新人魔法少女は宙を舞う
一メートルは優に超える体高に、黒く短い毛に覆われた筋肉質な体躯、ギラギラとした激高を宿した獣の眼。
闘牛と見紛うような巨大豚は、ベアホッグと呼ばれる魔獣だ。
ちなみに最初に発見された際、クマを食らっていたことから名が付いたらしい。
そしてそんな魔獣は今、双五角錐型の十面結界を前に「ブモモモ」と低い唸り声を挙げていた。
反対側には、土に塗れ肩で息をするユイ。
「あの、これ、本当に自分一人で?」
突然姿を見せたベアホッグの突進で四回ほど宙を舞い、何とか構築した結界で五回目を防いだところだ。
「大丈夫。ベアホッグの危険度は最低の丙種三級。攻撃は突進かくらいで、魔法少女なら素手でも駆除可能な程度の魔獣だから」
「その程度も倒せないなら、魔防隊なんて辞めておいた方が良い」
メイカとサギリはいつの間にか少し離れたところまで距離を取っており、手を出すつもりは全く無さそう。
それにしても、クマを食らう魔獣ですら危険度の等級が最低というのは、その恐ろしさが良く分かる。
同時に、それを素手でも斃せるという魔法少女の恐ろしさも良く分かるが。
目の前の邪魔立てにゴツゴツ頭をぶつけるベアホッグだが、結界はビクともしない。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、目の前の魔獣を倒す方法を思考するユイ。
結界を解いて殴り合い、は論外。
素手でも斃せるとは聞いたが、実際に試すような度胸は無い。
何と、既に換装武器を使えるようになっています!才能に満ち溢れていて凄い!なんて都合の良い話も勿論なく。
魔法を使って倒すしかないわけだが、
何か、いけそうだな。
冷静になってみればなんてことは無い。
魔法少女の本能はユイに、目の前の魔獣が自身より格下であることを告げていた。
手元に新たに結界片を展開し、同時に盾としていた双五角錐型結界を解除する。
すかさず地面を蹴り突っ込んでくるベアホッグの単調な突進を横跳びに避けながら、新たに双三角錐型の六面結界を構築。
それをコマのように自転させ、Uターンして来たベアホッグの鼻面へと叩きこんだ。
「ブゴッ、ガッ……」
結界はドリルのように頭部を抉り、そのまま胴体までを貫いた。
頭から胴体まで大穴の開いたベアホッグの巨体が地面に沈む。
結界を解けば、地面へと溢れ出す血液と臓物。
一目見れば誰でも分かる、明らかな即死だ。
「うわっ」
自分でやったこととはいえ、そのグロテスクな光景に思わず声を漏らすユイ。
広がる鉄錆の匂いに少し気分が悪くなるが、ただそれ以上、これといった感慨は湧かなかった。
…こんなもん、なのか。
初めて自らの手で魔法を行使し命を奪ったというのに、罪悪感も高揚感も、何なら実感すらあまりない。
「実戦でもしっかり魔法を制御出来ているし、初めてにしては上々ね。ただ、低級の魔獣相手に今のは少し過剰威力かしら」
と、苦笑を浮かべるメイカ。
「無駄が多くて、雑。けど、魔法の使い方はそれなりに見所がある」
サギリは相変わらず辛辣だが、昨日の初対面よりは言動が軟化している気がする。
「まぁ汚いし一緒に戦うのは御免被るけど」
気の所為だったかもしれない。
「まずは魔法の出力判断と調整かしらね。過剰な魔法行使は継戦能力に影響するし、場合によっては味方を巻き込む可能性もあるから。今度はその辺りを意識してやってみましょう」
今度は?
先生のようなメイカの言葉と共に、ユイの聴覚が後方から近付くドタバタと地面を蹴るような音を捉えた。
嫌な予感を覚え振り返れば、先程と同じように木々の奥からこちらへ走ってくる巨大な豚の影が、今度は三つ。
デジャヴでしょうか?いいえ、現実です。
とはいえ、ユイ自身も先程とは一味違う。
最初こそ焦って突進を受ける羽目にはなったが、今の実戦で魔法を使った戦い方のコツは掴んだ。
あとは昨日、運動場で散々訓練したように魔法を使えば良いだけ。
冷静さを取り戻した今、大きいだけの豚程度は一頭だろうが三頭だろうが、敵じゃあない。
やってやろうじゃないか、と意気込んで手元に結界片を展開し、三頭のベアホッグを真正面から見据える。
そして、数秒後、その身体は見事に宙を舞っていた。
作戦は悪くなかった筈だ。
思い描いていたのは、三頭のベアホッグの進路にそれぞれ丁度良いタイミングで結界を構築。
突進の勢いを利用して自滅させ最低限の魔力と労力で勝利!という光景。
実際、先頭を走っていた一頭目は上手くいった。
勢い良く四面結界の角に突撃した結果、頭をかち割り地面に沈んでいる。
しかしそれを見ていた残りの二頭が、思い通りにはいかなかった。
一頭は急ブレーキで結界の構築前に停止し、Uターンして様子見。
もう一頭は体躯を捻るようにして、結界にぶつかりながらも致命傷を避け、更にそのままユイの体を跳ね飛ばすに至ったという訳だ。
原因はおそらく、結界の構築タイミングだ。
一つ目に意識を引っ張られ、残る二頭の進路に結界を構築するのが早すぎたのだろう。
などと、ほんの数秒前の光景を振り返りながら、
「いでっ…にぁっ!」
ユイは背中から地面へと落下し、奇妙な鳴き声を上げた。
可能なら反省を生かして、リトライ!といきたいところだが、そうもいかないのが現実だ。
考えていた作戦が失敗したところで、戦いは一時停止出来ないのだから。
すぐに慌てて起き上がり、続け様に突進して来たもう一頭を転がるように避ける。
体勢を立て直しながら結界片を展開しベアホッグの動きを把握するため視線を走らせれば、先程ユイを跳ね飛ばした個体が勢いのままメイカとサギリの方へ突っ込んで行くところだった。
即座に六面結界を構築するが、とても間に合わない。
「危なっ……」
思わず上げたそんな声は、しかし、バチバチバチッという轟音に掻き消される。
メイカの掌から何本にも枝分かれした雷が空中を奔り、ベアホッグへと収束。
瞬きの間に、その意識と命を奪い去った。
力を失い、煙を上げながら転がる巨体を、二人は余裕を持って避ける。
まぁ当然の帰結ではあろう。
二人は既に対魔獣の最前線で戦っている現役の魔法少女な訳で。
最低危険度の魔獣くらい、余裕で対処出来て当たり前。
そっか、そりゃそうだよな、と納得するユイを、
「うぎゃっ」
最後に残ったベアホッグが、後ろから跳ね飛ばした。
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