*** 13 榊警部補 ***
研究所の信奉者である新田代議士は、後藤に接触していろいろと話し合った。
どうやら新田の所属する派閥は、後藤派と友好関係を結ぶことになりそうだ。
後藤は好奇心を抑えられずに、あの研究所についていろいろと新田に聞いた。
新田は、自分の経験や、最近の重大事件の解決に研究所が果たした役割をすべて後藤に伝え、アメリカ合衆国大統領が、なぜ瑞祥研究所を極めて親しい友人とみなしているのかも包み隠さず全て教えた。
その口調は、新田がいかに瑞祥研究所を敬愛しているかを如実に物語っていた。
合衆国大統領もきっと新田と同じ気持なのだろう。
(新田も大統領も、瑞祥研究所に対する影響力を強めて自分の政治力にしようという意図は毛頭無いということか……
それよりも自由に活動させて、世の為人の為になれということなのか……)
そういう考えも政治にはあったのかと思い至り、後藤は久しぶりに胸が熱くなった。
警察庁も国税庁もその情報を手に入れ、瑞祥研究所は絶対的アンタッチャブルとされた。
特に警察庁は、瑞祥研究所からの善意の申し出に対しては、出来得る限りの協力をするよう後藤から極秘で推奨されたのである。
数日後、龍一所長は大使館経由でアメリカ合衆国大統領からのメッセージを受け取った。
そこには、「これは娘の分だ。私の分はまだ残っている。 友へ」と書いてあり、大統領の署名もあったのである。
所長はそのメッセージを持って本家に帰り、黙って御隠居様にだけに見せた。
さすがの御隠居様も腰を抜かした。
それ以降、研究所ではたまに御隠居様の姿が見られるようになったらしい。
瑞祥異常現象研究所の極秘の活躍で、県内の重大事件検挙率を一気に上げて全国トップにした須藤県警本部長は、中央に栄転することになった。
こうした場合の常として、後任人事には本部長の意見が尊重され、実直で真面目な本部長の後輩キャリアが就任した。
名を甲斐という。
甲斐は警察官一家に生まれ、お巡りさんの子として育った男である。
実に真面目で、キャリアのくせに現場重視の男だった。
だからこそ須藤も安心して推薦したのだろう。
そうしてある日、須藤と甲斐は徳永署長を伴って瑞祥研究所を訪れたのである。
須藤は、後輩の甲斐県警本部長にすべてを明かした。
龍一所長たち幹部の前で、警察庁もその上の後藤派も極秘裏に瑞祥研究所の善意の申し出には極力協力するように推奨しているとも伝えた。
龍一所長は、なにをいまさらという顔をしていたが、聡明な甲斐は全てを理解した。
(あのアメリカの噂も本当だったということなのか。
だが、この県警の驚異の検挙率は噂などではないからな。
それにしても皆若い)
甲斐は少し驚いていた。
甲斐は、その場で徳永に対して研究所の専門担当官を置くように要請し、事務屋ではなく、現場をよく知る者が望ましいともつけ加えた。
そして龍一所長には、研究所内に狭くて構わないのでその担当官がいることのできるスペースを確保してもらえるよう丁寧に依頼し、龍一所長はあまり興味は無さそうだったがこれを快諾した。
その美貌の女性警部補が初めて研究所を訪れて幹部に挨拶をしたとき、光輝はちょっと驚いた。
(甲斐本部長さんはああ言っていたのに、徳永さんは婦警さんを担当にしたのかな?)
だがその榊純子と名乗った女性警察官は単なる婦警さんなどでは無かった。
高校卒ながら、警察学校を首席で卒業した努力家で、現場でも必死に働いてその若さで警部補にまでなった俊英である。
前職はなんと捜査一課の捜査員であった。
植え込みで一晩張り込みをして、スーツと美しい顔を泥だらけにして署に帰ってきたことも一度や二度ではない。
他の全てを排除して捜査に邁進した努力と結果を認められ、徳永署長の秘蔵っ子として研究所に送り込まれてきたのだ。
署内での表向きのあだ名は「鉄女」である。
陰でのあだ名は「女徳永」だそうだ。
実は徳永も榊もこの陰のあだ名の方を気に入っていた……
確かに榊警部補は熱心だった。
専用の部屋を用意したにも関わらず、霊たちの溜まり場に直行し、退魔衆の助けを借りて元警察官の霊や元サラリーマンの情報担当の霊から彼らの捜査情報を聞いた。
聞いて聞いて聞きまくった。
その量と質に驚愕した榊警部補は、霊たちの溜まり場に入り浸りになり、寝食を忘れて霊たちから情報を聞き出したのである。
さすがに少し前まで捜査一課にいただけのことはあり、榊警部補は、各種の情報を繋ぎ合せて新たな調査も霊に依頼すると、徳永に対して膨大な捜査情報報告書を送り始めた。
やはりそのあまりの量と質に驚いた徳永は、榊に自分への報告と同時に、捜査課の課長たちへもCCをつけるよう命じ、捜査課の課長たちも色めきたった。
捜査課長たちは、榊警部補を通じて霊たちにしか出来ない捜査を依頼してくる。
特に張り込み依頼が多かった。
なにしろ霊たちは誰にも見られることがなく、しかも疲れを知らないのだ。
これには霊たちも喜んだ。
捜査のノウハウが無くとも、言われたことをやっているだけで妄執充足ポイントが溜まっていくのである。
最近では霊たちの貢献度に応じたポイント制が出来ていた。
妄執充足の難易度によって、妄執充足を依頼できるポイント数は異なり、必要なポイントが溜まると霊たちは妄執の充足を依頼出来るのだ。
龍一所長と志郎が相談して決めた制度である。
張り込み霊たちは二人ひと組になり、何か進展があると一人が研究所に戻って榊らに報告し、もう一人は張り込みを続ける。
霊たちはどんどんポイントを溜めて妄執を満たしてもらい、成仏していった。
厳空は特殊苦行部隊を八名に増員した。
臨時の志願はいつでもOKである。
だが新人の浮遊霊たちはどんどんやってくる。
しかも仕事そのものに満足して、いくらポイントが溜まっても何も依頼せずにベテランになっていく霊も多い。
志郎のように。
県警の検挙率は更に上がった。迷宮入り事件ももうほとんど残っていない。
特に妄執充足ポイントが高かったのはオレオレ詐欺の犯人情報である。
霊たちは必死になって犯人グループを探し出し、彼らが詐欺行為を始めたのを見つけると、連絡担当霊がただちに榊警部補に知らせに戻る。
移動スピードの早い中級霊がこれに当たった。
そうして徳永と捜査課長たちに緊急連絡が入って、所轄署の警察官がその場に急行するのである。
ベテラン刑事がその部屋のドアを叩いて、「こちらの部屋から変な物音が聞えたとの通報があったのですが、なにかありましたでしょうか」などと質問をする。
同時に、男たちの顔をじろじろ眺めて記憶する。
もしも外出しようとする者がいれば、すぐに尾行がついて職務質問が行われた。
霊たちはそういう内偵をしていても、たまに大きく口をあけた猫に「しゃーーーっ」と威嚇される以外は人に気づかれることはない。
大勢の霊たちが県内の全ての金融機関のATMに張りついている。
なにしろ霊たちはたくさんいるのだ。
挙動不審者がいると、霊たちはそやつの後をつけて、自宅を確認して報告をする。
そうして努力すること数カ月、ついに県警は月間振り込み詐欺事件ゼロという奇跡をなし遂げたのであった。
歓声に沸く県警本部をよそに、研究所では問題提起も行われていた。
志郎や幹部の霊と榊警部補も交えた会議の席で議論は行われた。
議題は、どこでも入り込める霊たちから現世の住民のプライバシーをどう守るか、ということだった。
志郎たち霊は、もともと我々は霊なので妄執以外の欲望は無く、女性トイレや他人様のエッチなどを覗きたがる霊はいないはずだという。
だが、霊たちの妄執の中には、「あの子ともう一度だけエッチがしたい」などという妄執もあったのだ。
もちろん実現させてやる方法などあるわけも無く、そういう妄執は却下されていたのだが。
仕方無く、取り敢えず研究所のトイレなどには退魔衆に作ってもらった強力な結界シールを張った。
実験の結果、どんなに強力な霊でもそこには入って行けない。
奈緒もたくさんシールを貰って顔を赤くしながら邸に張りつけていた。
また、特に真面目そうな御婦人霊たちに風紀委員会を組織してもらって、不埒な霊の行動を監視してもらうことにもなった。
不埒な霊を発見したときのポイントを最大にすると女性霊の志願者が大量に現れたのだが、幸いなことに彼女たちがいくら努力しても不埒霊は発見されなかったのである。
御婦人霊たちに対する貢献ポイントは、結果報酬制に加えて月給制も採用された。
またあるとき、ベテラン捜査員霊のひとりから、捜査に協力出来ずにポイントが溜まらない地縛霊が可哀想なので、自分のポイントをあげるから彼らの妄執を充足させてあげて成仏させてあげてくれと頼まれた。
その後、地縛霊たち専門のヒアリング霊部隊が結成され、地縛霊の場合はポイント無しで妄執を充足させてあげたり、成仏させてあげることになったのである。
厳空配下の特殊苦行部隊員は十二名になった。
あまりの激務に榊警部補の体調が心配されたので、徳永は榊に助手をつけ、おかげで榊も交代で休めるようになった。
徳永は榊はそれだけの仕事をしたと考えている。
なにしろ県内オレオレ詐欺発生率ゼロである。
その快挙は警察庁でも話題になり、県内全ての警察署が表彰された。
激務に疲れた警察官たちも表情は実に明るい。
(つづく)




