一、 2026.09
ぐつぐつと、鍋が愚痴を垂れている。
寸胴の中には豚コマ、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、白滝が、満員電車のような顔をして居心地悪そうに煮込まれている。共働きの妻、育ち盛りの男の子が二人いる我が家では、一度にそれなりの量を作らないと一食分すらおぼつかない。まだ昼間と言っていい時間だが、体調がいいうちに仕込んでおかないと、最悪夕食が白飯味噌汁お漬物という軽い朝食の様になる。流石にそれは忍びないし、療養とはいえニートの様な生活の自分の居場所がなくなってしまう。
――せめて一種類だけでもしっかりした重さのおかずを。
誰に頼まれたわけでもない。自分で無理やりこじ開けた自分の居場所。だからこそ手を抜いて台無しにする訳にはいかなかった。
大手術で生き延びたクセに、障害者手帳も貰えない。そんな中途半端な自分に残された、自分を保つための、社会と自分を繋げるための手段として〝中里家の食事担当〟という立場は失いたくない。
何しろ今の俺は、がん保険と会社の傷病手当しか収入がない。健常時の七割程度しかない身入りで存在を主張するには、家事の一端を引き受ける以外に選択肢はなかった。
とはいえ、普段から料理はしていない訳ではない。自営と兼業とはいえ、タクシー運転手という職業柄、一日おきに休みがやってくることになっているのだ。朝から翌朝までの仕事を終え、昼過ぎまで寝る。それから夕飯の支度をするというサイクルが倍になるだけのことである。正直これだけで存在証明が出来るならば万々歳で、こちらとしては大分楽な生活をさせて貰っている自覚はあった。
子供達の二学期が始まって半月。
妻を駅まで車で送り、帰って子供達の朝食を作り、送り出す。その後自分の食事を摂り、抗がん剤を飲んでしばらくすると、お馴染みの吐き気がやってくる。横になってやり過ごし、昼近くになったらようやく俺の今日が始まる。
今日は天気があまり良くない。低気圧が迫っているせいか、偏頭痛もある。こういう時は好きなバイクを乗るのも煩わしく感じてしまう。とはいえすることがないと碌なことを考えないので、一先ず自営用のMacを開き、座ってみた。以前ならここでとりあえず煙草を一本、さてどうしようかと思案する振りをして煙らせるところだったが、昨年胃癌を患って以来、ニコチンの摂取を一切絶っている。どうにも格好がつかないのでコーヒーを供にしようと目論んでもみたが、哀しいかな豆の違いが全然分からない。苦い渋いは判別できるが、だからその豆はキリマンジャロだ、ブレンドだと言われても、てんでちんぷんかんぷんだ。バーガーショップのコーヒーも専門店のコーヒーも、どっちも美味しくいただける位のものである。
その他ガムやアメ、ジャーキーやさきいかに至るまで、様々な代替品候補を試してみたが、結局煙草の代わりになるもの無し、という結論に至ってしまった。
一度、一本だけ試してみたことがある。退院して二ヶ月、禁煙して三ヶ月弱くらいの時だ。ほんの出来心というやつである。
まず火を点けて驚いた。最初の一口で吐く程むせた。順応性が高いのかなんなのか、俺の身体はたかだか三ヶ月で、ニコチンタールを受け付けない身体になってしまっていたのだ。以来煙草に口を付けてはいないが、止めるつもりはないので、ライターだけは取っておいてある。
Macを前にして取り止めのないことをぼーっと考えているうち、どうにも苛ついてきた。バイクに乗って少し出かけたい自分と、吐き気がぶり返すのが嫌で少しも動きたくない自分が鬩ぎ合っている。肝心の外はといえば曇り空、今は雨雲ではなさそうだし日差しもないので、出かけるには悪くない。山の方に行かなければ降られることもなかろうと、鍋の火を止め、ヘルメットを持って外に出た途端ポツリと額に冷たいものが当たった。敢えて無視して出掛ける選択肢も無くは無いが、逆にそこまでして出ないといけない事情が有る訳でも無い。どうしたものかと考えているうち、一粒だった雨が幾本もの雨筋となって降り始めてしまった。
「じゃ、しょうがないな」
言い訳がましい独り言を呟きながら、すごすごと家の中に逃げ戻る。自分の行動に言い訳することが増えたのはきっと病気のせいだ、胃を取った弊害だとこれもまた言い訳をしながら、それでも少しは動いた方が良かろうと、ライダースジャケットから作務衣姿に着替えると、今度は傘を手にして外に出た。
出たからといって行くところがある訳でも無い。とりあえず近所の神社を目指してずるずると脚を引きずる。自宅から神社までは十分程の道程だが、そこに至るまでの道は退屈そのものだ。ただひたすら、片側一車線の道路に付随している歩道を歩く。健康のためでは無い。ただ暇で退屈で、大した副作用もないのに休職している罪悪感を紛らわせるためにやっているに過ぎない。
2020年のコロナ禍で、自営しているグラフィックデザイン業は激減した。なにしろクライアントの大半がイベント関係だったのだ。定期的に入ってきていた仕事も、年に一度のお祭りイベントも、全て新型コロナのせいで無くなり、結果的に俺の仕事も無くなった。あの年の夏は文字通り、本当に一件も仕事が来なかった。そんな中でなんとか食い扶持を稼ぐため、好きだった運転という技能に職種をシフトした。今ではメインの職種がタクシー、依頼が来た時のみデザイナーという生活になっている。
そんな中での胃癌宣告、さらには胃全摘出。当初のステージは2で、転移はないと診断されていたのだが、いざ手術してみたらリンパ節に癌の巣が見つかり、ステージは3に上がった。それでも癌そのものは全て除去したということで、予防的に抗がん剤治療を行っている。復帰の未定、体調の不安定、社会不参加による不安感。波状攻撃の様に攻めてくるヨクナイモノに抗うには、日々のおさんどんだけでは武器がなさすぎだ。そこで元々好きだったバイクにのめり込もうとしたが、抗がん剤の副作用で皮膚が湿疹だらけになり、ヘルメットを被ることすら苦痛になってしまった。今は治療も後半に入り、薬が減ったおかげで大分楽になっているので、タイミングを見計らってちょこちょこ走る様にはしている。そうしている間だけは、置かれている立場を忘れる事が出来た。
ただ歩くだけでいいはずの〝お散歩〟中に下手なことを考えるものではない。思考の渦に勝手に呑まれ、いつしか俺は見たことのない路地裏に迷い込んでしまっていた。
「……ちっ」
つい舌打ちが出てしまう。関西では御法度だという話も聞くが、俺は生粋の多摩人なので割と軽率に出す。悪癖だとは思っているが、もうどうにも治せない様だ。
スマートフォンで位置を確認しようとするも、うっかりしたことに自宅に置いてきてしまった。いつも散歩する時は音楽を聴きながら歩くのだが、今日は何となくそういう気分ではなかったのが原因だろう。妙に身軽だと思っていたが、財布すら置いてきてしまっていた。
脚のくたびれ具合から考えると、それ程遠くに来た訳ではなさそうだ。
電柱に手をついて周りをぐるりと見渡す。特にどうということもない住宅街だ。今触っている電柱が妙に古びた木製なのが気にはなるが、その他は特に異常はない様に見える。
――本当に?
最後に木製の電柱を見たのはいつだったか。何ならもう何年も前、市報で市内の電柱が全てコンクリートに置き換わったという記事を読んだ気もする。そもそも令和の世に朽ちた木製の電柱など残しておくものだろうか。さっき手をついた時、電柱の表面はいとも簡単にボロボロと剥がれたのを思い出した。
「なんだかなぁ……」
ため息の代わりによく使う言葉が口をつく。自分にとって比較的どうでもいい謎に直面した時に使う言葉だ。それはそうだろう、このあたりの電柱が木製であろうがなかろうが、肝心なのは俺が家に帰れるかどうかということだからだ。
ふと、これだけは着けてきた腕時計に目を落とす。時計は午後三時過ぎを指していた。思ったより時間が経っている。あと三十分もすれば小学生の次男が自宅に帰ってくるだろう。そして家に俺がいない時は必ず電話をしてくる。
だが、俺の手許には今、スマホがない。内容は帰ってきた報告と、遊びに行く宣言だろうことは判っているが、俺が出ないとなると流石に心配するに違いない。長男が帰るのは午後四時を過ぎる。彼がいればとりあえずどうにかなるが、だからといって俺の帰りが遅くなってもいいという訳ではなかった。
「……困ったな」
つい独り言が出てしまうのは俺の悪い癖ではあるが、実際声に出すことで状況や状態を完全に理解出来るという利点もある。まさに今がその状況だった。
近所のはずなのに見たことのない、だが異様に既視感の強い街並み、そしてその明らかに時代錯誤な佇まい。それらを偶然と捉えるのは簡単だが、それでは済みそうにない事実に、俺は気がついてしまっていた。
――これ、小学校の頃の通学路だ。
実際、似たような道は少なくなかっただろう。目に入るものはどれも特別なものではない。ただし、それが〝昭和であれば〟だが。
木製の電信柱にブリキの看板。道端に転がるポリ製のでかいゴミ箱の蓋。よく見れば、電柱に括り付けられている街灯は白熱球だ。
俺は直感的に理解した。
――俺はどうやら、気が触れてしまったらしい。
五十も半ばとなり、妻を娶り子供も二人作り、元号も二度変わり令和となって十年近く経つ。そんな中、これまで思い出したこともない小学生時代の記憶が、俺の身の回りに存在している。そんなことは普通に考えてあり得ない。
あり得ないことが存在するということはつまり、受け手側である俺がおかしいということに他ならない。そう思い至ったが、俺は不思議と慌てたり、怯えたりすることはなかった。ごく当たり前に、自然とこの状況を受け入れてしまっていた。
ふいに、俺の目の端にふわふわと浮かぶものが映り込んでくる。それは小さな、シャボン玉の泡だった。どこかで子供が吹いて遊んでいるのだろうかと辺りを見回すと、シャボン玉遊びをする子供の代わりに、大小様々なシャボンの泡が俺を囲うように漂っている。
いよいよか、と自分の頭を諦め半分に労わりつつ、何の気なしにその小さなシャボンに触ると、それは音もなくぺちんと弾ける。
その瞬間、俺は狭くて古いアパートの一室にいたのだった。




