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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 15 料亭瑞祥 ***


 あまりの法要の多さに遂に音を上げた瑞巌寺の僧侶たち一同は、とうとう厳攪を通じて総本山の厳正大僧正にお伺いを立てることにした。


 厳正大僧正は、友好関係にあった光臨宗の総本山を訪れ、その宗派の大僧正に事情を説明して法要の委託を依頼したのである。


 その宗派は、もともとは厳正が大僧正を務める光輝宗とは宗祖が同じだったのだが、設立後二百年程経ってから高弟たちの跡目争いで分裂していた宗派だった。


 法要の委託は、現在いくら友好関係にあるといってもかなり異例の申し入れである。

 むろん委託料は支払うと申し入れている。

 その宗派の総本山大僧正である最慎は、友人でもあった厳正の依頼を快諾した。


 だが、ひとつだけ条件があるという。

 それは噂の光輝修行会へのその宗派の僧侶の参加許可であった。

 むろん厳正大僧正もこれを快諾している。



 数日後、光輝修行会に参加するために瑞巌寺を訪れた最慎大僧正の姿があった。

 厳攪が案内してはいるものの、最慎は粗末な修行衣姿である。


 他の大勢の僧侶と共に修行場で座禅を組もうとした最慎は、中央のお堂に座る光輝の後上方を見て大驚愕した。体が一瞬硬直している。


 まもなく座禅が始まったが、光輝の後上方からの暖かい御光は、座禅の間中最慎を照らし続けた。

 最慎は、長いこと体に溜まっていたしこりがやさしくほぐされて行くのを感じていた……



 座禅終了後、お堂には厳攪と光輝、それに最慎の姿があった。

 他は皆、法要に戻って行っている。

 最慎はまたもや光輝の後上方を見やると、手を合わせて長いこと平伏をしている。

 どうやら最慎には三つの光の中の尊いお姿も見えるようだ。

 さすがは大僧正である。


 最慎は顔を上げると微笑み、静かに言った。


「ようやく拙僧にもわかり申した。

 なぜ貴宗の僧侶様たちが、あれほどまでに熱心に無報酬の法要にご参加為されておいでになられていたのかが……」



 数日後、その宗派の僧正を全員伴った最慎大僧正がまた瑞巌寺にやってきた。

 全員が粗末な修行衣姿である。


 厳攪が修行場に案内し、一同は進行中の大法要と、その周りで急いで食事を詰め込む大勢の僧侶たちと、さらにその周りを動き回って食事やお茶の世話をするやはり大勢の老婆たちの中を進んで行く。

 バスに乗り込んで地縛霊の法要に向かう僧侶たちも大勢いる。

 やはりまるで戦場か、災害の後の炊き出しのような光景である。


 一同は厳攪の先導で修行場に続く石段を昇った。

 今日の光輝はお堂ではなく、お堂の前の玉砂利に座っている。

 彼らのほかには誰もいない。


 最慎と一緒に座った僧正たちは、やはり光輝の後上方を見やって大驚愕した。

 即座に平伏する者。手が震えたまま何も出来ない者。腰を抜かした者。

 光の中の尊いお姿は見えていないのだろうが、それでもさすがは皆僧正だけあって、光は見えるらしい。


 最慎大僧正がおほんと一言発すると、皆我に返って座禅を始めた。

 光輝は特に気合を入れて必死になって心を空にして座禅を組んだ。

 いつもより大きく暖かい御光は、今日も僧侶たち全員を包み込んでいた……



 座禅が終わると最慎が微笑みながら皆を見渡した。


「どうじゃ。皆よい気分になれたであろう」


 全員が平伏して口々に言う。


「まさに体中が浄化された思いでありまする……」


「噂には聞いておりましたが、まさかこれほどのものとは……」


「このような尊い御光を毎日頂戴出来たらいったいどのようなことになるのやら……」


「素晴らしい修行をさせて頂き申した」

 

 何人かは涙を流していた。


 最慎は言う。さすがの貫禄である。


「先に皆にも申した通り、厳正大僧正殿より哀れな子供霊御成仏のための法要委託の御依頼があった。

 わしは快諾したのじゃが、厳正大僧正殿はその返礼に、我ら宗派の僧侶たちも自由にこの座禅修行会に参加して構わずとの御裁可をくださられた。


 委託法要のお布施についてはそななたちの裁量権限である。

 お布施の金額についてどのように考えるか申してみよ」


「こ、この座禅会に参加自由なのでございますか……」


「ま、毎日参加してもよろしいのでございますか……」


「で、弟子たちも皆参加させてもよろしいのでございましょうか……」


「無論にござりまする。

 すべての皆さまのご参加を何度でも大いに歓迎させていただきまする」


 厳攪が静かにそう言って平伏した。

 最慎は晴れやかに笑っている。


 法要の委託のお布施については全て無料になった。

 その代わり、光輝には当面日に四回の座禅が依頼された。


 光輝は思った。

(うーん、座禅一回につき瑞巌寺は五十万円ぐらい助かる勘定なのかな。

 一日に二百万円の仕事……

 ま、まあ、それだったら一生懸命働かなきゃ)


 それから光輝は雨の日も晴れの日も日に四回の座禅を組んだ。

 特に台風の日の修行会は見ものだった。

 いつもと全く変わらぬ仕事をしていた僧侶たちを見て、光輝もいつもとまったく変わらぬ座禅を日に四回組んだのである。


 その日、前列に座っていた高僧たちは、座禅の間台風の風雨をまったく感じなかったという。

 座禅が終わるとはじめて風雨のひどさに気づいて驚いたのだ。

 光輝も驚いていた。



 そのうち光輝も手が空いているときに、みんなの食事やお茶の世話を手伝うようになった。

 だが、暖かい食事の盆を渡された若い僧侶が、それを渡してくれたのが法印大和尚様であり、お堂の中央に座っていたひとでもあると気がついて、何人もお盆をひっくり返して平伏した。


 光輝は、食事の世話は危ないからと呆れ顔の厳空に止められ、仕方が無いので板場で花板の清二に弟子入りさせてもらい、洗い場などを手伝っている。


 清二もたまに修行会に参加するようになった。

 お堂の中心に座っているのが光輝だと気づいて驚いていたようだ。

 その後、板場では光輝は洗い場係から野菜の皮むきや下ごしらえの係に昇格した。

 それだけの短期間では異例の出世らしい。

 清二の若い弟子たちが驚いていた。


 時間になると、光輝は汚れた前掛けを外して、粗末な修行衣姿で花板の清二と一緒に修行場への石段を昇る。

 僧侶たちは全員立ち止って光輝たちに道を譲ってくれる。

 光輝は両側に並ぶ僧侶たちにぺこぺこお辞儀をしながら石段を昇った。

 相変わらず威厳はまったくと言っていいほど無い。

 本当に無い。


 その後は光輝はお堂の中央に座り、清二は修行場のすみっこに座る。

 光輝はなんだかおかしかった。清二も笑っていた。


 清二は、たまに光輝に椀物の味見をさせてくれるようになった。


「椀物は日本料理の花だぁ。だがその花はすぐに萎れちまうのさ。

 最高なのは作って五分後、十分も経ちゃあ味は落ちるな。

 十五分経ったら飲めたもんじゃねぇ」


 清二はそう言うと、出来たての椀物を四杯の椀に入れた。


「ほれまず出来たてを飲んでみぃ」


 光輝は恐る恐る椀を啜った。実に実に旨かった。

 大量の吸い物が入ったずんどうを弟子たちが運び出していく。

 遠くで、「椀物が出来ましたぁ。うちの総板長渾身の一杯でぇす。冷めないうちにどうぞぉ」などという大きな声が聞こえている。


 清二は、やっぱり椀物は椀で出さにゃあ、と言って、ひとつ二千円もする漆塗りの椀を二百個も用意していた。

 洗いものだけでも大変である。


 五分後に清二が言った。「それ、五分ものだ。旨ぇぞ」 


 光輝は啜った。この世のものとも思えない旨さだった。

 そんな光輝の顔を見て清二が笑った。

 十分後にまた飲んでみた。

 やはり少しだけ風味が落ちていた。

 十五分後には椀物は残念な味になっていた。


「光輝もけっこう味がわかるじゃねぇか。

 こんど嫁さん連れて俺の料亭に来いや。一世一代の御馳走を作ってやるぜ」


 若い弟子たちは目を丸くして見つめている。

 どうやらこれも破格の待遇らしい。



 仕事が終わると、光輝はやはり手伝いに来ていた奈緒ちゃんと、瑞祥交通の送迎車で自宅に帰る。

 大勢の僧侶たちがお辞儀をして見送ってくれる。

 たまたま居合わせた清二の若い弟子たちが、それを見てまた驚いて目を丸くしていた。


 翌日から清二の弟子の若い衆は、食事を配るときに、「お食事のご用意が出来ましたぁ。今日の野菜の煮物のお野菜は、三尊さんが切りましたぁ」などと言い出した。

 順応性の高いやつである。きっといい料理人になるだろう。

 僧侶たちは野菜の煮物を食べる前に皆手を合わせていた。




 瑞巌寺に交代で助っ人に来る他の寺の僧侶たちは、みな清二が心を込めて作る渾身の料理に慣らされてしまった。

 もはや普通の弁当など食べる気にもなれない。

 助っ人の仕事が終わって自分の寺に帰る前に、彼らは連れだって料亭瑞祥を訪れた。


 料亭は、通常稼働率が二割でもやっていけるように価格設定をしている。

 つまり、週末さえ埋まっていればなんとかやっていけるのである。

 にもかかわらず料亭瑞祥は、平日の夜も僧侶たちで連日満員になった。

 僧侶たちは、寺で出す簡単な料理があれほど旨いのだから、料亭で出す本格的な料理はどれほど旨いのかと楽しみにして続々とやって来たのだ。


 本来、大きな寺の住職を務めるような高僧たちはみなお金持ちである。

 しかも充実した仕事を終わらせて、疲れてはいるものの気分も高揚している。

 久しぶりに顔を合わせた兄弟弟子たちや自分の弟子たちとともに、自分への御褒美に料亭を訪れるのである。


 料亭瑞祥では、精進料理コースを作ってこれに応えた。

 板場を任されていた清二の高弟たちは、万が一のことがあってはいけないと交代で瑞巌寺の清二の元を訪れ、大師匠の味を確認して帰って行く。


 料亭瑞祥の利益はたいへんなものになった。

 料亭の社長は瑞巌寺で出す料理の質をさらに高めるとともに、すべて無料としたが、それでも残った利益の大半は寄進された……







(つづく)


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