61.手は繋ぐよね
走る馬車の中で、デイジーは隣に座る婚約者のジャケットの袖からのぞく手首をちらりと見た。
そこにはまだ包帯が残っている。
「気になる?」
視線に気付いたリオネルが袖を下にずらす。
「気になるというか、痛くないのかなって思いまして」
「まあ、擦れたり、伸ばしたら痛いけどそれくらいだよ。ほとんどの部分は傷も塞がってるから心配いらない。その内にこんな風に治るはず」
言いながらリオは手の甲をこちらに向けた。
甲の真ん中には皮膚がほのかに赤い部分がある。火傷して完治した箇所で、少しつるりとしているが徐々に馴染んで赤みも引くらしい。
「触ってみる?」
「いえっ、いいです」
しげしげと眺めていると上目遣いで妖しく聞かれてデイジーは慌てて身を引いた。
薬師塔の事故から二週間経っている。
デイジーが面会した三日後にはリオネルは退院し、その二日後にはアスランとともにデイジーを尋ねてきた。
婚約の手続きのためである。
少々お高いレストランの個室にてグランツ侯爵家の嫡男と三男と対面したデイジーは、婚約の話が思いの外早く進むのに焦った。
(だって宣言してからまだ五日だぞ)
びくつくデイジーにアスランは穏やかに笑った。
「そんなに構えなくていいよ。手続きといってもリオネルは三男だし、デイジーさんは平民だからね。口約束みたいなものなんだ。簡単な書面を我が家から出すからサインして受け取ってくれるだけでいい」
そう説明されて、差し出された書類は確かに大したことは書かれていなかった。
それでもデイジーはできれば持ち帰って考えたかったのだが、それを口にするとリオネルの眉が盛大に下がった。
結局デイジーはその場でサインをした。アスランがそれを回収し複写部分を外して一枚をデイジーに渡してくれる。
「同じものをデイジーさんのご実家に送っても構わないかな?」
「あっ、は、はい!」
返事をしながら、急いで実家に連絡しなくてはと焦るデイジー。
こんなに早く話が進むなんて思っていなかったので、婚約のことは次回の里帰りにでも報告しようと考えていたのだ。
いきなり婚約の書類が届いては、父もカルネもレイリーも驚くだろう。
(帰ったらすぐに手紙出さなきゃ、間に合うかな?)
侯爵家の出す郵便が特別ルートの早便でないことを祈る。
そうしてその後は三人で和やかにお茶だけした。リオネルは終始にこにこしていて、デイジーはそんなリオネルをちょっと可愛いな、なんて思ったりもした。
因みにセシリアとリオネルの婚約の話は間違った噂だった。デイジーは婚約を申し込んだ翌日もリオネルの見舞いに行き、その時に噂について聞いてみたのだ。
リオネルは物凄く嫌そうな顔で「噂は知ってる。でも間違いだよ。セシリアの相手はアスラン兄さんでまだ秘密」と言った。
「ええっ、お兄さん⁉」
「俺もさっき兄さんから聞いたところ。嫡男の婚約だし一番いいタイミングで発表するんだってさ」
夜会で親しかったことについても聞くと、件の場にはヘンドリックもいたらしい。
「皆、見たい部分だけ切り取って見るんだよ。うちは両親が当時にしては珍しい恋愛結婚で、子ども達にもそれを望んでいる。家格の差なんてデイジーは一切気にしなくていいんだ」
そう強くも言われて、何だか拍子抜けだった。悶々とした自分は何だったのか。
リオネルは順調に回復して、四日前より薬師塔にも復帰している。
そして今日は二人が婚約してからの初のデートである。
日程はアスランとお茶した時に決めていて、行き先は競馬場である。王立学園時代のデートで訪れたこともある場所だ。
婚約者としてのデートなんて変に緊張しそうだから、一度行ったことがある所がいいとデイジーが希望したのだ。
そして屋内より屋外がいいとも希望した。
屋内だと変に緊張してしまいそうだったからだ。
(り、両想いだもんね)
両想いのカップルは何をするのか?
答えは“軽くイチャイチャする”だとデイジーは思う。
そうなると、手は繋ぐのかなあ、とか、肩を抱かれるくらいはするのかなあ、とか、腰に手を回されたらどうしよう、とか、いろいろ意識してしまう。
もし屋内だと余計に意識してしまうのでは、と屋外をチョイスしたのである。
(…………ん?)
と、ここでデイジーは気付く。
(でも、屋内の美術館とかレストランではイチャイチャしないよね)
むしろ公園のベンチなどでそれは行われているんじゃないだろうか。
(しまった、屋外の方が危険だったかも……)
青ざめるデイジー。
「デイジー? どうしたの、気分でも悪い?」
リオネルが心配そうに覗き込んでくる。翡翠色の優しい目。
「だ、大丈夫です。ちょっと考えごとをしていただけです」
慌てて答えながらデイジーは、リオネルならデイジーの嫌がるようなことは絶対にしないから危険はないと思い直す。
そもそも、イチャイチャしたくないわけじゃないのだ。未知の世界なので不安なだけだ。
(とりあえず、今日は手は繋ぐよね?)
それくらいはしたいなあと思う。
(繋ぐかなあ、繋ぐよね)
何となくスカートで手を拭くデイジー。
「ねえ、デイジー」
「ひょおっ」
手繋ぎについて考えていたデイジーはびくっと肩を揺らした。
「何でしょうっ」
「この距離はなに?」
「えっ」
「この距離だよ。なんで俺との間にちょっと距離があるの」
笑顔のリオネルがデイジーとリオネルの間に開けられた人一人分の空間を指し示した。
それはリオネルが隣に座ってきたことに驚いたデイジーが何となく離れてできたものだ。
「な、何でしょうね」
「詰めてもいい? 婚約者だもんね」
「は、はい」
了承するとすっとリオネルが近寄ってくる。
(うわあ)
肩が触れるほどの距離にデイジーの心臓が跳ねた。リオネルからは微かにいい匂いもした。ほんの少しだけれど男性のつける香水の匂いがする。
(うわあ、男の人って感じする。うわあ)
顔が火照ってくるのが分かる。すぐ隣のリオネルはデイジーより足が長くて、肩の位置も高い。体の厚みも全然違う。デイジーの手なんてすっぽり包めそうな大きな手。
(うわあぁ)
無性に恥ずかしくなってきたデイジーは下を向いた。リオネルが笑った気配がする。
「緊張してるの?」
「少し」
「そっか。俺もちょっとしてる」
そう言われてリオネルを見上げると、耳を赤くしながら眩しく笑っていた。
「なんか、改めて両想いって照れるよね」
はにかむリオネル。
デイジーの心臓はぎゅんぎゅんした。
「俺さ、朝から足元ふわふわしてて、どうにかなりそうだった」
なんだそれ、萌える。でもデイジーもそうだった。
「私もです」
そう言うと、リオネルの手がデイジーの肩に回り優しく抱き寄せられた。
「っ……」
心拍数が一気に上がる。でも嫌じゃないので真っ赤になりながら身を任せた。
「可愛いなぁ」
リオネルがため息とともに言った。
競馬場につき、馬車を降りるとするりと手が繋がれる。デイジーはそれをそっと握り返した。
Fin
お読みいただきありがとうございます!
こちらで完結となります。
ブクマに評価、いいねに感想、いつもありがとうございます。そして誤字報告、毎話毎話すみません。本当に助かっております。
第二章、お楽しみいただけたでしょうか……
こちらは私のなろう人生で初めて、書籍用原稿に取り掛かってから続きも書いたお話でして、書籍版とWeb版をしっかり分けるのって難しいな、としみじみ思いました。
書籍でのみ登場しているリオネルの兄アスランが出てきちゃってるんだけど大丈夫だったかな。ばっさり切ってもよかったんですが、わりと好きなキャラだし、そんなに出番もないし、えいやとそのまま出しました。
混乱させてたらごめんなさい。
因みにこのアスラン。
リオネルの兄で金髪設定なのですが、作者の中ではいつも黒髪です。
なぜかアスランと聞くと黒い馬が出てきて、黒髪になってしまうんですよね。なんでだ?と思って調べたら、昔読んでた好きな漫画のヒロインの愛馬がアスランで黒い馬だった。
なるほど……刷り込みってすごいですね。
さて、そんなアスランもちょろっと出てくる嘘告の1巻が本日発売されております。
よろしければ公式HPで書影だけでもどうぞ。とっても素敵です↓
https://magazine.jp.square-enix.com/sqexnovel/series/detail/usokoku/
何度もになりますが、ここまでお読みいただきありがとうございました。




