもっと寮を建てたいのでまた土地を譲ってくれないかとこれも丁寧にお願いした。
社長が見ると、なんと外務大臣まで日本国政府としてもお願いします、と頭を下げているではないか。
あの竹林は御先祖様から受け継いできた大事な大事な土地である。
だが間違いなく御先祖様も誇りに思って感激して下さることだろう。
それにまだ、竹林は大部分が残っている。
寮の数が倍になっても竹林全体の一割にも満たないだろう。
社長はその場で快諾した。
枢機卿が言って来た新たな建設用地は本当に今の用地と同じ面積だった。
どうやらタワーを全部で四つにするつもりらしい。
あとで提示された土地購入代金は前回の倍だった。つまり相場の三倍である。
社長は、そのお金で竹林の中を瑞巌寺に続く遊歩道を作ろうと思った。
そうすれば留学生たちは自慢の美しい竹林の中を毎日歩いて瑞巌寺に通える。
それは瑞巌寺への近道でもあった。
瑞祥建設設計部は、料亭の庭から見た留学生寮が最も美しく見えるような配置を検討したが、今建設中のタワーが完成次第、あと二つのタワーの建設に着工するようにも要請された。
バチカンが提示した予算は、今のタワーのそれの五割増しである。
その分、今建設中のタワーのうち、図書室や大浴場の無い方のタワーの内装を豪華にして欲しいとも言い、みんなは高位の聖職者の寮にすると思った。
その後研究所の特殊捜査本部に移動したVIP一行は、ここでも感銘を受けた。
大事件こそ発生しなかったものの、本部には続々と霊たちが報告にやって来ている。
新たに退魔衆に加わった若い退魔衆が、交代で霊と現世の警察官のコミュニケーションを助けている。
霊たちの通常報告は五人の元警察官の霊が受けて、榊警部補の助手に要点を伝えている。
重要な報告は直ちに助手に伝えられた。
暴力団の監視に当たっていた霊のうちのひとりが、恐喝現場を目撃したと報告に来た。
直ちに所轄署に連絡が入って捜査員が現場に急行し、容疑者を任意同行で引っ張って行った。
県内の反社会的勢力はかなり弱体化してきている。
なにしろ反社会的勢力のくせに、反社会的行動をするとすぐに逮捕または任意同行されてしまうのだ。
構成員がほとんどいなくなってしまった暴力団もあった。
その隙をついて他の県から進出してきた勢力もあったが、すぐに同じ目に遭って撤退した。
隣県の勢力も同様な状態になりつつあるそうだ。
榊警部補は、そうした現状をVIP一行に説明した。
反社会的勢力の幹部の監視には中級以上の霊が当たり、ときどき取り憑いて動かなくさせたり、枕元に立って組織の解散を促したりしているそうだが、これがけっこう効くのであるとも説明した。
もともとああした稼業の連中には迷信深い者が多い。
それに加えて、上級霊たちが地獄から先代の親分の霊を連れて来て、組を解散するよう説得させたりしているそうなのだ。
「お、俺ぁ今地獄で酷ぇ目に遭ってるんだ。
だ、だがお前ぇが組さえ解散してくれりゃあ、亡者から地獄の清掃係にさせてもらえて責め苦から逃れられるんだ。
なぁ、頼む! 組ぃ解散してくれいっ!
さもないとお前ぇが地獄に落ちた時、俺も一緒にもっと酷ぇ地獄に落とすって言われちまったんだ……」
ズタズタのボロボロに責め苛まれた元親分に、そんなことを毎晩毎晩枕元で言われている幹部連中も堪らないらしい。
VIP一行はさらに感銘を受けている様子である。
加えてなにしろファミリーの全構成員の二十四時間監視体制だ。
霊たちの数はそれほど多いのである。
そして彼らは誰にも見られずに気づかれずにそれが出来るのだ。
どこにでも入って行ける。妨害も出来なかった。
究極の監視体制である。
充分に満足したVIP一行は研究所スタッフたちに見送られて帰っていった。
霊たちは霊となってから五十年ほどすると、霊としての力が上がって現世の人に取り憑いたり出来るようになる。
妄執が強いと特定の人にならすぐに出来るようになる霊もいた。
もしそれで単に面白いからといって現世の人に害を為していると、悪霊として退魔衆に退治されてしまう。
もう県内にはそういう悪霊もほとんどいなくなった。
悪霊であることを止めて山の奥深くなどでひっそりと暮らしている霊も多いそうだ。
試しに崇龍さんが志願者の修行僧に取り憑いてみると、その修行僧はやはり硬直して動けなくなったり気絶したりした。
志願者の手足を勝手に動かすことも出来た。
志願者が何人いても全員自由に動かせ、行進させたりも出来た。
さすがは四百年ものの超高級霊である。
もっとも崇龍さんはそのような真似は嫌いのようで、あまり楽しそうではなかったが……
東京に帰った一行は、外務省にほど近いホテルの一室で会合を持った。
アメリカ合衆国からの出席者は、大統領首席補佐官とNY市警本部長、それにその随員たちと、キーガン警視。
イタリアからは警視副総監とその随員にリッツイアーノ警視。
バチカンからはロマーニオ枢機卿と随員の若い神父。
そして日本側は伴堂外務大臣と外務省の高級官僚たちだった。
警察庁長官と須藤警視正も呼ばれている。
会談は英語で行われたが、必要な者には同時通訳が日本語やイタリア語に訳した。
まずはロマーニオ枢機卿と合衆国大統領首席補佐官とイタリアの警視副総監が、視察や調査官の受け入れについて、丁寧に日本側にお礼を述べた。
その後は、和やかな雰囲気の中にもいくつかの決定が粛々と為されていく。
まずイタリア側とアメリカ側が議題にしたのは、瑞祥研究所と瑞巌寺の警備態勢だった。
あのままではいくらなんでも無防備すぎると断言する。
悪意をもった国や特定勢力の襲撃などを防ぐことは出来ないだろう。
バチカンも加わって、あの奇跡の能力者たちとその家族を、いかなる勢力のいかなる影響からも守るよう日本政府に丁重に要請がなされた。
つまり日本政府が政治的行動に出たとしても黙っていないという意思表示でもある。
それはまた協力してくれた場合には、イタリアとアメリカ合衆国とそしてバチカンの多大なる友好を期待出来るということでもある。
伴堂外務大臣と警察庁長官はにっこり笑ってご安心くださいと言った。
大統領首席補佐官は、場合によっては在日米軍が総力を挙げて協力するとまで言い、須藤警視正の顔が引き締まった。
次の議題は金銭に関してのことである。
首席補佐官とロマーニオ枢機卿は、あの研究所と瑞巌寺の真摯で貴重な活動が、如何なる場合であっても金銭による制約で阻害されてはならないと言い切った。
そのためには合衆国もバチカンも助力は惜しまないと言う。
ただし、その金銭的援助によって研究所に影響力を持ち過ぎることは、お互いが許さないであろうとも言った。
日本側に対しては、国内制度を通じた彼らへの影響力を及ぼさない金銭的援助の方法を検討して欲しいと要請した。
それには当然税当局への対応も含まれる。
伴堂外務大臣がロマーニオ枢機卿に、「もしお差し支えなければ、いかほどの援助をお考えか教えていただけますでしょうか」と聞くと、枢機卿は、「いくらでも必要なだけです」とあっさりと答えた。
枢機卿以外の参加者は全員、バチカンが本当に本気であることを知ったのだ。
もちろん枢機卿も本当に本気だった。
あの法王様がそう仰ったのである。
大天使ガブリエルのお姿を見、そのお声を聞いてからの法王様のご意思は固まっていたのだ。
何か少しでも問題が発生したら、すぐに大使館を通じて連絡をいただきたい。
そう取りきめが交されて会談は終わった……
(つづく)




