19.俺の片思いだったよな?(by:バルトーク)
すみません、ここでのバルトーク回です。
デイジーが近い未来に微妙な味となるスープを作っていた時、卒業パーティーがもうすぐ始まるという夕暮れ時の中庭でフリージアはバルトークと会っていた。
今まではドレスといえば深紅や紫、深い桃色と、濃くて派手な色ばかりだったフリージアだが今日はブルーグレイの細身の落ち着いたドレスである。
髪型も縦ロールではなく夜会巻きと呼ばれるシンプルなアップだ。
イヤリングは小さなルビーの品の良いもので、化粧もそんなにキツくはしていない。
中庭に現れたバルトークはそんなフリージアを見て、一瞬言葉を失うほど見惚れてくれたがフリージアの表情は冴えない。
バルトークの方は黒のフロックコートを纏い、いつもは適当な髪の毛はきちんとセットされて後ろに流されていた。普段の様子と違いぐっと凛々しいその姿にときめくが、そのときめきすらも今は辛かった。
「借り物なんだけど、どう?」
バルトークが恥ずかしそうにに己の装いを聞いてくる。
こういう場合、貴族の令息ならまずフリージアの装いを褒める。でもバルトークは自身の正装に慣れなすぎてそわそわしているようだ。
そんな所も可愛いと思う自分はもう後戻りが出来ない所まで来ているのだと思う。
「とても似合っているわ」
「ありがとう。あっ、リアたんはすごく綺麗だ。もはや女神か妖精だと思う」
「……ありがとう」
褒められてきゅっとフリージアの眉が寄る。
「どうした? お腹でも痛いのか?」
「違うわ」
「そう? じゃあ卒業パーティーに行こうぜ。学年末テストが一位だったからなんかセレモニーは出なくちゃいけないけど、ダンスは『踊れません』って言ったら免除になったから後はずっと一緒に居られるんだ」
屈託なく笑うバルトーク。その笑顔も今は辛い。
(でも、もう逃げちゃダメよ)
フリージアは一歩引いてから言った。
「行けないわ」
「なんで? もしかしてダンス踊りたかった? えー、どうしよ、足を踏んでもいいなら……いやでも俺がリアたんの足踏んだら折れるよな」
「違うの!」
声を荒らげたフリージアにバルトークが黙る。
フリージアの強張った顔を見て、バルトークは柔らかく微笑んだ。
「どうした?」
「そんな風に優しくしないでよ! 優しくされるとしんどい。私はあなたに優しくされていい女じゃないのよ!」
「リアたん?」
フリージアは大きく深呼吸すると一気に打ち明けた。
「嘘だったの! 全部嘘だったのよ」
「嘘? 何が?」
「全部よ! 付き合ってたの全部」
「? 付き合ってたのは本当だろ?」
バルトークが本気で何を言っているんだ? という顔をする。
「違うの! そもそも告白したのが嘘なのよ。あの時は決定的な事は言わずに思わせ振りな事だけ言って、あなたを動揺だけさせるつもりだったの」
「俺を動揺? どうして?」
「あ、あなたが私の友人に恥をかかせたって聞いたからよ」
「ええっ、ごめん」
「違うの、誤解だったの。今から思えばまたいいように使われたのよ。だから悪いのは私だけなの。おまけに計画では“好き”なんて言わないはずが、全然伝わらないから勢い余って言っちゃうし、こんな風にずるずる引っ張るつもりはなかったのに、なんか付き合って、ず、ずるずるきちゃって、バ、バルたんはいつも優しくて真っ直ぐなのに、私は嘘つきのままで、うっ、うぅ〜」
涙が出てきて言葉が繋げない自分が恨めしい。
フリージアはいつもこうだ。気持ちが昂ると訳が分からなくなってしまって怒ったり泣いたりばっかりだ。
「リアたん、泣かないで」
「だからっ、優しくしないでよ、こんな嘘つき女、ほっといてよ」
「でもリアたんは嘘つきじゃないぜ?」
「何言ってるのよ、嘘だったって言ってるでしょ、バルたんなんか好きでも何でもなかったの!」
「うん、それは知ってた」
にかっとバルトークは笑う。
「…………え?」
「リアたんが俺のことを好きじゃないのは知ってた。だからリアたんは嘘つきじゃない。だってずっと俺の片思いだったよな?」
「…………は?」
時々よく分からないことを言うバルトークだが、今回はいつもに増して全然分からない。
「ずっと……かた、おもい?」
「ああ。いくら俺だって、相手が本当に俺のことを好きかどうかぐらいすぐに分かるさ。だから最初に会った時のリアたんはちょっと何言ってるか全然解らなかった。でも怒ってる顔が可愛くてさあ、もうこの子しかいないって思ったから即行で告って付き合ってもらってアタックしてたんだぜ?」
へへへ、と得意気になるバルトーク。
(……………………は?…………アタックしてたの? え? 今までのは全部アタックだったの?)
フリージアは唖然とするしかない。
名前への“たん”付けや、タコさんウインナーのあーんに始まり、手で狐を作らされてバルトークの手の狐とチューをさせられたりもした。
放課後の夕暮れの廊下でお互いの影でのチューもしている。何をやらされているのかと途方に暮れたのだ。
街中デートでは“スペシャルドキドキカップル苺ジュース”なる名前からして恥ずかしいジュースも飲んだ。
ストローがハート型に絡まったそれは飲む時に必然的に顔が近くなる。バルトークは「なんかキスしてるみたいだ」と頬を緩ませっぱなしだった。
あの時は恥ずかしくて顔から火を吹くかと思った。
(アタックっていうか、キスしたい願望が漏れてただけ……)
そんなバルトークをなぜ好きになったのかは、自分でも全然分からない。
「いやー、でもついに報われるなんて嬉しいな」
ここでバルトークが一気にでれでれしだす。
「え?」
「だって今日のリアたん、すごく綺麗だ。そのイヤリングのルビー、俺の髪の毛に合わせてるよな?」
バルトークの髪の毛は燃えるような赤毛である。
その指摘にフリージアは真っ赤になって手で耳を覆った。
「ち、ちが」
違うわよ、と言いそうになって口をつぐむ。
違わないのだ。
フリージアは今日こそ正直に告白は嘘だったことを伝えてお別れしようと思っていたのに、未練たらたらでバルトークの色を身に付けてきたのだ。
バルトークはフリージアに近寄ると、耳を覆っていた手を取る。
「はあああぁ、かわいい。俺を殺す気? かわい過ぎて死ぬ。しかも、さっきから好きって言ってくれてる。幸せ過ぎて死ぬ」
「い、言ってないわよ!」
「言ってるよ。『嘘だったの』『好きでも何でもなかったの』全部過去形だぜ? つまり今は嘘じゃなくなってるし、好きなんだよな」
そこはきちんと細かく押さえて裏を読んでくる脳筋の天才。
「ち、ちが」
違わないので、再び言い淀むフリージア。
「今日、リアたんがこんなに綺麗なのも俺が好きだからだよな?」
「何を言って」
「女の子は恋をしたら可愛くなるって母ちゃんが言ってた」
「か、かあちゃん?」
「ああー、もうムリ。キスしていい? 好きとか言われて我慢するなんてムリ。両思いかあ、ダメだ死にそう」
バルトークはフリージアの両手を取ったままさらに身を寄せた。
「ねえっ、近いわよ、離れて」
「ムリだってば。大体リアたん、言ってるだけで抵抗してないじゃん。力は入れてないから簡単に振りほどけるよな。キスしてもいい?」
「〜〜〜〜っ」
「ダメなら顔を背ければいいだけだぜ?」
バルトークがいたずらっぽく笑って二人の顔が近づく。
フリージアは顔を背けなかった。
「……えーと、いいの? このままだとマジでキスしちゃうんだけど」
バルトークが困ったように言うのでフリージアはもちろん怒った。
「バッカじゃないの! 背けてないんだから察しなさいよ! そういうとこほんっと、むぐっ」
怒れるフリージアの唇をバルトークはキスで塞いだ。




