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【初代地球王】  作者: 池上雅
第二章 【成長篇】
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*** 12 税務調査 ***


 一族総会の翌日から、瑞巌寺では割烹着姿の瑞祥一族のおばあさんたちが大勢見られるようになった。

 ほとんどが毎日通ってくる。


 恐ろしいことに、割烹着を着てにこにこしながら働いている筆頭様や二席さんや三席さんまでいる。


 視察に来ていた龍一所長は、おなじく割烹着姿の母喜久子に言った。


「こんなに毎日来ていて、皆さん家の方はいいんですかね」


「あら、ぜんぜんかまわないのよ。

 家の方は娘さんやお嫁さんに任せているでしょうから」


「でも……」


「そうやって女も世代交代していくのよ。

 家を空けるのは娘や嫁にもう家を任せた、っていう印なの。

 だからきっとお嫁さんたちも、うるさい姑がいなくなってよろこんでるわ」


「はあ、そういうもんなんですか」


 おばあさんたちは、重要な仕事を与えられたと勇んで立ち働いている。

 みんな顔は生き生きとしていたし、大法要によって子供の霊が無事成仏したと聞くと、涙を流して喜んでいた。


 光輝は厳真の助けを借りて、その様子をおばあさんたちにも見せてあげた。

 筆頭様達やおばあさんたちはしばらく泣き崩れてしまうため、その間は仕事にならなかった……




 料亭瑞祥には朝夕に大量の仕出し弁当の注文が入っている。

 あるとき板長の清二が、そんな大量注文の先はどうなっているのかと瑞巌寺に様子を見に来た。


 そこには百人を超える僧侶たちが次から次へとひっきりなしに大法要をこなし、その合間に弁当をかき込み、さらにその世話をしようとおばあさんたちが周囲を駆けずり回っている光景があった。

 まるで戦場である。


 驚きのあまり目を見開いた清二は、近くの若い僧侶をつかまえて、なぜこんなにまで皆忙しそうなのか、なんの法要をしているのかと聞いてみた。

 若い僧侶は、もう二カ月近くもこのような状況が続いており、大半が可哀想な子供の浮遊霊を成仏させてあげるための法要であると言った。


 清二が、そんな浮遊霊たちのために誰が法要の費用を出しているのかと聞くと、むろん皆無報酬で参加してくれていると答えが帰って来た。

 若い僧侶は、遠く北海道や九州から応援に来てくれている僧侶もいる、ともつけ加えた。

 その若い僧侶にも疲労の色が濃い。



 清二の目から滂沱の涙が伝った。

 その日のうちに清二は料亭の社長に頭を下げ、瑞巌寺に料亭瑞祥の臨時の支店を開設させて欲しいと真剣な顔で懇願した。

 僧侶たちに、せめて暖かいものは暖かいうちに食べて貰いたかったからである。


 一族総会にも出席していた料亭の社長、瑞祥吉次はこの申し出を大いに喜び、清二板長の手を取って涙ながらに礼を言った。


 こうして、料亭瑞祥は退魔衆宿舎の調理室を借り、翌日から暖かい食事の提供を始めたのである。

 板長の清二は、料亭を信頼のおける弟子たちに任せ、若い弟子たちを連れて瑞巌寺に居ついた。


 独立した弟子たちにも連絡を取り、一度瑞巌寺に来て見てやってくれと伝えた。

 その清二の弟子たちも多くは涙を流し、自分の若い弟子たちを瑞巌寺に手助けとして無償で派遣してきたのである。


 瑞巌寺で提供される料理の質は劇的に改善され、疲れ切った僧侶たちを喜ばせた。


 空はそろそろ秋の気配である。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 瑞祥異常現象研究所に税務調査が入った。

 もちろん、研究所の税務を任せている「榊原・瑞祥税務・会計事務所」から担当者が飛んできている。

 榊原源治の姿も見える。

 その税務調査は長く、執拗に続いた。


 しばらく経って、榊原は所長と光輝を呼び出した。

 社会人生活のすべてを税務につぎ込んで来た榊原は言う。


「この税務調査はどうもおかしい」


「どういうことですか?」


「通常の税務調査では無いな。言いがかりばかりつけて来ている」


「そうですか……」


「もちろん研究所の税務手続きに不備は無い。

 私が監督したのだから脱税などありえない。なのにあの執拗さは……」


「なんなんですかねえ」


「瑞祥さん」


「はい」


「そのうち、主任検査官が、研究所を財団法人化して、税務当局の推薦する理事を受け入れたらどうかと言ってくると思います。

 そう言われたら教えてください。

 あと、あの新田代議士の第一秘書を紹介してください」


「はい、わかりました」


 それからしばらくすると、榊原の読み通り、主任検査官は瑞祥研究所の財団法人化を勧めるようなことを言い始め、その際に理事に推薦したい立派な人物がいるとほのめかした。  

 あなたのような若い方では、こうした検査のような交渉ごとなどでいろいろお困りのこともあるでしょう、とまで言う。

 所長がそのことを榊原に報告すると、榊原はまたもや第一秘書を訪れた。


 龍一所長はふわふわとした言動を繰り返した。

 もっともそれはいつもの言動だったのだが……

 するととうとう瑞祥グループ各社にも税務調査が入り始めたのである。

 一部では、瑞祥研究所と瑞巌寺を使ったマネーロンダリングの疑いまでほのめかされたそうだ。


 グループ各社の税務顧問でもあった光輝は苦悩した。

 するとあの第一秘書から連絡が来た。

 秘密裏にどこかで会いたいと言う。

 指定されたホテルの一室で、第一秘書は龍一所長と豪一郎、そして光輝と榊原に向き合った。


「やはり裏で政治権力が動いてましたよ。

 警察庁から瑞祥研究所の活躍を聞いたある派閥の領袖が、瑞祥研究所を支配下に置きたがっています。

 それで税務調査で痛めつけて財団法人化させ、腹心を送り込んで理事長にしようとしているんでしょう」


 龍一所長がうんざりした声で言う。


「そんなことしたってなんにもならんでしょう。

 退魔衆の助けが無かったら、我々だけじゃあなんにもできないんですもん」


「連中にはその辺りのことは皆目わからんのでしょうな」 


「センセイのお力でなんとか出来んのですか」


「その派閥はセンセイの属する派閥とは敵対する派閥なのですよ。

 その派閥には警察庁と国税庁を押さえられていて、なんともならんのです。

 いやお役に立てなくて本当に申し訳ない」


 第一秘書は真剣に低く頭を下げた。


 秘書が帰ると龍一所長は言った。


「だっから政治ってキライなんだよねー。もうアッタマきた。

 仕方無い、メンドクサイけど動くかあ。

 あ、明日ちょっと遊びに行ってくるから、あとは豪一郎くんよろしくね」


 龍一所長の顔を見ていた豪一郎は、ひとことだけ「わかった」と言った……




 翌日の夜遅く。

 瑞祥研究所に税務調査を命じた派閥の領袖である新庄の自宅に一本の電話が入った。

 秘書が慌てて新庄のところに飛んで来る。


「せ、先生っ! ホワイトハウスの大統領首席補佐官からお電話ですっ!」


「なんだこんな夜更けに」


 苛立たしげに電話に出る新庄。


 新庄は警察官僚出身であり、つまり旧内務省系の人間であった。

 よって外務省、つまり外交には疎い。


 外交の世界では、その時間に自宅に電話してくるという事実そのものが、超緊急事態か外交的宣戦布告かのどちらかである。

 通常、首席補佐官クラスが連絡してくるときには、予め日時を告げられて、双方が通訳を用意するのが平和的外交交渉であった。



 電話の向こうでは首席補佐官の英語の後に、流暢な通訳の日本語が聞こえる。


「大統領のとても親しい友人が、身に覚えの無い税務調査で苦しんでいるようでして。

 ここはひとつ、新庄さんのお力でどうにか誤解を解いてやっていただけないものかと思いまして、お電話をさせていただきました」 


 新庄は腹を立てた。

 その場は丸く収めて電話の内容を分析させ、対処法を検討すると言う外交交渉の初歩的ステップも怠った。

 単なる友人ではなく、とても親しい友人、という重大な表現が取られたことにも気づかなかった。


 せっかく瑞祥研究所をコントロール下に置いて、ますます警察庁への影響力を大きくしようとしているのを、アメリカに横取りされようとしていると思い込んだのである。


「なんのことかわかりかねますな。それでは夜も遅いので失礼」 


 そう言って電話を切ってしまったのである。



 それから十分後。

 その派閥で新庄の後継者とみなされている後藤衆議院議員の家の電話が鳴った。

 またも慌てた秘書が後藤に電話を取り次ぐ。


「せ、先生っ。ホワイトハウスの大統領首席補佐官からお電話ですっ!」


 外務官僚出身の後藤は瞬時にその意味を悟った。

(こ、これは派閥崩壊の危機か。それとも私のチャンスか……)


 首席補佐官は言った。後藤には通訳の必要は無い。


「先ほど新庄氏にもお電話を差し上げたのですが…… 

 大統領のとても親しい友人が、身に覚えの無い税務調査でたいへんお困りの御様子なのですよ」


(とても親しい、だと! そんな表現を使う相手が日本にいるのか…… 

 ま、まさかボスが最近ご執心のあの研究所のことか……)


「それで新庄さんのお力で誤解を解いて頂きたいとお願いしたんですが、断られましてね。大統領はひどく失望なされています」


(ひどく失望だと! 少し失望でも、失望でもなく、ひどく失望だと!)


「ですから後藤さんなら御理解いただけると思いまして。

 こうしてお電話を差し上げました」


(このままではうちの派閥を敵とみなすということか。

 だが私が後継者になって誤解とやらを解けばOKということか……)


「よく理解しました。明日親しい友人たちと詳細に相談して、ご希望に沿えるようにしたいと思いますので少々お時間をください」


「さすがは後藤さんですな。では少々お待ち下さい。今大統領と代わります」


 後藤は心底驚愕した。


「やあミスター後藤。

 キミなら私のとても親しい友人の誤解を解いてくれるものと確信しているよ。

 これからもよろしく頼むよ。それじゃあまた」


 そうして電話は切れた。


(それにしても、あの研究所はいったい何者なんだ?)

 後藤はそう思うと同時に、震えている自分の手に気づいて少し驚いた。



 その頃、新庄派の他の幹部の自宅には、次々に駐日アメリカ大使からの電話が入り、外交に疎い相手には、大使は直接、「大統領が新庄さんに立腹していて困っている」と伝えた。


 後藤が早速他の幹部に電話をかけ始めると、大使からの電話を終えた幹部たちの話を聞かされたのである。

 それを聞いた後藤はチャンスを確信すると同時に改めてぞっとし、その日は夜遅くまで電話をかけまくった。



 翌日の新庄派臨時総会で、新庄に対して派の全議員が派閥を離脱する旨が伝えられ、同時に後藤の下に新たな派閥が結成されたのである。

 新庄派は後藤派になった。

 新庄は激怒のあまり脳溢血を起こして入院し、院政を敷くことも出来ずに引退を余儀なくされた。


 もちろん瑞祥研究所や瑞祥グループ各社に対する税務調査はその日のうちに終了した。

 調査主任官は不当捜査の疑いで懲戒処分となり、資料管理室に飛ばされたそうだ……







(つづく)


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